一番星にはもう届かない

三郎

第1話:迷いはないけど

 20xx年某日。速報で、ニュースが流れた。同性同士の結婚を法制化するというニュースだった。そのニュースを見た恋人は、涙を流しながら私の方を向いて何かを言う。多分それは、ずっと待ち焦がれていたプロポーズの言葉だった。だけど、耳には入ってこなかった。ニュースを見て真っ先に浮かんだのは、今隣に居る愛しい人との未来ではなく、かつて恋焦がれた一人の女性の言葉だった。


『二人から預かっているのは、いつか法律が変わって、同性と結婚する君宛てのものだ。だから……その時が来たら連絡してくれ』


 忘れもしない。二十歳になった年の、11月22日。私と彼女の共通の友人二人が同時に亡くなった。死因は自殺だった。

 私はその事実を、二人からの手紙で知らされた。その手紙を渡してきたのは、当時付き合っていた恋人だった。彼女は二人が心中しようとしていることを知っていた。私は、何故止めなかったのかと彼女を責めた。そして二度と顔を見せるなと突き放した。彼女は何の躊躇いもなくそれに従った。自分は単に君が求めたからそばに居てやっただけだからという態度であっさりと私の元を去った。

 そして一年後、友人二人の墓の前で再会した彼女は夫を連れていた。女性しか愛せないと、男なんか好きになるわけないと散々言っていたくせに。私は、彼女が自分はレズビアンだと、レズビアンで何が悪いと堂々としている姿に救われた。それなのに男と結婚するなんて、裏切られた気分だった。彼女はこれは世間体のための結婚ではないと言い張った。そんなことは本当は分かっていた。彼女は世間体なんてくだらないもののために男と結婚するようなくだらない人間ではないから。頭では分かっていた。だけどあの時は心が追いつかなかった。三十年以上経った今も正直、追いついていない。だけど……


「……みゃーちゃん?」


「……ごめん、なぎ。私、結婚前にどうしても会わなきゃいけない人が居る」


「会わなきゃいけない人?」


「……元カノ」


「元カノって……」


 現在の恋人——みやなぎさと出会ったのは二人の一周忌。元カノ——安藤あんどうかいと最後に会ったあの日だった。海が結婚したというショックのあまり、呆然と歩いていて車に気づかずに道路に飛び出そうになったところを渚が助けてくれた。渚には散々、海の愚痴を聞かせた。渚の知る彼女はきっと、私を傷つけた最低最悪な女だ。だから止めるだろう。そう思ったが、彼女はあっさりと許諾した。


「……止めないの」


「会わなきゃいけない理由があるんだろう?」


「そう……だけど……心配じゃないの? だって元カノってあれよ? 女遊びしまくってたくせに最終的に男選んだクソ女よ?」


「……うん。知ってる。散々聞かされたから。だから、一人では行かせないよ。うちも連れてって。会わせてよ。恋人のプロポーズが響かないくらい思い出してしまう人に」


 静かな声から嫉妬心が伝わってくる。あっさり許諾するから嫉妬しないのかと拗ねそうになったが、プロポーズをスルーしてしまったことに関してはちゃんと怒っているようで申し訳なくなり、思わず目を逸らす。


「あ、貴女のプロポーズを無視してしまったのは、別に未練があるからじゃないのよ。結婚が決まったら渡したいものがあるから連絡くれって彼女に言われたことを思い出してただけで……」


 言い訳がましい私の言葉を、彼女は否定せずに静かに受け止めてくれた。出会った時からそうだ。彼女は私よりずっと大人だ。私より三つ年下なのに。


「ムカついてはいるけど、大丈夫だよ。みゃーちゃんがうちのことその人の代わりにしてるわけじゃないことはちゃんとわかってる。それより、彼女の居場所は分かるの?」


「今も辞めてなければ、カサブランカというバーで働いてるはず。その前にお墓参りに付き合って。貴女のこと、紹介したい」


「紹介って、例の友達に?」


「ええ。あと、法律変わったよって報告しなきゃ」


 亡くなった二人——天龍てんりゅう月子つきこ水元みずもと帆波ほなみは恋人同士だった。それを認めない世界に絶望してこの世を去った。

 時が経つにつれ、同性愛に対する見方は少しずつ変わっていった。同性の恋人が居ると言っても驚かれることが減った。気持ち悪いと言われることはほとんど無くなった。だけど結婚はなかなか認められなかった。彼女とはもう、人生の半分以上を共に過ごしている。それでも私達はずっと他人だった。


「……やっと、あなたと家族になれるのね」


 私がそう呟くと、彼女はそうだよと笑って改めて言った。「うちと結婚してくれますか」と。返事に迷いなんてなかった。


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