第3話:特別な人

 白王子と呼ばれる月子とは別に、もう一人王子と呼ばれる女の子が居た。安藤あんどうかい。通称黒王子。彼女の側にはいつも一人の男の子が居た。鈴木すずき麗音れおん。綺麗な音で書いて麗音。一度聴いたら忘れない変わった名前の男の子。付き合っているという噂が絶えない二人だったが、二人とも頑なに認めなかった。


「月子はどう思う?」


「ん? なにが?」


「もう一人の王子様と、よく一緒に居る従者みたいな男の子のこと」


「従者って。まぁ確かに従者みたいだけど」


「……男女の友情なんて、ありえないよ」


「そうかなぁ。私は二人は友達にしか見えないけど。……そもそも、男と女だからって必ずしも恋に落ちるとは限らないじゃない?」


「まぁ……それはそうだけど」


「それに、そんなこと言ったら私は……」


「私は?」


「……ううん。なんでもない」


 月子には、まだ私に話せない秘密がある。それが何かはわからないが、話してもいいと思えるほど深い仲になりたいと思った。私以外には話さないでほしいとも思った。王子様じゃない素の彼女は、私だけが知る彼女のままでいてほしかった。人前で王子様を演じる彼女を見るたびにホッとした。月子と友達になってから、私は彼女のことを考えない日はなかった。

 ある日のこと。クラスでこんな話が聞こえてきた。


「最近、気付いたら彼のことばかり考えてる気がする」


「それ、恋だよ」


「ええー……そうなのかなぁ」


 恋。月子もいつかは誰かに恋をしたりするのだろうか。恋をしたら、私よりもその人のことを優先してしまうようになるのだろうか。私にも話せない秘密を、話してしまうのだろうか。そう考えると胸が痛んだ。嫌だ。私だけで良い。彼女の全てを知るのは、私だけで良い。白王子の仮面の下に潜むか弱い女の子には、誰も気づかないままでいてほしい。私だけが知る秘密の場所にずっと閉じこもっていてほしい。その感情が友情の範疇を超えていることは、なんとなく気付いていた。だけどそれが恋かどうかは分からなかった。


 ある日のこと、用を足していると月子の声が聞こえてきた。


「白王子は好きな人とかいないの?」


「好きな人というか……気になる人はいるかも。男の子じゃなくて、女の子なんだけどね」


「もしかして、水元さん?」


「うん」


 聞き耳を立てるつもりはなかったが、出るに出られなくなり仕方なく会話が終わるのを待つことにした。


「最近仲良いよね。……色々とよくない噂あるけど、大丈夫?」


 心配する同級生に、彼女は「大丈夫だよ」と即答した。心配してくれてありがとうとお礼を添えて。「でも」と食い下がろうとする彼女を遮り、月子は言った。「帆波は私の大切な友達だから、あんまり悪く言われると悲しいな」と。やんわりとした言い方だったが、私のことを悪く言われて苛立っていることは伝わってきた。

 その日の放課後、盗み聞きしまったことを謝罪しつつ庇ってくれたことにお礼を言うと、彼女はちゃんと怒りを表に出せずにやんわりと受け流すことしか出来なかったことを申し訳なさそうにしていた。しかし私にとってはそんなことは別にどうでも良かった。彼女が私を庇ってくれたことだけで充分すぎるくらいだった。


「別に良いよ。私のために怒れなくたって、月子は噂を鵜呑みにせずにちゃんと私を見てくれた。それに、はっきり言えないだけで、絶対に同調したりはしないでしょ。離れた方が良いって周りから言われても、それに従わずに私のそばにいてくれる。それで充分だよ。月子は自分に厳しすぎ」


「……どうしても、好きになれないんだ。素の自分のこと」


「良いんじゃない。無理して好きにならなくて。私が代わりに好きでいてあげるから」


 好き。そう口にした瞬間だった。彼女は明らかに動揺を見せた。顔を真っ赤にして、視線を彷徨わせる。私の好きというたった一言でそんな挙動不審な態度を取ってしまうとは思いもしなかった。


「あ、えっ、えっと。ありがとう。ごめん、急に好きとか言われて、びっくりしちゃって。あは。あはは……」


 そう笑う彼女は明らかに必死に何かを誤魔化そうとしていた。それがなんなのか、なんとなく察した。同時に、自分が彼女に向ける感情の正体にも。もし本当にそうなら、嬉しいと思った。彼女の手を取る。彼女は驚きながら私を見据えた。真っ直ぐに目を見てもう一度告げる。好きと。王子様じゃない、内側にいるか弱い女の子の君が好きだと。


「帆波……それって君は私に——」


 何かを言いかけ、彼女は口を噤む。彼女の表情が曇っていく。そして泣きそうな顔で笑うと、彼女は言った。「私も君のこと、大切な友人だと思っているよ」と。開きかけた彼女の心の扉が閉まる音がした。その扉をもう一度強引に開けることは出来なかった。今深追いすれば、彼女はもう二度とその扉を開いてくれない気がしたから。

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