最終話:いつかまた

 式が終わると、彼女はホテルに着くなりすぐに眠ってしまった。よっぽど疲れたらしい。私も疲れた。だけど眠る前にどうしても見たいものがあった。海がくれた例の映像だ。真っ白なDVDをホテルのテレビに備え付けてあるプレイヤーにセットして再生する。


「美夜、久しぶり」


「久しぶり。美夜」


 少し荒い音質で、懐かしい声が流れた。もう二度と聞けるはずのない声が。シワひとつない、二十歳手前の彼女達が画面の向こうから手を振る。ドレスを着て、笑顔で。月子の方は少しぎこちないが、帆波の笑顔には一切曇りはない。これから死のうと考えている人間の笑顔とはとても思えないほど明るい。いや、むしろ死ぬと決めて吹っ切れているからこそ明るいのかもしれない。そう考えると、月子にはまだ迷いがあったのだろうか。


「この映像が再生されてるということは、時代は変わったんだね。結婚おめでとう」


 何十年もかけたタチの悪いドッキリなんじゃないかと疑いたかった。本当は生きていて、今どこかでこの映像を見ている私の反応を観察しているのではないかと。だけど、月子の涙声の謝罪の言葉と涙が、それを否定する。

 ぽいっと、画面の外からハンカチが投げ込まれた。一瞬見えた綺麗な手に、ドキッとしてしまう。見間違いでなければ、海の手だった。月子はそのハンカチに顔を押しつけてうずくまってしまった。帆波が彼女の背中をさする。


「一旦止めるか?」


 海の声が入る。月子と違って一切震えていたい冷静な声だった。二人はカメラより少し上を見て、ふるふると首を振った。その視線の先には居るであろう海は一体どんな顔をしているのだろう。カメラは決してそれを確かめさせてはくれない。

 月子が落ち着いてきたところで、帆波が大きく深呼吸をして、真っ直ぐにカメラを見た。そして少し震える声で言葉を放った。


「結婚おめでとう。美夜。……どうか、幸せになってください。私達の分までとは言いません。私達は、私達なりの幸せを掴むための選択をしたから。後悔は、ありません」


 静かにそう言った彼女は、これから死ぬとは思えないほどに、真っ直ぐな目をしていた。その決意に満ちた瞳からは、最後まで、一滴も涙がこぼれ落ちることは無く「以上です。それでは、さようなら」という帆波の爽やかな別れの挨拶で映像は終わった。二人の死は、私を始めとした残された人間に取っては悲しみや嘆きしか生まなかった。だけど二人にとっては唯一の救いだったのだろう。


「……大丈夫? みゃーちゃん」


 後ろから聞こえてきた心配そうな声に振り返らずに相槌を打つ。


「……前に調べたんだけどさ、人の輪廻転生の周期って百年から二百年なんだって」


「……そう」


 彼女達が亡くなって三十年。私が向こうに行くまでは恐らく、長くてもあと五十年程度だろう。先はまだまだ長いが、二人が生まれ変わるまでにはきっと間に合う。渚はそう言いたいのだろう。


「……そうね。じゃあ、二人に文句言いに行くときは、付き添ってね。私一人だときっと、手が出ちゃうもの」


「分かった。殴らないように止めるね」


「……うん。ありがとう。渚」


 二人とは死後にまた会える。そう信じるなら、生きているうちに忘れないように彼女達に言いたいことをまとめておくとしよう。いつかあの世で再会するその日のために。

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一番星にはもう届かない 三郎 @sabu_saburou

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