穏やかな生活を送りたい俺、隣の天使のような清楚系美少女と仲良くなったら

柊なのは

第1話 夢ではなく現実 

「よろしくお願いします」

「よろしく」


 この日。俺、八神亮平やがみりょうへいは、藤原渚咲ふじわらなぎさと初めて話した。


 高校に入学してから初めての席替え。友達がほとんどいない俺にとっては誰が隣になったとしても話したことがない人がほとんど。


 席替えをして隣の席がまさか清楚系美少女と呼ばれる彼女になるとは思わなかった。


 さらさらの綺麗な髪にバッチリとした睫毛。スラリとしたスタイルは誰にも負けていないもの。


 入学してから何度か告白されているらしく、男女共に人気者。周りには常に人がいる。


 彼女のお人形さんのように美しい容姿に惹かれて話しかける人はたくさんいる。だが、俺は一度もない。


 彼女に興味がないわけではないが、教室の隅にいて教室にいるかいないかわからないぐらいの俺が話しかけていい相手ではない気がする。


 彼女が天なら俺は地。俺なんかが話しかけたら藤原のことが好きな男子からは殺意を向けられ、女子からは近づいても無駄だってという目を向けられるだろう。


 自分を低く見すぎと友人からよく言われるが、俺は平穏な高校生活を送りたい。変に行動し、敵に回すようなことはしたくない。


 藤原とよろしくと言ってから1週間後。授業で隣の人と話してと言われて話すことはあったが、それ以外では話すことはなかった。


 チャイムが鳴り、昼休みに入ると藤原さんの周りにはすぐ人が集まりクラスメイトとお弁当を持って教室を出ていく。これはいつも通りのことだ。


 教科書を机の中へ入れると俺もいつも食べているところへ移動した。


「食べようぜ」

「おう」


 いつも一緒にお昼を食べている友人、村野海人むらのかいとは俺が来たことに気付くと机の上にコンビニで買ってきたパンを置いた。


「コンビニに戻ったのか。彼女さん、お弁当作りやめたのか?」

「自分には無理だと思ったみたいでやめたらしい。美味しかったのに」

 

 少し羨ましいが、海人には中学から付き合っている彼女がいる。彼女の名前は多々良胡桃たたらくるみ。俺も中学が同じなため海人と胡桃とは長い付き合いになる。


 付き合い始めてからも仲良くしてくれて2人とも大切な友人だ。


 胡桃も一緒に食べるのかと気になり、教室を見渡すが彼女はいなかった。おそらく他の友達と中庭にでも食べに行ったのだろう。


 今日は2人で食べることにし、近くの椅子を借りてお弁当の蓋を開いた。


「そうだ。藤原さんとは仲良くなれたか? 隣の席だし話したりするだろ?」

「休み時間になる度に人が集まる。話せるわけがない」

「まぁ、確かに。人気者だもんな。ちなみに、亮平は藤原さんと仲良くなりたいのか?」


 好意を持っていなくとも藤原と仲良くなりたいのか。俺はどうなんだろうか。隣同士になって少し話したいとは思っているが、話しかける勇気がない。


「仲良くなれるかどうかはわからないけど、話したいと少しだけ思ってる」

「少しだけね」


 何が面白いのか海人はニヤニヤとにやついていたので机の下で軽く足を蹴っておいた。そして蹴り返される。


「そうだ、亮平。放課後、遊んで帰ろうぜ」

「胡桃は?」

「友達と遊びに行くってさ」

「そうか、俺はバイトだから無理だ。また別の日に誘ってくれ」


 高校生活に慣れ、俺は初めてのアルバイトを始めた。始めたのは本当に最近なので失敗は多いがカフェのアルバイトは意外と楽しい。


 父親が厳しく、アルバイトと勉学を両立できなければやめろと言われているが、今のところ上手くやっている。


「りーくんのバイト姿見たいなぁ」


 後ろから声がして振り向くとそこには海人の彼女である胡桃がいた。誰かと食べに行ったと思っていたがそうではなかったようで、俺と海人の間へ椅子を持ってきてそこへ座ると昼食を食べ始めた。


「胡桃。後ろから現れるのはやめてくれ。驚くから」

「ごめんって。海人もりーくんのバイト姿、見たいよね。カフェだっけ?」


 両手を合わせて謝るが、すぐにカフェへと話を戻す。


「そうだけど、絶対に来るなよ」

「も~照れ屋さん! それ、フリだよね!?」

「フリじゃない!」

「え~てか、りーくんがどこのカフェで働いてるか知らないから行けないんだよねぇ。どこで働いてるの?」

「答えない」

「むむむっ、海人は知ってる?」


 胡桃は俺から答えてくれることはないとわかったのか海人に尋ねる。


「俺も知らない。まぁ、慣れたら呼んでくれるよ」

「そうかなぁ」


 海人は胡桃の頭をよしよしと撫でて、俺がいるが気にせずイチャイチャし始めた。けれど、これはいつものことで、俺は何も気にしない。


 その後、3人で昼食を楽しみ、予鈴が鳴ると自分の席へと戻り次の授業の準備をする。


 隣をチラッと見ると藤原は座っていて、教室に戻っていた。


 見とれてしまいそうだったが、じっと見ていると彼女に変に思われると思い、すぐに前を向く。


(気のせいかもしれないが……元気がないような)


 笑うところはたまに見るが、普段はクールな彼女。けど、今の彼女は何だか寂しそうで……暗い顔をしている。


 宿題のプリントを取り出し、やったかどうか確認しようとすると何かが落ちた音がし、下を見るとシャーペンが落ちていた。


 座ったまま拾い、顔を上げると藤原と目が合った。


「あっ、これ、藤原の?」

「はい。ありがとうございます」


 どうやらこのシャーペンは藤原のものだったらしく手渡すと彼女は受け取った。


 あれ、ここがもしかしたら話すチャンスなのかもしれない……そう思い、口を開こうとしたが、先に彼女が口を開いた。


「八神くんはチョコお好きですか?」

「チョコ?」

「はい、良ければどうぞ。美味しいですよ?」


 彼女の手のひらには四角の小さなチョコがあった。


「ありがとう」


 お礼を言い、本鈴が鳴る前に包み紙を取ってチョコを口の中へと入れた。


「美味しいですか?」

「うん、甘くて美味しいよ」


 ほんの少しだけど話すことができた。それだけで俺は嬉しかった。



***



「朝ですよ、八神くん」

「んん…………」


 藤原の声がする。


 夢に出てきたということは俺は彼女ともっと話したいのだろうか。


「八神くん、起きないと遅刻してしまいます」


 藤原は優しいな。ただのクラスメイトなのに遅刻の心配をしてくれるなんて。


 それにしても声が近い。まるで耳元で囁いているような感じだ。


「手、握ってくれたら起きれるかも……」


 夢だ。だから何を言っても大丈夫だろう。


「手、ですか……こんな感じでいいですか?」


 凄い、夢か現実かわからなくなるほど現実に近い夢。ぎゅっと手を握られ、温かい。


(温かい?)


 握られた手をぎゅっと握り返し、俺はこれが夢ではないことに気付く。


 目をゆっくりと開けるとそこにはなぜか藤原渚咲がいた。


「藤原……?」

「はい、藤原渚咲です。おはようございます、八神くん」


 翌日の朝。起きたらなぜか学校で清楚系美少女と呼ばれている藤原渚咲がいた。







        

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