第57話 その後の話2

 その日の午後お客が来た。


 「アリーシア様お客様です」使用人のマーサが知らせてくれる。


 「どなたかしら?」


 「シャロン・クエストンと名乗られました。アランの母親だと」


 「まあ、アランのお母様?どうしましょう。リントはいないしもちろんアランに会わせるわけには行かないわ」


 リントから母親の名前だけは聞いていたが生まれてすぐに離縁したと聞いている、もちろんキルヘン辺境伯と関係があった事も聞いた。今も独身であちこちで男と関係を持っていると噂があるらしい。


 そんな人が今さら何の用なのか。追い返してもいいが何の用かも聞きたい。


 「アランはどこ?」


 「はい、ご自分の部屋でお昼寝なさっています」


 (ああ、そうだった。アランは少し前に昼寝を始めたところだったわ。少しなら話を聞いてもいいかも…)


 「客間にお通しして」


 マーサにそう伝える。



 客間に行くとシャロンと名乗る女性がソファーに座っていた。きれいな所作でお茶を飲んでいる。きっと貴族の令嬢だろうう。


 「いらっしゃいませ。私はリント・マートンの婚約者。アリーシアと申します」


 まずは挨拶をした。


 シャロンはリントがいるとでも思っていたのだろうか。きれいな人だった。


 真っ赤な口紅をつけて長い金色の髪を下ろして露骨で派手なドレス姿だったが。



 「やっぱりそうなのね。リントと結婚するならアランを返してもらうわ。私はアランの母親なのよ。なのにリントったら私にはアランを会わせないんだから。ねぇ、リントとアランをここに連れてきてちょうだい!今すぐ」


 「お言葉ですがリントはただいま不在ですので私の一存では勝手なことは出来ません。このようないきなりの訪問は困ります。一度きちんとリント・マートンにご連絡していただいてお話をして頂かなければ無理です。今日の所はお引き取り下さい」


 「まあ、あなた平民のくせにずいぶん偉そうなのね。私は子爵家の令嬢よ。それなのに…あなたなんか私がリントとよりを戻したいって言えばすぐにでもここから追い出せるのよ。あんまりいい気にならないで!」


 「それもこれも彼に言っていただかなければ。今日はお引き取り下さい。マーサお客様がお帰りよ」


 私はシャロンを追い返すようにマーサを呼ぶ。



 シャロンはキッ!と目を吊り上がらせてわめいた。


 「ふん!何よ。あなたなんかリントが相手にするはずないじゃない。なにその気持ちの悪い髪。目だってまるで野獣だわ。まあいいわ。リントとよりを戻したらあなたなんかすぐにここから叩き出してあげるんだから。それよりアランはどこ?アラン会わせなさいよ。それもだめだとは言わせないわよ。私はアランの母親なんだもの!」


 客間から足早に出て扉をバーン!と叩きつけて廊下で「アラン!アラン!ママよ~」と叫び始めた。とても貴族の令嬢?とは思えない。


 使用人も振り切って進んでいく。


 「やめてください。相手は小さな子供。あなたが母親とも知らないんですよ。いきなりこんな事許されると思っているんですか!」


 シャロンはアランの部屋の前まで近づいていた。


 私はシャロンを止めようと後ろから攻撃魔法を発動させた。シャロンは盛大にぶっ飛んだ。



 「あなた、私に暴力を?許さないわよ。誰かこの女を捕まえて!平民が貴族に暴力を奮ったらどうなるかわかってるはずよ」


 打ち付けた腰をさすりながら怒り狂った。


 でも、シャロンはこの時を待っていたのかもしれない。


 その声を聞きつけてすぐに玄関から護衛騎士と思われる男がふたりは入って来た。


 「シャロンお嬢様大丈夫ですか?」


 「この女を捕まえて!」


 「はいすぐに」


 私は男に捕らえられた。アランが目を覚まさなかった事が救いだった。


 私はマーサにアランの事を頼んでおく。リントが帰ったらこの事を伝えるようにとも。



 バカルの警備は赤翼騎士隊が行っている。


 私は赤翼騎士隊に連れて行くように騎士に行ったので赤翼騎士隊の建物に連行された。


 しかし、私ははっきり言って聖女である。


 すぐにジョイナス次期国王(この時はまだ国王になっていない)に連絡が入りシャロンは私に暴力を受けたとジョイナスに訴えた。


 そんなものはジョイナスの魔眼ですぐに真実がわかった。


 シャロンはこれまでにも結婚すると言って男を騙して金を取ったり婚約者のいる男を誘惑したりとひどいうわさが絶えなかった。


 リントが帰って来るとマーサから事情を聞いて赤翼騎士隊に押し掛けて来た。


 部屋にはジョイナスと騎士がいた。


 「アリーシアはどこだ?彼女は無事なんだろうな?!」


 リントは興奮してジョイナスの胸蔵を掴んで食って掛かった。


 「落ち着けリント。アリーシアは無事だ。まったくお前ってやつはアリーシアの事となると人が変わるな」


 「シャロンが押しかけて来たと聞いた。ったく。あの女、金にでもなると思ったんだろう!クッソ」



 私はリントが来たと聞いてすぐに呼ばれた。部屋からはリントの大きな声が聞こえている。


 私は急いで部屋に入った。


 「リントもう心配症なんだから…私は無事よ。逆にあの人にけがをさせたくらいよ」


 「いいんだ。あんな女。二度と君には触れさせない。約束する。それよりアリーシアは大丈夫なのか?」


 彼は子犬のように縋る瞳で私を見つめそっと手の甲に唇を寄せる。


 「うふっ…ええ、この通り。ジョイナスは魔眼の持ち主よ。誰が悪いかすぐに分かったわ」


 「そうか。良かった」


 「シャロンの事は俺が片付ける。心配するな。それよりアランが心配してるぞ」


 「まあ、大変。早く帰らなきゃ」


 「アリーシアはすっかりアランの母親だな。この調子ならお前も心配ないな」


 「当たり前じゃないですか。アランはアリーシアと出会った時から仲良くなったんですよ。俺なんかそっちのけで…」


 「まあ、そう妬くな。なぁアリーシア」


 「ですよね」


 私はシャロンの事で少し焼きもちを焼いた。あんな女ひとでも彼と結婚していたなんて…


 ついジョイナスのおふざけに付き合ってしまう。


 「ひどいな。アリーシアまで…」リントがくしゃっと顔を歪ませて頬を膨らませた。


 「おっ!リントのふてくされた顔初めて見たな。ハハハ。アリーシアこいつが嫌になったらいつでも俺のところに来い!」ジョイナスに笑い飛ばされた。


 「それがいいかも知れませんね」


 「アリーシア、もう勘弁してくれ…俺には君しかいない。わかってるだろう?愛してるんだ」


 リントはそれはもう真面目な顔で私を説得する。


 私はおかしいような嬉しいような。愛されている実感がひしひしと伝わり何よりも幸せを感じた。


 私はリントに抱き込まれるようにしてタウンハウスに帰った。


 もちろんアランが待ちかねていた。


 その頃にはシャロンの事はすっかり忘れていたのは言うまでもない。




 シャロンはジョイナスの魔眼ですべてが暴露され西の辺境の修道院に入ることになった。


 二度とアリーシアやアランの前に現れることはなくなった。


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