第26話 私から離れないでください
特別な日になる予感がする。そんなことを今朝までは思っていた。
けれど、外に出れば大雨で、どこかに出かけることなんてできなかった。
(海人と公園でバスケする予定が…………はぁ~)
リビングで本を読もうとしても憂鬱な気分のせいで楽しく読めない。
本を閉じてソファの背もたれにもたれ掛かるとガチャと音がして足音がした。
お母さんとお父さんは朝から出掛けていて、夜まで家にいないので誰の足音なのかはすぐにわかる。
「亮平くん、大丈夫ですか?」
「大丈夫だけど、じめじめしてて何もしたくない……渚咲は勉強してたのか?」
「はい、この前のテストの復習を。雨が上がったら自分の家に行く予定でしたが、中々止みそうにないですね」
そう言って渚咲は窓の近くに行き、外の様子を見る。
「桃花さん、帰ってきてるの?」
「いえ。時々、掃除をするために家に帰るんです」
「そうなんだ」
彼女は後ろを振り返り、窓から離れると俺のところへやって来て、隣に静かに腰かけた。
いつも近いが今日は少し間を空けて座った渚咲は下を向いた後、顔を上げて俺の方へと体を向けた。
「あの……雨が止んで晴れたら亮平くんも一緒に行きませんか?」
「俺も?」
「はい。あっ、掃除を手伝ってほしいとかではないのですが、亮平くんに見せたいものがありまして。どうですか?」
見せたいものは行かないの教えてはくれないようで、俺は気になるので晴れたら一緒に行くと答えた。
しかし、親がいない家に俺が行ってもいいのかと気になったが、渚咲の母親である桃花さんに連絡したところ「いいですよ」とすぐに返事が返ってきた。
「あっ、今日の夕食は私が作りますね。亮平くん、食べたいものはありますか? 誕生日なので食べたいもの何でも作っちゃいます」
「食べたいものか……」
渚咲が作ってくれるものなら絶対に美味しいはずなので好き嫌い関係なしに何でも食べられる気がする。
「パッと浮かんだものだけど目玉焼きが乗ったハンバーグ……かな」
「ハンバーグ、分かりました。亮平くんが美味しいと驚くようなハンバーグを作ります」
「驚くような…………それは楽しみ」
夕食のことを考えると少しだけ憂鬱な気分が晴れた気がした。渚咲の見せたいものが気になるし、晴れてくれるといいんだけど……。
***
晴れることを願い、3時頃になると雨は止み、さっきまでのは何だったんだと思うほど晴れた。
両親は夜遅くに帰ってくるが、念のため、「藤原家に行ってくる」とメッセージを送ってから渚咲と一緒に家を出た。
彼女の家はここから電車で10分ほどかかり、たまに行く大きなショッピングモールがあるので、知らない場所ではなかった。
「ここですよ」
駅から少し歩いた先にある立派な建物の前で立ち止まると彼女は鍵を使ってドアを開けた。
(同じ2階建てなのに……敷地が広すぎる……)
「お邪魔します……」
家に親がいないことを知っているからこそ緊張する。女子の家になんて初めてだし。
「私の部屋に案内しますね」
「お、おう……」
まさかお邪魔してすぐに渚咲の部屋に案内されるなんて思ってもなかったので突然のことに心臓の音がうるさくなっていく。
渚咲についていき、階段で2階へと上がっていき、上がってすぐの部屋へと入った。
「亮平くんに見せたかったものはこちらです」
部屋に入ってすぐ見えたのはたくさんの本が並んだ本棚だった。
俺よりも多く、驚きのあまり「おぉ」と声が漏れた。
「凄いな。見てもいい?」
「いいですよ。気になる小説があれば読んでもらって構いません。私は1階にいますので」
「ん、わかった」
部活をしなくなってから読書することが増えたのでこう読んだことのない本に出会うとテンションが上がる。
気になるタイトルの本を手に取り、読み始めるといつの間にか1時間経っていることに気付いた。てっきり渚咲は戻ってくると思っていたが、来ないので俺も下に行こうと思い、本棚に本を直そうとすると床に何かが落ちた。
「写真?」
しゃがみこみ、落ちたものを拾い、裏返すとその写真には小さな女の子と女性が写っていた。
「桃花さんと……渚咲……かな?」
偶然、この場にいなかった。そうだといいが、多分違う。父親との関係は子供の頃から……。
写真に写る女の子を見ていると後ろからガチャと音がした。
「可愛くないでしょう?」
後ろから声がして顔を上げるとそこには無理して微笑んでいる渚咲が立っていた。
「この日、お母様が泣いている私を気分転換にとピクニックに誘ってくれて行きましたが、私は楽しめませんでした」
ゆっくりと渚咲もしゃがむと俺が手に持っている写真をじっと見た。
俺はすぐに何があったのかとは聞かずに彼女の言葉を静かに待つ。
「この日の前日。私はお父様に藤原家には相応しくない、家族とは一度も思ったことがないと言われました。本当はピアノのコンクールを頑張ったから褒めて欲しかった……ですが、私には頑張ったと言われる資格はなかったみたいです」
すっと手元から写真が離れ、彼女の手元を見ると写真を見たくないのか裏を向けて机の上に置いた。
「家族なのにその言葉はないだろ」
頑張ってないと思ったとしても家族ではないと言うのは違うだろ。親として言っていい言葉じゃない。どれだけ渚咲が傷つくのかわかってるはずなのに。
「しょうがないです。お父様は私のこと家族とは思ってませんし、家族のように深い関わりがあるわけでもないです」
渚咲はゆっくりと立ち上がるとニコッと微笑み、俺に手を差しのべた。
その上に手を乗せると彼女はぎゅっと握り、俺は立ち上がる。ありがとうとお礼を言おうとするとその前に彼女は俺の胸にトンっと寄りかかってきた。
ただの友達で、同居人でダメなはずなのに自然と彼女の背中に手を回した。
「亮平くん。わがままかもしれませんが、これからも側にいてほしいです」
彼女の小さな声を聞いて俺でもいいのかと一瞬思ってしまったが、ここでそれを思ってはいけない気がした。
「…………いるよ、渚咲の側に。俺も渚咲に側にいてほしいから」
もうわかってる。自分とって渚咲は友達、同居人ではなく、大切な人で特別な人になっていることを。
「言いましたね、亮平くん? 私から離れないでくださいね」
「!」
気付いたら渚咲にぎゅっと抱きしめられていて、心臓がバクバクし始める。今、俺と彼女はこの心臓の音が聞こえてしまうんじゃないかと思うぐらい近い距離だ。
「渚咲はさ…………もう少し俺に対する警戒心を持った方がいい」
恋人でもないのにこの距離感はやはり間違っている気がする。
しかし、そう思っても彼女はそうは思っていないようで、きょとんとした顔をしていた。
「なぜですか? 私は亮平くんのこと家族と同じくらい信頼してます。警戒することなんて何1つありません」
「…………そう、か」
真っ直ぐとこちらを見つめられ、俺はそう返すことしかできなかった。
ここから逃げずに許してしまっている時点で俺もこのままがいい、渚咲との距離が近いことを嫌とは思っていない。
(甘える、甘えられるって、意外と恐ろしいものだな……)
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