第26話 馴れ馴れしいキルヘン辺境伯


 それから数日のうちに街中にいい場所があったとキルヘン辺境伯から知らせが来た。


 私はロベルト神官と迎えの馬車で出向いた。


 「ああ、聖女様ご機嫌麗しゅうございます」


 馬車から下りると一番に掛より私の手を取る。


 「キルヘン辺境伯。マクルさんの様子はいかがです?あれから変った事はありませんか?」


 私は手を振りほどいてまず一番気になっていたことを聞く。この父親は息子より私が気になるとでも言いたげで気に入らない。


 「ええ、おかげさまでマクルはすっかり元気になりました。熱もなくお腹の調子もいいようでして」


 「それは良かった」


 「はい、それで先日のお話ですが、ここはウルプ街でも中心辺りになりますが運よく空き家が出まして、ここを改装してまあ入院施設は無理でも病気や怪我をすぐに見てもらえるような施設としてなら十分なのではと思いますがいかがでしょう?」


 彼は私のそばにすり寄るようにじわじわ近づく。


 「ええ、場所も申し分ないですね。それに広さも診察治療だけならこれくらいあればいいんじゃないですアリーシアさん」


 ロベルト神官が私と辺境伯の間に割って入る。


 じろりと神官を睨むその視線がまた気持ち悪い。まるでガマガエルにでも見据えられたような嫌な脂汗が額を伝う。


 (もしかして辺境伯にこんなことを頼んだのは間違いだったのでは?)


 明らかに私を何とか自分のものにしたい欲望が見て取れる。内心でどうしようと戸惑う。


 「いかがです聖女様。いえ、アリーシア様とお呼びしても?」


 ピキッ!ううぅぅぅ背筋が凍りそう。


 「あれ?あんたこの前の女じゃねぇか?」


 いきなり後ろから肩を叩かれた。


 私は驚いて一歩下がるとその人を見た。


 (ああ、魔獣退治でいたパシュとか言った冒険者。で、どうしてここに?)


 「俺だよ。パシュだって名乗ったよな。俺すぐそこのギルドに来たんだ。ほら魔獣の牙と毛皮を売りにさ」


 パシュの顔をまじかで見たのは初めてだった。あの時はマスクもしていたし薄暗かった。


 (はぁパシュって結構イケメンなんだ。あり得ないほどきれいな銀髪。それに瞳も吸い込まれそうな碧眼だ)


 「おい、いくら俺が言い男だからって見とれてんじゃなぇよ。まあ、お前もかなりイケてる。でもなんだそのダサい格好は?」


 「失礼なこの方は聖女様だぞ。お前のようなものが気軽に声を掛けれる相手じゃないんだ!くっそが。とっととあっちへ行け!」怒りをあらわにしたのは辺境伯だった。


 だがパシュはそんな事関係ないとばかりに知らんぷりをする。


 私は慌ててパシュに説明をする。


 「あっ、パシュさん。こちらは今診療所の事で相談をさせているキルヘン辺境伯なんです」


 「ちっ、辺境伯が何でこんな所で出しゃばって?どうせ聖女の尻でも追っかけようとしてんだろう?ほんとにくそったれだな」


 「お前のような野良犬が。ほざいてろ!さあ、聖女様ここは危険です。中に入りましょう」


 すっと手が伸ばされてその手が私の背中に触れる。


 「悪いけどそうやって触るのやめてもらえません?気持ち悪いんですけど…」


 「アハハ!ほれ見ろ。お前みたいなおっさんを相手にするわけがないだろう。ハハハ。こりゃ傑作だな!」


 パシュが笑い転げながら離れて行く。


 キルヘン辺境伯はさすがに気分を害したらしく「とんだ邪魔が入りました。聖女様ではこのまま診療所の方進めさせていただきますので、これで私は失礼します」


 「あのキルヘン辺境伯?この診療所もちろん個人資産からお金を出していただくわけではありませんよね?キルベート領立の診療所と言う事でいいんですよね?」


 「あっ、急だったのでまだそう言った手続きは出来ていなくてですね。そう言う事ならば政務庁に申請もしなくてはいけませんし色々手続きが面倒でして個人資産で造れば面倒もないかと…」


 「それは大変うれしいんですが、困りました。この話は一度なかったことにした方がいいのでは?」


 キルヘン辺境伯はアハハと誤魔化して「いえ、大丈夫ですから。私にお任せください。では、失礼しますよ」と去って行こうとした。



 そこに馬が走って来た。


 「アリーシアここで何を?」


 言うが早いか馬から飛び降りたのはリント隊長だった。


 「お前はキルヘン辺境伯。ここで何をしている?」


 きつい問いかけに辺境伯はペラペラと話を始めた。


 「これは騎士隊の隊長。いいところに。実は聖女様からこちらに診療所を造ってほしいと依頼されましてな。どうです?この辺りなら利便性もいいし…」


 「ギバンどういうつもりだ?何だか怪しいな。それに聖女が一般人に治療できない事くらい知ってるはずだぞ!」


 「もちろんです。それは領地法でどうにでもなりますので…」


 リント隊長は気に入らないとばかりに眉を寄せる。



 「では、聖女様私はこれで。さっきも言ったように私にお任せください。何も心配されるような問題はございませんので」


 私はどうも嫌な予感がした。


 「あっ、でも…キルヘン辺境伯やっぱりこのお話はもう一度よく考えさせて下さい。御面倒をおかけして申し訳ありませんでした」


 「何も心配されることなど‥私が貴方をどうにかしようなど出来るはずもございませんよ」


 キルヘン辺境伯は慌てたように取り繕う。


 (やはりおかしい…)


 リント隊長がキルヘン辺境伯をじろりと見据える。


 「お前!もしかして聖女に言い寄ろうとしてるんじゃないだろうな。聖女は国の宝。そんなものに手を出せばどうなるかわかってるんだろうな?」


 リント隊長の声一言いうたびに大きくなって行く。


 「そ、そんな滅相もございません。相手は聖女様。そのようやましい気持ちがあるはずが」


 (あら?ものすごくいやらしい視線でこっちを見てたのは一体誰なのよ。その脂ぎった手で私の手を握ってさっきまで猫なで声で話をしてたくせに!はあ、まずかったな。あんな事頼まなければよかった)


 今さら後悔が押し寄せた。


 リント隊長はキルヘン辺境伯に侮蔑の視線を向けるとすぐに私の方に向いた。


 「ふん!どうだか?おっと。それよりアリーシア、騎士隊まで来てほしい。ガロンの様子がおかしいんだ。君に様子を見てほしい」


 「ガロンが?」


 「ああ、急ぐんだ。俺の馬に乗ってくれ」


 私はリント隊長と相乗りで騎士隊に向かう事に。


 キルヘン辺境伯は苦虫を嚙み潰したようないやな顔で私達を見送っていた。




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