第3話:恋焦がれた人
純白のドレスを着て、愛する人と愛を誓い合う。そんなシチュエーションに、ずっと憧れていた。幼い頃の将来の夢に『お嫁さん』と書くほどに。
それが叶わないと知ったのは、周りが恋愛の話で盛り上がるようになってきた小学校高学年くらいの頃。『美夜ちゃんは好きな子いる?』とクラスメイトに聞かれた私は、女の子の名前を挙げた。『そうじゃなくて。恋愛の意味の好きだよ』と苦笑いされ、どう違うのかと問うと彼女は恋の特徴を指折り数えながら挙げた。気づいたらその人のことを目で追っているとか、その人のことばかり考えてしまうとか、ドキドキするとか。その特徴に当てはまる人は一人いた。その子はやっぱり女の子だった。
『女の子が女の子に恋をすることってあり得るのかな』
私がそう聞いた時のあの冷ややかな空気は、未だに忘れられない。
翌日にはもう、私が同性愛者であるというが広まっていた。暴力など酷いいじめはなかったが、女子達はなんとなく私を避けるようになった。好きだったあの子も例外ではなく、私は孤立していった。
中学生になると、一人の女子と仲良くなった。彼女は噂を聞いても私の友達で居てくれようとしたが、私が同性愛者であることは否定した。悪意など無い純粋な善意で『きっといつかはちゃんと男の人を好きになれるよ。大丈夫』と言われたその瞬間、他人に心を開くことをやめた。心を閉ざして、普通に生きようと思った。
中学二年の春。クラスメイトの男子に告白された。穏やかで紳士的な人だった。この人なら好きになれるかもしれない。そう期待して付き合った。彼との日々は穏やかで刺激はなかったが、幸せではあった。彼のことは好きだった。好きではあったが、やはり恋にはならないと確信したのは初めてキスをされた瞬間だった。初めてのキスは、何度目かのデートの別れ際に突然奪われた。視界に彼の高揚した顔が写り、何をされたか理解した瞬間、動悸がした。それは恋による胸の高鳴りではなく、恐怖や嫌悪によるものだった。呆然としたまま涙を流す私を見て、彼は慌てて謝罪をした。『嫌だった?』という彼の問いに、素直に嫌だったとは言えず『いきなりでびっくりしただけ』と愛想笑いをしてしまった。
それから数日後、彼から別れを告げられた。別れようと言われた時、正直ホッとした。同時に申し訳なくなった。多分彼は気付いたのだろう。私が彼を好きになることはないと。だけど彼は、私を一切責めなかった。幸せになってほしいと言った。その想いはある意味、呪いだった。幸せになるためには同性愛を治さなければいけないと、本気で思っていたから。
そんな考えが変わるきっかけが訪れたのは高校一年の秋。学校である噂が流れ始めた。
海が同性愛者だという噂だった。当時、海とは別のクラスだったが、月子とはそれなりに交流があった。安藤海という名前を聞いて、月子の友人であるとすぐにピンときた程度には。声をかけると彼女は振り返りもせず、要件を最後まで聞くことなく「海と私は付き合ってないよ」と答えた。噂が広まり出してから散々聞かれてうんざりしているのが伝わってきた。
「あ、いや、聞きたいのは安藤さんの件ではあるんだけど、天龍さんと付き合ってるかどうかじゃなくてその……噂って、本当なのかなって思って」
「……本当だったらなんなの。私とか帆波の心配してるなら余計なお世話だよ。私達は彼女の友達。それ以上でも以下でもない」
月子はいつも穏やかな人だった。あからさまに刺々しく不機嫌な態度をみせたのは、後にも先にもこの時くらいだった。
「違うの。馬鹿にしたいわけじゃない。ただ……その……本当なら……話して、みたくて……」
私がそう言うと、彼女はようやく私の方を向いた。そして黙って私をしばらく見つめた後、静かに言った。「私が代わりに話聞くよ」と。なぜそうなるのかときょとんとしていると、彼女は少し間をおいて、言った。「海じゃなくて、同性愛者に用があるんでしょ。君は」と。その声は少し震えていたのを覚えている。
「……それってつまり、天龍さん……も?」
「……月子で良い。日曜日空いてる? 海と帆波も誘うから、四人でお茶しよ」
「帆波って……よく教室に来る子?」
「うん。……彼女は、私の大切な人だよ」
「大切な人って……」
「恋人」と、月子の口からはっきりと放たれた言葉に胸を打たれ、思わず涙が溢れた。そんな私を見て、彼女は語った。海が背中を押してくれたから帆波と付き合うことが出来たのだと。海は自分と帆波の希望だと。
「佐倉さんは恋人居るの?」
「う、ううん……もう恋は諦めるつもりでいた。諦めなきゃって、思ってた。……普通にならなきゃって。そうじゃなきゃ、幸せになれないって、思ってた」
「……私は、帆波を手放さなきゃ手に入らない幸せなら要らない。例え彼女と歩む道が地獄に繋がっていたとしても、私はその道を選ぶよ。……私はもう、彼女無しでは生きていけないから」
今思えば、この時からすでに二人は未来を決めていたのかもしれない。今となっては確認のしようのないことだが。
そして約束の日曜日。その日、私は初めて海と話をした。噂の真偽を改めて問うと彼女はあっさりと認めた。そうだけど何かという態度だった。そして打ち明けてくれた。自分には、三つ年上の大学生の女性の恋人がいるのだと。
「ちなみに私と月子も付き合ってまーす」
アピールするように月子の腕に抱きつく帆波。私のだから取らないでよという圧を感じて苦笑した。
「いいな。私も恋人ほしい」
「すぐ出来るんじゃないかな。美夜、可愛いし」
「うわっ。彼女居るのに口説きだした」
「口説いてねぇよ」
「美夜、気をつけてね。海はかなりの人たらしだから。自分に恋心を抱いてる男を良いように扱ってる悪女だから」
「ちゃんとフッたっつーの」
「でも彼は君のこと諦められてないでしょ」
「それは彼の問題だ。僕にはやれることはやった。これ以上僕が彼にしてやれることはないよ」
話についていけずに置いてけぼりになっている私に、彼女は語った。自分のことを愛してくれている幼馴染の男が居ると。自分がレズビアンであることを受け入れることが出来たのはその男のおかげなのだと。「彼が女だったら、好きになっていただろうな」と締め括った彼女は複雑そうだった。思えばこの時からすでに、彼女の中で彼の存在は特別だったのだろう。私や、彼女自身が思っている以上に。
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