第17話:恋愛を超えた親愛
恋人にフラれてから、海は学校に来なくなった。家に行きたいから教えてほしいと美夜は私達に言ったが、今はそっとしておいてあげた方が良いのではないかと月子が彼女を説得した。
しばらくしても、彼女はそのまま学校に戻ることはなかった。
「私、美夜を連れて海に会いに行こうと思う。帆波も行くよね?」
「……いや、私一人で様子見てくる。月子はもうちょっと待って」
「……一人で?」
「うん。ちょっと、二人きりで話したいことがあるんだ」
「二人きりで? 私には話せない話?」
「ううん。そういうわけじゃないよ。月子と一緒に旅に出ること、海に話そうと思って。黙って行ったら怒るだろうから」
私がそう言うと、月子はどこか期待するような顔をした。海なら帆波を止められるかもしれない。そう思ったのだろう。私はむしろ逆だった。海はきっと、死ぬなんて馬鹿なことを考えるななんて綺麗事は言わない。きっと月子と同じように、私の苦しみを真正面から受け止めようとするだろう。逆に美夜はきっと、全力で止めにくる。彼女に泣きつかれたって私はきっと止まらない。だけど、月子は揺らいでしまうかもしれない。
「……どうして海だけには話すの? こんな話聞かせても苦しませるだけなのに」
「……海には知ってもらわなきゃいけないから。私が、どれだけ月子を愛しているか。月子が、どれだけ私を愛してくれているか。私達が、どれだけ苦しんでいたか、海にはちゃんと、分かってもらいたいの。一生、忘れないでほしい」
愛し合ったはずの人に、同性だからという理由でフラれた。そんな彼女に私達の愛の結末を見届けてほしかった。自分もいつか異性を好きになるかもしれないのではと、不安になってしまわないように。
そして同時に、確かめたかった。叶わない恋心を抱えながら彼女を愛し続ける鈴木くんが、いつまでその欲望を抑えて彼女を愛し続けられるのか。むしろそっちが本命だった。月子はそれに気付いているのか否か、私を止めずに送り出してくれた。
その日の放課後。海の家に行き、インターフォンを押そうとした時だった。「海なら居ないよ」と声が聞こえた。振り返るとそこに居たのは鈴木くんだった。また居候しているのかと聞くと、彼は俺の家にも居ないと首を横に振る。
ではどこに居るのかと問うと、問いには答えずに何か伝えたいことがあるなら代わりに伝えようか? と言ってきた。警戒心が伝わってくる。やはり私は彼が苦手だ。心の奥底まで見透かされているような気がして気味が悪い。
「海と直接話がしたい。鈴木くんには話したくないことも色々あるから。海の居場所知ってるなら教えてよ」
引き下がらずに粘ると、彼は居場所を教えていいか海に聞いてみると答えた。私たちには連絡をくれなかったくせに彼とは会っていた海と、海に何をする気だと警戒心を向けてくる彼に苛立ちが募る。
「心外だなぁ。私があの子に危害を加えるように見える? 私があの子に恩があるの、知ってるでしょ?」
「知ってる。けど……ごめん。彼女の許可なく教えることは俺には出来ない」
「……過保護だなぁ。まぁでもそうよね。鈴木くんならそう言うと思った。良いよ。分かった。海に確認取ってきて。海が良いよって言ったらちゃんと教えてよ?」
「う、うん。流石にそこまで過保護にはならないよ。電話してくるから待ってて」
「うん。……ありがと」
素直に彼の家の庭で待ってしばらくすると、鈴木くんが出てきた。「会ってくれるって」と言って彼が私に渡したメモには住所と、barカサブランカの文字。
「バー?」
「訳あってそこで働いてる。怪しい店ではないよ」
「……ありがとう鈴木くん。……ついでにもう一つ、鈴木くんにお願いして良いかな」
「な、なに?」
「……これからも海と友達で居てあげてね」
「……なにそれ。君に言われなくてもそのつもりだけど」
「ずっと。ずっとだよ。死ぬまでずーっと。あの子を独りぼっちにしないであげて」
「独りぼっちにって……水元さん、君は——」
彼の話を最後まで聞かず、別れを告げて立ち去る。気味が悪いほど察しのいい彼ならきっと察しただろう。私がやろうとしていることに。だけど彼は追いかけては来なかった。私を止めようとはしなかった。止めなければ、海が傷つくことになると彼なら察しているはずなのに。海が会いたいと言ったからだろうか。それとも、友人でもなんでもない自分が踏み込むべきではないと思ったのだろうか。やはり私には理解出来ない。彼の優しさも、それを信じる海も、月子も。それでも、二人が彼を信じるというのなら私も信じたかった。彼が海に向ける恋愛感情を超えた親愛を。その愛が、海には無害であることを。
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