無能クリエイター、異世界で最強の描き手になる ~スキル棒人間でリスタート~

みなせ 迅

第1話 俺は飢えている!

  俺は野獣のように……成功という名の、空虚に。


 今はひとり会議中だ。

 ちゃんと席もある。中央に水を貯めるくぼみがついた、スタイリッシュな個室席   ――要するに、俺の家のトイレだ。

 壁についた白熱球がジジ……と、くぐもった音を立てている。

 俺の心の浮き沈みを察しているのか、ただの寿命なのかは不明だが、妙にうるさく感じた。

 やたらとコントラストの効いた光が、手元のスマホを照らしている。


「……登録者、減ってる?ていうかマジで?」

(うそだろ……昨日はちょっと自信あったのに。)



 贅沢な個室会議室に腰を下ろし、俺は昨日投稿した動画の検証をしていた。

 サイドがスリムな壁に頭をもたれ、空を仰ぐ……天井までの距離も、期待を裏切らない低さだ。

 

 動画に賭ける時間と労力とは正反対、現実の無常さよ。

 登録者が増えたときの通知音はもちろんオンにしてある……けど、今日は何ひとつ鳴らない。

 ……俺の動画は、誰にも届いていない。


 たしかに、クオリティはプロと比べたら……ね。

 でも、初めから完璧な投稿者なんてどれだけいる?

 みんな有名になってから、時間と金を注ぎ込んでいるだけじゃないのか。

 これはもう、卵が先かニワトリが先かの論争だ。


 脳内会議では、現状を正当化する派が圧倒的多数だった。

 少数派の頑張ってる俺派は、それでも必死に戦っていた。


 お前だって寝ないで編集したじゃないか。

 誰かに笑ってほしくて、必死に作ったじゃないか。

(……笑って、ほしかっただけなんだよ。)


 結果だけがすべてじゃない。

 そこに賭けた熱意も評価されるべきだろう?


 ――ふと画面に目を落とす。

 登録者数、64人。


 脳内会議は、一瞬で静まり返った。


 この一年間、ずっと試行錯誤して頑張ってきた。

 投稿した動画は、そろそろ100本に届く。

 数少ないコメントにも丁寧に返信したし、理不尽なアンチにも一応返事は返した。


 でも結果は、変わらない。

 誰にも、見られていない。

 まるでこの動画が、俺そのものみたいだ。


「何がいけなかったんだよ……なぁ、俺……。」


 問いかけた相手は自分自身。

 返事はない。トイレの静けさが、かえって耳に痛い。


 ……視界が、滲んだ。


 次の瞬間、光が爆ぜた。


 重力が……消えた?

 いや、それよりも――俺は宙に浮いていた。あるいは、落ちているのか?


 どこだ、ここは。

 床も天井もない。全方位を光が包み込んでいる。


「――召喚完了しました!」


 誰かの声が聞こえた。

 足が硬い地面に触れ、光がすっと引いていく。


 そこは、大理石の床に囲まれた巨大なホールだった。

 床には何やら複雑な文様がいたるところに刻まれている。

 俺の周囲には数人の男女が立っている。皆、同じ服装をしていて、うち数名は床に倒れていた。


「やった! 無事に召喚できたぞ!」

「古文書通り、召喚できたのはたった一人か……。」

「これで、皇帝陛下に顔向けできる!」


 ……なにここ。

 何が起きてんだ?召喚って?皇帝?


「あんた達は……?」

 俺の混乱をよそに、係らしき者が石板のような端末を確認しながら、顔をしかめた。


「無属性……スキルなし?」

(……トイレでいつの間にか、寝てしまったか?)


 ちょっと待て。スキルって何?俺、スキルなし?っていうか、無能って言ったか?

(初対面でこの仕打ち、どんな爆速初見ヘイトだよ……。)


「残念ですが、この者には勇者適性なしとの判断が出ました!」


「いやいやいやいや、待て待て待て!!」


 さすがの俺も、声を張り上げた。


「意味がわからない。いきなり訳の分からないところに連れてこられて、スキルがどうとか言われて、何もしないでいきなり不適格って……!」


 そこへ、グレーのローブ姿の女性が静かに歩み出た。

 グレーのローブにフード、目深にかぶっていて、顔はよく見えない。


「落ち着いてください。我々は、あなた様を害することはありません。」

(ホントかよ……。)


 まっすぐな声だった。


「私は、この召喚の間の統括代理――イレーネ・フェルザと申します。」


 彼女はフードを下ろし、こちらを正面から見据える。

 ボブカットに涼やかな瞳。

 整いすぎた顔立ちに、研究員はもったいない気がした。

(……めちゃくちゃ綺麗なお姉さんだ!)


「ここはセラグランディア、ディスファリア帝国の召喚の間です。」

「あなた様は、勇者召喚の儀式によって異世界より召喚されました。」


 異世界……。

 俺は、異世界に来たのか?


「我がディスファリア帝国は、地の女神グランディスの導きのもと、東の大陸にて歪められし神の秩序を、正す使命を担っております。」

「それこそが、この召喚に込められた真なる意図――あなた様の力を、正義のためにお貸しいただきたいのです。」

「あなた様には、我ら帝国を導き、東西の大陸を統一していただく使命が……。」

(ここは帝国で、この世界は女神がいて、東側の大陸?そして東西で仲が悪い?)


「ストップ!一旦、タイム!!」


 あまりの情報量に、思わず両手を挙げて制止する。


 異世界セラグランディア?女神グランディス?それから勇者召喚? 

(俺、いま勇者ってことでいいのか?)


「まず、ここは地球じゃない?」

「はい、セラグランディアという世界です。」


「で、俺は、召喚された勇者?」

「正確には、勇者となる可能性を秘めた方です。」


 イレーネは淡々と説明を続ける。


「まずは、あなたのステータスを確認させてください。こちらがそのカードです。」


 名刺サイズのカードを手渡され、下のくぼみに親指を押しつけろと言われる。

 そのとおりにすると――。


「イタッ!」


 チクリとした痛み。


「カードが血液を採取しました。それにより、これがあなた専用のスキルカードになります。」

 なるほど、血で認証ってわけか。

 指を見ても血は出てないし、カードにも針は見当たらない。不思議な仕組みだ。

 ほどなくしてカードが光り出し、空中に文字が浮かび上がる。


【氏名】:リュート(竜翔)

【種族】:人族(異世界転移者)

【Lv】:1 /10

【職業】:クリエイターズ(階級:

【スキル】:棒人間召喚(Lv1)


【HP】: E 【MP】:E  【STR】:E 【VIT】:E

【AGI】:E 【DEX】:D 【INT】:D 【LUK】:E


【称号】:異世界転移者/?????

【概要】:描いたものを具現化するスキル(芸術センスに依存)


(お絵描き……ニート?)

 ……なにこれ。

 なんか、空気が一変した。


「失礼ですが……スキルを、見せていただけますか?」

 イレーネが慎重な口調で尋ねる。


「ど、どうやって……?」

 混乱しながらも、スキル欄にあった『棒人間』という単語が脳裏によみがえる。

 棒人間……あの子どもの頃、描いてたアレか?


 そんなことを思い出していると、突如右手がわずかに輝きだし、俺の意思とは無関係に人差し指が動き出した。


 空中に、丸を書いて一本の線。

 そして、手と足をくっつけて……。


 ――棒人間、召喚。


 ぴょこん。

 丸々としたそれは軽やかに跳ねて――


(……お?動いた?)


 パーンッ!!

 爆ぜた。


(あーーーーっ!!)


 重い静寂……。


「ぷっ……。」

「なにそれ、?」

「宴会芸かよ。」

 笑いが、広がった。


 なんで俺は、ここで笑われてるんだ……?

 勝手に召喚されて、勝手に期待されて、勝手に失望されて――


 なぜ俺は笑われているんだ。

 気恥ずかしさを通り越して、怒りと虚しさが込み上げる。


 イレーネもきっと笑ってるんだろうな……。

 諦めにも似た気持ちで、伏せていた視線を上げる。


 すると周囲の笑い声の中で、ただ一人、イレーネだけが静かに微笑んでいた。

 やがて、その口元が――ほんのわずかに、愉しげに吊り上がる。


「……、かもしれませんね。」

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