第6話:愛する人と

 目の前の鏡には、純白のウェディングドレスを着た私が写っている。隣には、同じくウェディングドレスを着た恋人。私が救えなかった女性ではなく、私を救ってくれた女性。

 これを着て、もう一人の花嫁と一緒に神の前で愛を誓い合う。それがずっと、私の夢だった。その相手にと望んだ人は男性と結婚した。知った時はショックだった。しかし、再会した彼女は私が好きだったあの頃の彼女だった。あんな顔を見せられてしまっては受け入れざるを得ない。しかしこれで私も心置きなく、別の人と幸せになれる。

改めて、愛おしい彼女の方を向き直す。

「いくつになっても綺麗だよ。みゃーちゃん」なんて言って笑う彼女もまた、輝いて見えた。涙で視界が歪む。せっかく、綺麗にメイクをしてもらったのに。


「泣くの早いよ。みゃーちゃん」


「人のこと言えないじゃない」


 互いに涙を拭いあって、笑い合う。

 もう既に幸せを感じていると、コンコンと控室のドアがノックされる。入って来たのは、スーツ姿の海だった。ムカつくくらい様になっている。一緒にやってきた夫が霞むほどに。何しに来たのかと問うと彼女は少し考えるような仕草をした後「花嫁を攫いに」と冗談っぽく答える。


「はぁ?」


「冗談だよ冗談。なに? 期待した?」


「しないわよ。……はぁ。よくもまぁ、お互いの配偶者の前でそんな面白くない冗談言えるわね」


「でも美夜、そういうシチュエーション好きでしょ」


「そうね。相手があなたじゃなければときめくかも」


「だって渚さん」


「じゃあ最初は海さんに隣に立ってもらって、うちと麗音さんが後から『ちょっと待ったぁ!』って乱入すれば良いのかな」


ノリノリで答える渚。相手は婚約者の元カノだというのに、全く敵意を見せない。私が今更彼女と何かあるなんて微塵も疑っていないことは伝わるが、ここまで仲良さそうな雰囲気を出されるとなんだか複雑だ。


「変な演出入れなくて良いから。……はぁ。全く。あなたも何か言いなさいよ」


「えっ。俺? 俺は……そういう演出、ちょっと憧れあるかも」


そう言って照れくさそうに笑う海の夫。呆れてものも言えなくなる私を差し置いて、三人はさらに盛り上がる。


「……ねえ。花嫁差し置いて花嫁の元カノと盛り上がるとかあり得ないんだけど」


「あはは。ごめんごめん」


「ほんっとしんじらんない。海達ももう出てって。しっしっ」


 二人を追い出し、深いため息を吐く。渚はそんな私を見てくすくすとおかしそうに笑う。その笑顔が憎たらしいのに、愛おしくて仕方なかった。


 しばらくして、式が始まった。

 海の方を見ると、彼女は一枚の写真立てを持っていた。遠くてどんな写真かは見えなかったが、見えなくとも、誰が写っている写真なのかは想像がついた。あれも今日のために撮った写真なのだろうか。


「病めるときも、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、お互いを愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」


 幼い頃から見ていた夢は、紆余曲折を得て、人生の折り返し地点まできてようやく叶った。もっと早く法が改正していたらきっと、未来は全く別のものになっていただろう。

 愛を誓い合い合う相手はきっと別の人だったし、海の腕に抱かれて参加した人達も、きっと自分達の足で来てくれていた。

 どうしようもない悔しさはある。あるけれど、人生は一方通行だ。歩いてきた道はもう引き返せない。どれだけ悔やんだって、初めて私の心を照らした一番星にも、星になった友人達にも、もう二度と、手は届かない。

 だけど、今隣に並ぶ彼女を愛していないわけではない。妥協したわけでもない。だから、隣に並ぶ恋人と永遠の愛を誓うかと問われれば、答えに迷いなんて、一切ない。


「誓います」


 隣に並ぶ恋人も神父から同じことを問われて、迷わず同じ返事をした。


「では、誓いのキスを」


 その日私は、愛する恋人の女性と、神の前で愛を誓い合い、キスを交わした。かつて、苦しいほど愛した女に見守られながら。

 過去はもう振り返らない。私は今日から、未来を歩むんだ。幼い頃からずっと夢に見ていた、愛する女性との幸せな未来を。

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