月の陽が眩しくて〜七不思議に巻き込まれた私、ヴァンパイアの先輩に出会いました!?〜
水定ゆう
1ー1:吸血鬼と邂逅
第1話 図書室の怪1
今日の授業も全部終わった。
高校生活も一ヶ月半が過ぎると、大分慣れて来た。
フッと肩の力を抜き、学校指定の鞄の荷物をまとめると、少女は声を掛けられた。
「よぅるん~」
「ん?」
顔を上げた少女は、太陽を思わせる明るいオレンジ色の髪をしていた。
ハッキリとした済んだ瞳を浮かべると、視線の先には別の少女の姿。
健康的な褐色肌に、栗を思わせるブラウンの髪をショートでまとめている。
「
「あはは、相変わらずよぅるんは固いなー」
話し掛けて来た少女の正体は、クラスメイトの
水泳部に所属している、とても明るくて元気な子。
「そんなことないですよ?」
「そんなことあるよー。って、そんなことはいいんだけどさ、よぅるん今ってさ、もしかして暇?」
凪楽は陽子に訊ねる。なんてことのない会話のつもりだったが、既に凪楽のペースに陽子は飲み込まれそうになっている。入口しか存在しない、一方通行の道を前に、引き返すことはできない。
付き合いは非常に浅いものの、陽子は言葉の感触から想像できてしまった。
表情を険しくさせ、眉根を寄せてしまうと、凪楽は逃がさないようにグイグイ来る。
「暇だよね? 暇なんだよね? それじゃあ」
「部、部活には入りませんよ?」
陽子はソッと断ろうとした。これだけグイグイ来るのだから、よほどの話ではない。
きっと部活の勧誘だ。
けれど陽子は水泳部に興味が無い。もちろん他の部活に入る気もない。先手を打って断ったのだが、如何やら的外れだったらしい。
「あはは、勧誘だと思ってる?」
「思ってます」
「じゃあ残念。部活の勧誘じゃないんだなー、これが」
陽子は面を喰らってしまった。言葉を失ってしまう。
凪楽が誘うのだから、てっきり部活の勧誘かと思ってしまった。
早計な判断にシュンとなると、険しかった表情が緩んだ。
「代わりにさ、コレ図書室に返してきてよ」
「図書室にですか?」
「うん。私これから部活だから、返しに行けないんだよねー」
表情が緩んだ瞬間、凪楽は一冊の本を手渡した。
何て事の無い歴史の本だ。確か今日授業で使った筈。
不意に受け取ってしまった陽子は首を捻ると、凪楽は更に話し出す。
「実はさ、この本私が借りたんじゃないんだよねー」
「知ってます。それに凪楽ちゃんが図書室で本を借りるなんて……」
「ないよ」
「ですよね……」
授業で使ったのだから当然、凪楽が借りた訳ではない。
むしろ凪楽が図書室で本を借りる何てこと、絶対にありえない。
勉強が嫌いで本を読むのも面倒な凪楽がわざわざ図書室に行って本を借りるなんてことがあれば、天変地異の前触れなんじゃないかなって不安になる。陽子はそれほど凪楽が本を借りないことを知っていた。
「でもどうして凪楽ちゃんが持っているんです?」
「あはは、
「ううっ、それは凪楽ちゃんが返しに行った方がいいと思いますよ」
陽子はもっともなことを言った。つもりだった。
けれど凪楽は「あはは」と笑っている。陽子に本を手渡すと、そのまま話をすり替える。
論点をズラし、陽子の気を紛らわしに掛かった。
「それでさ、図書室なんだけどねー」
「話をすり替えないでください」
「そんなことないってー。まあ聞いて聞いてよー」
一度こうなったが最後、凪楽を止めることはできない。
陽子も一ヶ月半の付き合いではあるが、そのことを身に染みていた。
自分の世界に入ってしまうと、口だけが饒舌に回る。
「図書室ってさ、変な噂あるんだよねー」
「変な噂?」
「うんうん、怪談って奴かなー?
「か、怪談?」
何だか嫌な予感がしてしまった。陽子はゾクリと背筋が凍る。
同時に体の内側、見えない部分から込み上がる温かい何か。
恐怖心を燃やし尽くすと、陽子に凪楽の話を聞く覚悟を抱かせた。
「おっ、聞く気満々だねー。それじゃあ、簡単に話すねー」
「どうしてもって訳じゃないですけど……」
「うちの学校、市立マカフシギ高校ってさ、やっぱり見た目綺麗だけど、十年前に改築されたばかりで、結構な歴史がある訳でねー」
「私の話は無視なんですね」
凪楽は早速話し始める。陽子の気持ちなんて考えもしない。
けれど陽子自身、気にはなってしまった。学校なのだから七不思議のようなものはあってもおかしくない。特にここマカフシギ高校は、町の影響を強く受けているらしく、怪談は間違いなく存在していた。
「でね、噂の怪談なんだけど、図書室の魔本の話なんだ」
「図書室の魔本?」
「うん。聴いたことないでしょー」
凪楽はニヤニヤと笑みを浮かべていた。陽子は題名を訊いてもピンと来ない。
初耳な話だったからか、ポカンとしてしまう。
凪楽は遠い目をする陽子にも分かるように説明した。
「マカフシギ高校第四の怪談、図書室の魔本。普通さ、学校の図書室に置いてある本は一冊一冊管理されているでしょ?」
「うん。普通の図書館でもそうだと思いまますけど?」
「でもね、偶に紛れ込むんだって。仲間が欲しいのか、それとも読んで欲しいのか、勝手に本棚に収まって、誰かの手が伸びるのを待ってるみたいだよー」
「えっ? 本が生きてるってことですか?」
「あはは、面白い発想だねー」
凪楽は陽子の言葉を聞いてついつい笑ってしまった。
本が生きているなんて発想は、なかなか浮かばないらしい。
「あの、凪楽ちゃん。仮に魔本が生きていて、勝手に本棚に収まったとして、本の整理をする図書館司書の先生や図書委員会の人達が回収しちゃうんじゃないですか?」
「うんうん。普通はそうなんだけどねー」
「違うんですか!?」
陽子は声を上げてしまった。如何やら甘い話ではないらしい。
確かによくよく考えてみれば、甘い話ではないのは明白。
簡単に解決してしまえば、噂に何て、ましてや怪談に何てなりはしない。
「魔本はね、普通の人が触れることができないんだって」
「えっ?」
「触れた瞬間に、生気を吸われちゃうらしよー」
「こ、怖くないですか!?」
普通に怖い話をされてしまった。陽子は身震いしてしまうと、凪楽は指を突き付ける。
椅子に抱き付きながら陽子の言葉を指摘する。
「だから怪談なんだよ。うちの学校でも、数年前に魔本に触れて意識を失っちゃう子がいたらしいんだー」
「ええっ、そんなの問題じゃないですか”!?」
「すぐに意識は戻ったらしいけどねー。その子は図書委員だったらしいんだけどね、自分が登板の日になんか見慣れない本を見つけて手に取ったんだって。そうしたら急に黒い鳥が現れて、襲われちゃったらしいよ」
「急展開ですね」
「うんうん。なんで鳥なのかは分からないんだけどさー、とにかく襲われちゃって、それから意識を失って目が覚めるまでの記憶がないらしいよ。体が妙に重くて、ゲッソリしちゃったらしいんだー」
かなり怖い話だ。それが身近、自分達の学校で起きたとは思いたくないし、信じられない。
けれど凪楽が話したってことは、まず間違いなく真実に近い。
恐ろしいなと思いつつ、引っ掛かる部分がたくさんあった。
「まあ、ただの噂なんだけどね」
「でも凪楽ちゃんが話すってことは……」
「あはは、期待して貰って悪いけど」
「期待してないです」
期待なんてしていなかった。むしろ期待する方がおかしい。
陽子はジッと凪楽の顔色を窺うと、ポツリ訊ねる。
「でも面白いよねー。もし本当だったら、私も見てみたいよ」
「見てみたいんですか?」
「もっちろん。あっ、意識を失ってシワシワになりたくはないけどさー」
本当に魔本を見てみたいらしい。けれどシワシワにはなりたくない。
あまりにも楽観的な態度を取る凪楽に呆れると、陽子は我に返ってしまった。
「って、どうしてそんな話をするんですか!?」
「あはは、せっかく図書室に行くんだったら、少しは面白い方がいいでしょー?」
「面白くないです。凪楽ちゃん、自分で返しに行ってください」
「あっ、ちょいちょい待った―。いいじゃんかー、私部活もバイトもあるんだよー。暇でしょ、よぅるん」
「うっ……」
それを言われれば陽子は立ち止まるしかなかった。
確かに陽子は部活も入ってないだけではなく、バイトもしていない。
時間には余裕がありすぎて、教室を見渡せば、陽子と凪楽の姿しかない。
みんな帰ってしまったようで、担任の久野先生が戻ってくることもない。
「だからさー、お願い」
「あうっ……」
「まあ大丈夫だってー。魔本は普通の人には見えないし、触れられない。魔本が見せようとした人にしか姿を現わさないらしいからさー。ねー、だから大丈夫なのー、いいでしょー?」
凪楽は陽子が断れないことを知っていた。
グイグイ顔を詰めると、逃がさないように必死で喰らい付く。
引き留められてしまうと、陽子はウザくもあったが、折れるしかなくなった。
「ねぇってば、よぅるんさーん」
「分かりました」
「えっ、いいのー!? やりー。じゃー、頼んだよー」
陽子は本の返却を引き受けることにした。
実際暇なのだから、それくらいは構わないと受け入れる。
凪楽の手のひらの上、そんな気もするが、今更気にしても遅い。
「あっ、凪楽ちゃん!」
「ん?」
「今度、驕ってね」
「ふふっ、オッケー。んじゃ、よろしくー」
陽子はタダで引き受ける訳にはいかなかった。
その場のノリで凪楽にお願いすると、面白がって了承される。
今度何を驕って貰うのか、もちろんご飯だ。とりあえず約束は取り付けると、凪楽は急いで部活に向かい、教室から姿を消す。
「まあ、いっか。本を返すだけですもんね」
もはや諦めてしまっていた。受け入れると、陽子は溜息を付いてしまう。
手にした本は真っ黒だった。魔本の話を聞いた後だから不気味に感じてしまうと、噂は噂と割り切って、図書室に向かった。
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