目の見えない君と、若紫みたいな恋をする。

衣太@第37回ファンタジア大賞ほか

第1話

「藤崎ぃ、ちょっと良いか?」


 明らかに元ヤンであろうクラス担任――柏木先生に呼ばれた私は、「はーい」と気の抜けた返事をすると、帰り支度を止めそちらに向かう。


「また雑用ですか?」

「またって……、たまにしか頼んでないだろ」

「週1は頻繁ですよ。もう家探しは嫌ですからね」

「あれは本当に悪かった……」


 ぺこり、と全く心が籠ってない頭を下げられる。

 4月時点だと頭頂部が綺麗なプリンになってた先生も、進級から半年もするとプリンどころかグラデーションのようになっている。染め直さないんだろうか。

 ともかく先生のこの髪型が、当女子高において『頭髪自由』という校則を何よりも如実に表していることだけは間違いない。

 なお家探しは先生が「保護者から預かった書類を入れたファイル、失くした……」と私に相談してきたことから始まった騒動である。詳細はまた後日。


「それで、なんですか?」

「あー、ほら、前言ってたろ転校生」

「そういえば……、でもあれ、3カ月くらい前に話してませんでした?」

「そう、そうなんだよ。ちょっとこっち側でも色々対応揉めてたみたいでさ、夏前には来れるんじゃないかなーってとこだったんだけどここまで伸びた

「……って、このクラスですよね。先生が担任になりますよね」


 その指摘に、先生は「痛いとこ付かれたわ」とわざとらしい顔を返す。

 高校2年の10月という、あまりに変なタイミングの転校生。

 クラスの数人が聞き耳を立てているようだが、転校生が来るという話自体はずっと前からされていたので、そこまで興味を持たれている様子はない。


「よく知んないんだけどさぁ、その子、目が見えない? らしくて」

「……え?」

「そんでもふつーの学校に通わせたいんだとさ」

「…………でもあの、無理じゃないですか?」

「無理だと思うよなぁ」

「……本人には本当に悪いですが、厳しいと思います」

「だよなぁ……」


 先生ははぁあと大きな溜息を漏らした。


 目が見えない。全盲とかいうやつだろうか。それとも多少は見えるんだろうか。

 街中で白杖を付いている人や、盲導犬と一緒に歩いている人はたまーに見掛ける。あの人たちがどこまで見えているのか私は知らないが、一人で生活するのはすごく難しそうだ。


「授業だって、あの、タブレットはともかく教科書は……」

「それが、あっちの親が「絶対大丈夫」とか「他の子と同じように扱ってください」ってうるさくてさぁ。いやそんなん言われてもこっちは受け入れ無理だろとしか言えなくて、学長とか主任もそのへんが引っかかってて、子供のためにならないーとか言ってずーっと話が伸びてたわけよ」

「……なるほど」

「んで、マジで通えんのか試すために明日来てみると」

「え?」

「藤崎ぃ、引率任せらんない?」

「……あの、明日土曜なんですけど」

「知ってるよぉ、明日バレー部の練習試合入れてて……、分かるだろ?」

「学校には居ますよね?」

「それが残念、他校試合なんだわ」

「…………」


 漫画だったら「たはー」なんて効果音を書かれそうな顔で返され、溜息が漏れた。


「つーわけで、頼むわ。書類とか事務は主任がやってくれるっていうから、まぁ学校の案内とか、マジで一緒にやってけそうかのチェックをさ、頼むわ」


 ぺたんと手を合わせられ、拝まれる。


 色々言いたいことはあるが……、まぁ、ここで断る選択肢はあるまい。

 あたしが断ったら、一体誰に回るというのだ。その子がブッチしたら、最悪だ。

渋々「分かりました」と頷いたあたしは、家に帰るやいなや慌てて目が見えない人の対応への仕方を調べるのであった。

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