第13話 第三犠牲者(2)

 誘拐グループの面々は、ロビーへと這々の体で戻ってきた。


「なん……なんなんだ、ありゃあ! 何が起きた!?」


 ダイソンが、スキンヘッドの頭に冷や汗を浮かし、息荒く吐き捨てるように叫ぶ。


「なんなの!? 何が起きたの! け、ケリーが、ケリーが」


 エーラが、こちらもヒステリー一歩手前の状態で頭を抱えていた。


「やばいよ、なんだよあれ。バケモノじゃん」


 ファズは、皮を摘まんでいた自分の手を、抗菌ティッシュで執拗に拭いていた。


「あの子供、置いてきてしまったが……」


 ゴードンが、ブルースに応急処置を始めながら――ケリーはどう見ても即死だ――呟く。


「はぁ、はぁ……ふぅ……あのガキは仕方ない。ひとまず……そうだ、ひとまず、落ち着け。そして、考えろ」


 息を整えて言ったのはホランドだ。両手の平を中空で僅かに上げ下げして、場のヒステリーを静める。

 視線が集まる事を待って、彼は再び口を開く。脳裏には、気になる点が既にあった。


「ジロウ=ホオズキ……ブルースが電話した、あの女の父親だ。何か妙な事を言ってただろ。誰か覚えてるか?」


 は、とゴードンが視線を上げた。ブルースの処置を続けながら、言う。


「……あの娘から目を離すな、と言っていたな。少々は大丈夫とも」

「そう、それだ。あの時はイカれた戯言だって、ブルースは通話を切っちまったが……詳しく聞こう」

「わ、分かった。こいつだ。リダイヤルすりゃ」


 頷いて、ダイソンが焦った手つきでスマートフォンを差し出した。

 プッ、プッ、プッ――


「………………………………………………」


 取次の音を、焦れた様子で一同は聞く。

 入り混じるように、どこかで何かが這いずる音が聞こえる気がした。


 ずる、しゅる、ずるり。


 ……一瞬後、スマートフォンの画面に現れた文字は、


『no signal』


「なんだと……!?」


 電波が通っていない事を示す表示だ。


「おかしいだろ! この山は標高もそんなに高くねえし、いつもは電波も最大のはずだ!」


 ダイソンが禿頭を紅潮させて叫び、自身のスマートフォンを見る。だがそこにも、電波を示す棒は立っていない。


「パソコンも電波通じてないよ……つまり、ここの線も」

「わ、私のもだ……Wi‐Fiも反応しない」


 ファズとエーラが、対照的な体格で並んでそれぞれに絶望したような声を出す。


「……………………」


 ぎり、と。ホランドは奥歯を噛みしめる。

 何か、妙な事が起こっている。クチナの異常。アンディとブルース、ケリーの三者三様の傷。そしてこの電波障害。


「――ホランド」


 さらに、ブルースを診ていたゴードンが声を発した。


「ブルースの傷が思ったより深い。十数センチはある。出血も多い。このままだと朝まで持たないかも知れん」

「!」


 全員の驚愕がロビーを埋めた。

 ホランドは顔の下半分を手で覆い、黙考。答えを出した。


「仕方ない。ブルースとアンディを病院へ連れて行く。だが車は途中で変えるぞ。途中で電波が戻れば、適当なとこで救急車だ」


 集団の中で頂点にいるためには、まず何よりも迷ってはいけない。彼は、そういった資質を持っている男だった。

 数人がほっとしたような顔をする。アンディは未だに呻いていたが。


「そんならさっさと車を出そうぜ。ふたりを担いで――」


 そう言って、ダイソンが外開きのエントランスの扉を開けようとし――


 ぎしり。

 ずるり。


「開かねえ」


 呆然とした声を発した。


「何を言ってるんだ、早く…………ん!?」


 すぐにホランドも扉に手をかけるが、扉は一向に外へ開こうとしない。


(なんだこりゃ? 鍵じゃない。外から、すごい力で抑え付けられているよう、な……)


 扉が壊れている訳では無いという感覚がある。しかし開かない。


「退け」

「うおっ!?」


 端的な声と共に、ゴードンが一人がけのソファを、扉に投げつけた。

 ごぉん……! とややくぐもった音。扉がややひしゃげるが、それでも開く事は無い。


「嘘でしょ……何なのこれ」


 ファズが、未練がましくPCやルーターの再起動を試しながら戦慄する。


 ずるるる。ぱきり。


「ど、どうして……」


 怯えた声は、エーラだ。彼女は窓のひとつを開けていた。引き違い窓の内側だ。ホランドの『外から抑え付けられている』という感覚からも、それなら開くと思えた。


「よし。そこからでも一人ずつなら――」

「ひ、ひぃ、ううん、駄目。駄目だよ、これ……」


 だが。彼女は震えながら首を左右へ振った。

 エーラが怯えているのは、外に出そうとしていた自分の細い手の、感触だった。


「何か、何か外にある! ひぃ、やだ、なにこれぇ!」

「何言ってんだ、お前――」


 ばっと身を離す彼女に入れ替わるように、ホランドが窓の外へと手を伸ばす。


 ぐに、という感触。


「うおっ!?」


 何か。分厚いものに手がぶつかった。予想外の感触に、反射的に手を引く。


「なん、だ?」


 それは、どこかひんやりとした温度で、ゴムのような、筋肉のような質感があった。そして、びくともしない。


「く……っ?」


 もう一度、粟立つ肌を感じながら触る。力を入れて押しても、まるで動かない。


「駄目だ。どこも同じだ」

「開かねえか、内開きの扉でも外は見えねえ何かで塞がれてやがるぞ! なんだよこりゃあ!」

 裏口の方を見に行っていたゴードンとダイソンが戻ってくる。


「なんなんだ、これ……」


 消え入るような声は、誰のものだったか。誰でも構わなかった。思いは同じだ。


 ――内側にいる彼等には、無論叶わぬ事であるが。

 この別荘にかかっている不可視の圧力を、その力の方向や強度、そしてホランド達が感じた感触。それらを総合し、可視化したとしたらならば。

 それは、まるで別荘を丸々包むような、メートル単位の胴体の太さを誇る巨大な蛇ののようであった。


 数分後。ホランド達はここから出られない事を認めざるを得なかった。

 外を塞ぐ透明な『何か』は拳でも、刃物でも、銃弾でも突破する事は敵わなかった。効いているのかすら分からない。発砲した銃弾が中空で弾かれて、危うくホランドの肩に当たりかけた時点で、彼等は力ずくの脱出を諦めざるを得なかった。


「……俺の推理を話す。いいか?」


 傷を負っているアンディとブルース、そしてケリーの死体を床に寝かし、残りの五人が机を囲んでいる。

 ここにいるのはホランド、ゴードン、ダイソン、エーラ、ファズの五人。

 声を出したホランド以外の面々が、促す視線を彼へ向けた。


。――明日七時半の、引き渡しのヘリを待つしか無い」


 返ってくる重苦しい沈黙に続ける。


「ヘリに乗った『ストラ』の奴らがここに入れるかは……試してみなきゃ分からん。だが、その目はある」


 発言と共に、ホランドはロビー奥の扉に目を向けた。そこは、地下室に通じるあの扉だ。

 その意味は、一同が理解出来た。


 クチナ=ホオズキ。



「……あの娘が、扉を塞いでいると? どうやって?」


 ある意味当然のゴードンの質問に、ホランドはサングラスのレンズを拭きながら嘆息する。


「分からん。だが、あの女が妙な力を持っている事だけは確かだ」


 だろ? という裸眼の視線に、全員が頷く他は無かった。それによって、アンディは片目を貫かれ、ブルースは股間に重傷を負い、ケリーは脳天を撃ち抜かれ死んだのだ。


「あいつが入ってから、出られなくなった。だからあいつを出してしまえば、出られるかも知れない」


 単純な帰結だ。それも、彼等に異論は無かった。


「だがよ、そりゃアレを……」


 地下室から解放する事になる。その結果、どうなるかは分からない。


「ああ。だから『ストラ』の連中を待つ。あいつらに訳を話して――引き取って貰う」


 そう言って、ホランドは――否、残る皆がゴードンを見た。


「アレはどう見ても異常だ。……だが『ストラ』なら、上手い事利用する方法を見つけるんじゃないか?」

「利用って……?」

「さあな。死なないし人を次々殺すんだ。兵器かなんかの代わりとか」


 投げやりにも見えるホランドのこの言葉に、ゴードンはひとつ嘆息し――


「……やむを得んな」


 そう呟いた。を得て、ホランドはサングラスをかけ直す。


「よし。じゃあ、クチナ=ホオズキの対策を考えるぞ」

「対策って……鍵かけて朝まで放っとくんじゃないの?」


 脂肪の乗ったあごを震わせるファズに、ホランドは首を左右に振る。


「ジロウ=ホオズキの言葉を思い出せ」


『アレはどこかの一室に閉じ込めなさい。その上で、誰かが常に見ているように』

『用足しなどで一時的に目を離すのは大丈夫だ』

『一時間以上目を離すのはいけない』


「奴は確かにそう言っていた。つまり――」


 一同が壁にかけられた時計を見る。現在、夜の九時前。


「前に地下室に下りたのが八時十五分くらいだった」

「てことは、あと二十分ほどで一時間経つじゃねえか!」


 がた、とダイソンが腰を浮かした。


「まだ待て。他にも話す事がある。それで最初にやられたのは、多分アンディって事だ」


 制止して、ホランドは顔にタオルを当てられ横になっているアンディへと視線を向けた。


「そ、そういえば、彼、ゲームしてたって……」


 エーラが震える声音で思い出す。ホランドは頷いた。


「そうだ。信じられんような話だが……ジロウ=ホオズキは、俺らに殺された奴らを雇ってまでそのルールを守ってた」

「カルトのデタラメじゃないってのか……? いやでも」


 ダイソンが気付いたように顔を上げる。


「あそこには前にさらったガキもいたろ。あいつは無事だったぞ? それに俺らはどうして無事なんだよ。アンディ以上に目を離してたのに」

「誰かが一人は、ってジロウ=ホオズキは言った。そこからすりゃ……多分最後に見てた奴が標的になるんだろ。じゃなきゃ、とっくに家族も全滅してるさ」


 法則性を考え込む一同に、ホランドはさらに続ける。


「ここからは想像だが、多分最初にガキが寝るか何かして女から目を離した。その後で、アンディがあの女を見た。そしてアホな事にゲームに夢中になって一時間経過した――ってとこだろう」


 静寂が場を支配した。異常事態にも関わらず落ち着いた見解を導くホランドの弁舌に、全員に落ち着きと思慮が生まれた。

 ふん、と息を吐き出す音がした。ゴードンだ。


「……この推測が正しい場合、次は私という可能性があるな」

「え、な、なんで……? そんな力が本当にあの女にあるとしても、あの子供が地下室に残ったままなんだから、次の標的はあっちになるんじゃないの?」


 エーラの反論に、ゴードンはひとつ嘆息した。


「それは、場合、だ」


 端的な指摘に、ホランドも含めて息を呑む。

 ――現実はそうなってはいない。しかし、ホランド達から見ればイグナスとクチナは、共に自分達にさらわれた側だ。協力体制を取ってもおかしくはないように見える――どころか、その可能性が頭に浮かんだ瞬間、そうに違いないとすら彼等は思った。


「クチナ=ホオズキの力を秘密裏に共有していた場合、彼は我々が地下室に入った時、クチナ=ホオズキを視界に入れていない可能性がある。そうであれば力の矛先は最後に部屋を出た私となる。――彼女の最後の台詞は『また、おいでくださいね』だ」

「……………………!」


 エーラが絶句し、周囲にも押し黙る空気が数秒、流れた。それを断ち切るようにホランドが首を横に振る。


「どっちにしろ、あと二十分放置してりゃ、だ。話はまだある。ブルースとケリーだ」


 並んで寝ている半死人と死人をホランドは見る。


「ケリーの死に方を考えりゃ……これも容易には信じられん話だが。恐らくクチナ=ホオズキは『』」


 荒唐無稽な話に、しかし全員がそれを笑い飛ばす事は出来ずに表情を曇らせる。先のケーラの光景は記憶に新しい。


「し、しかもあの子、死ぬような傷でも、か、皮脱いで……」


 拾った感触を思い出したのか、ファズは身震いする。


「そうだ。しかも本人は平気な顔で生き返りやがる。……で、ブルースもおそらくそれでやられた」

「! ……なるほど、な」


 ホランドの言葉に、ゴードンだけが頷いた。


「ど、どういう事なの? ブルースはアレに何してあんな酷い傷」

「レイプだろ」


 ホランドは端的に言った。


「クチナ=ホオズキのあの体質からすりゃ、処女のまんまだろ。ブルースの奴は、彼女にブチ込んだ結果、同じだけの傷をブチ込まれた。……男に、あの場所に穴は無いからな」

「え、じゃあ、あの傷って……その、アレの大きさの……」


 顔を紅くして――エーラが、紅く染まった包帯で隠されているブルースの股間を見た。

 彼の息は、もう既に浅くなり始めている。ホランドは忌々しげに舌を打った。


「そういう事だ。殺したり犯したりしてどうにかなる相手じゃない。忘れるな」


 ――別荘の一夜は、誘拐グループの、何という事のない少女の監禁のはずだった一夜は。

 血と死の閉塞の中で、深まりつつあった。



 地下室。今ここには、イグナスとクチナだけが残っている。


「行ってしまわれましたね――」


 嘆息するクチナの美しさは、死と再生を経るごとに魔性的に跳ね上がっていく。今では、その吐く息にすら人を狂わす蠱惑の毒が含まれているかのようであった。

 ――イグナスも、クチナの力については見た通りの事は把握した。

 即ち、傷を与えると同じ傷を相手に返し、自身は皮を脱いで治る。


(それ、自体は……ワケが分からないけど、よかった。おねえちゃんが死なずにすんだ)


 だが――アンディが負傷した直後の彼女の歌と、その後の言葉を思い出した時、彼の心胆は震えあがった。

 目を離した人がいなくなった、という内容の歌。そして。


「ねえ、今の歌。よおく覚えておいでなさい、貴方。でないと――」


 クチナの、面白がるような、忠告のような、あの言葉。

 その意味は、片目を失ったアンディの姿に容易に繋がった。

 今、イグナスは飛び散った血や汚れたシーツ、クチナが脱いだ皮の掃除を、自分から行っている。


「ありがとうございます、小さな貴方」


 魂を絡めとられるような声。それを背中に聞きながら、イグナスは確認する。少し目を離すくらいなら、平気なのだと。


(あ、あの時……のぼくは寝てた。あの男の悲鳴で起きたけど)


 ひとつ間違えばどうなっていたのか。ごくりと、緊張の連続で乾いた喉へ唾を呑む。


(で、でも……ぼくは、まだだいじょうぶだ。聞かせてくれたあの歌の内容をまもってれば……もしかしたら――もしかしたら)


 イグナスには、どこか。感じる恐怖の十分の一以下ではあるものの。

 期待感のようなものが、湧き上がっていた。

 あいつらを。

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