角砂糖と劇薬

音央とお

1

あるところに騎士と姫と呼ばれる2人がおりました。

ハニーベージュのふわふわとした髪の姫は、見た目の似た騎士をいつも横に連れており、甘やかされ護られていました。


桜花おうか、お腹の具合はどう?」


ベンチに座る小柄な体に合わせ、青年は屈んで声をかけている。その声はとても優しく、見目麗しい2人に公園にいた者たちは目を奪われた。

青年――灰人かいとは甲斐甲斐しく世話を焼くことが幸せで堪らないとばかりに、桜花にブランケットを掛けたり、温かい飲み物を用意している。


「薬も効いて楽になったわ、ありがとう」

「今日は家でゆっくりしよう。映画はまた今度行こうね」

「……楽しみにしていたのに」

「またすぐに連れて行ってあげるから。帰ったら桜花の好きなスフレパンケーキを焼こうかな」

「!」

「楽しみにしていてね」


ふわふわの髪を撫でていたかと思えば、どんなスイッチが内蔵されているのかと思う切り替えの速さで声が掛かる。数メートル離れたベンチに1人座っていた俺を連れだと思っていた人間はいないだろう。

ぽちぽちと弄っていたスマートフォンをポケットへとしまう。


「買い物を頼めるか、蒼佑そうすけ


頼み事をしているというのに愛想も何も無い声だ。それはいつものことなので「へーい」と答える。


「リストは送る。タバコでも何でも買って良いから」

「はいはい。大丈夫だと思うけど、家まで気をつけて」


預かっていた鍵を放物線を描くように投げると、灰人は片手で難なくキャッチした。

いちいち様になるやつだ。


「そーくん!」

「ん? どした?」


桜花に声を掛けられるのは何日ぶりだろうか。珍しいなと思いながら、手招きされたので近くまで歩いていく。


「お買い物ありがとうね」

「桜花も欲しいものあったら言ってよ。ついでに買ってくから」

「大丈夫、灰人くんのお家には何でもあるから」

「それもそうか」


気味が悪いほど、あの家には桜花が好きなものが集められている。何一つ不自由させないとばかりに何でも揃い、思考を読んでいるのかと思うくらい欲しいものが直ぐに出てくるのだ。


「じゃあ、また後で」


2人に背を向けてスーパーへと向かう。俺が普段利用する庶民向けではなく産地や原材料に拘られた高級店だ。

車は灰人に渡したが徒歩でも苦になる距離ではない。


「……タバコねぇ」ぽつりと呟く。


桜花の前での禁煙は勿論、匂いにすら煩い灰人が煙草を買えというのだから、荷物だけ渡したら直ぐに帰れという命令を含んでいるのだ。


あの2人とは幼馴染ではあるが護衛で小間使いであるので、いいように使われることに不満はない。主には誠心誠意尽くせと教育も受けている。


ただ、時々不安になるのだ。


桜花を愛してやまない灰人は彼女を雁字搦めにすることに幸福を覚えている。

灰人の前でのみ異性との会話を許され、勝手な単独行動は許されない。灰人と限られた親族のみが連絡できるスマートフォン。

俺ならば息が詰まりそうだ、束縛するのもされるのも。


しかし、マインドコントロールとも言える支配に慣れてしまっている桜花は不安や疑問を感じず、愛されている多幸感に溢れているようだ。


悲しそうにしている場面を見たことがない。

灰人がそんな想いをさせるはずがなく、どろどろに甘やかしているからだ。

生まれながらに金も権力もあるやつというのは、凡人俺みたいな奴とやることのスケールが違い過ぎる。


“騎士と姫”なんて呼ばれている2人だが、あれはそんな良いものではない。

溺愛と狂愛というやつは紙一重なのだと思う。


あの2人の障害になっているものは“イトコ同士”であり、灰人の父が親族での結婚を良しと思っていないことくらいだ。

今はまだ大学生だが、遠からずその事で揉めるのは目に見えていて、考えるだけで気が重い。


桜花のためなら家なんて簡単に捨てるだろうし、そのための準備も進めていることを知っている。でも、あいつは本家唯一の跡取りであり、代々仕えている我が家にも関わってくる大問題なのである。


「面倒くせぇ家に生まれたものだよ、俺もあいつも」


周りに誰もいないことを良いことに本音をこぼし、白い息を吐きながらスーパーへと急いだ。

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