第7話:男女の友情

「帆波、今日は先に帰っててくれないかな」


「何か用事?」


「う、うん。ちょっとね。安藤さんと大事な話がありまして」


 そう言う彼女は少し緊張しているように見えた。なんの話をするのだろうと気になりつつ、分かったと素直に応じた。

 その日の放課後。靴を履き替えていると、一人の女子生徒が話しかけてきた。黒王子とやけに仲の良いあの子だった。


「なにか?」


「その……今日は、一緒じゃないんだね。天龍さんと」


「ええ。なんだかお友達と大事な話があるみたい」


「そ、そう……」


「ええ。そうみたい」


「……」


「……何か私に用でもあるの?」


 そう問うと、彼女はなんでもないと首を横に振って逃げるように去って言った。明らかになんでもなくはない雰囲気だった。


『私にとって君は、誰よりも特別で……大切な人なんだ』


 それを彼女は、親友という言葉で表現した。だけど納得はいっていないように見えた。もっと別のふさわしい言葉があるのに、それをいう勇気がないから親友という言葉で誤魔化した。それが精一杯だった。そんな風に見えた。その推測が正しいのなら、彼女が安藤さんに羨望のような眼差しを向けていた理由にも察しがつく。しかしわからない。それなら何故鈴木くんは彼女と仲が良いのか。あの男の本心だけが読めない。


 後日。読めない男の本心は一体置いておいて、推測が正しいかどうか確認するために安藤さんに声をかけた。彼女は自分が同性愛者であることをあっさりと認めた。驚くほどあっさりとしていた。驚く私に、どうせ麗音から聞いたんだろと彼女は苦笑する。聞いていないと答えるとそうなの? と目を丸くしていた。


「ふぅん。まぁでも、告れば?」


 彼女はやけに軽い感じで告白することを勧めてきた。向こうは男の人が好きかもしれないだろうと苦笑すると、彼女は「そう見える?」と笑う。訝しむ私に「本当は気づいてるんでしょ。大丈夫だよ」と彼女は微笑む。月子と同じ、優しい笑顔。月子からも同じ相談をされたのかと問うと、彼女はさあととぼけて見せた。信じていいのかと思ったが、月子は彼女と話すと言っていた。月子は私に嘘をつかない。話した内容までは教えてくれなかったが、話をしたのは事実なのだろう。月子と話してみると決意をすると、彼女は「そうしな」と優しく微笑む。


「……一つ、聞かせて」


「なに?」


「……月子は、鈴木くんから聞かされたって言ってたの? 君が同性愛者だってこと」


「いや。否定してたよ。けど、目が泳いでた」


「……勝手に話すことは鈴木くんに許可したの? 秘密にしてるんでしょう?」


「許可はしてないよ。けど、あいつは理由もなく勝手に人の秘密をバラすようなやつじゃないから」


「バラされてるじゃん」


「理由があったんだろ」


「なによ理由って」


「……さぁ。なんだろうね」


 そう笑う彼女はどこか複雑そうだった。彼女には理解出来ているのだろう。彼が自分の秘密を月子に勝手に話した理由を。私には出来なかった。彼が彼女の秘密を月子に話した理由はもちろん、それを咎めない彼女の気持ちも。「私なら裏切られたと思うけど」と私が言うと、彼女は「僕はそうは思わない。僕は君じゃないから、考えが違うのは当たり前だろう?」と言い返す。それは確かにその通りで何も言い返せなくなる。そして、何故自分がこんなにもモヤモヤしているのか、その理由さえもその時は理解出来なかった。

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