第3話 第一犠牲者(1)

 デケーロープ郊外、北にある山。

 秋の早まりつつある落日。山中は容易く闇に支配される。

 その只中にある館は、まるで松明の如く頼りなく光を灯していた。玄関前の広場には十人乗りのバンが未だエンジンが熱を持ったまま停まっており、つい先ほどここへ乗り入れた事を意味していた。


「女は?」

「静かなもんだぜ。地下の部屋に入れてきた」


 エントランスと一体化したロビーのソファには、八人の男女が思い思いに酒やピザなどを開けて寛いでいる。


「先客いるでしょ。どうしてた? ぶっちゃけ忘れてたけどさ」

「まだ生きてたわ。一緒に飯と水やればいいだろ」


 奇妙な集団だった。一人いる壮年の男を除き、おおむね二十代という年齢以外におよそ統一性は無く、男が六人、女が二人。

 彼らの言によれば、あと一人、地下にも女がいると知れた。


「しかしあの嬢ちゃん、ぽんやりしてたぜ。まさか理解してねえのかな、誘拐されたってよ」

「いや流石に気付くでしょ。目隠しされてここまで運ばれといて」

「自分専用の離れと使用人まで持ってた資産家のお嬢様にゃ狭いかもしれんが、一晩我慢してもらおうか」


 誘拐、監禁。明らかな犯罪行為を口にしながら、彼らはなんの気負いも無いように飲食を愉しんでいる。


「離れ、ねえ。なんだったんだろうな、あの家」

 ただ、サングラスをかけた男が、何かを思い出したように表情をしかめた。

「に、ニホンの風習だったのかな? まあ正直気味悪かったよね」


 そう答える細い体格の眼鏡をかけた男も苦笑している。ふん、とスキンヘッドのいかつい男が鼻を鳴らした。


「どうでもいいぜ。東洋のカルト宗教なんてよ。未開で気味悪い、まともなモンじゃねえって事だ。シメナワだったか? あんなモンで部屋囲んで中にいた使用人も白ずくめだ。何考えてんだか。正気を疑うぜ」

「あいつらはお気の毒だったなぁ~。あんまり必死に止めるもんだからついうっかり撃っちまった。俺悪くないよな?」


 驚くべきことに――殺人を嗤いながら告白する長髪のたくましい男。それに、流石に女性の一人が眉をしかめていた。


「……ね、ねえホランド、大丈夫なの? あれ。余計な殺しだよ」


 問いかける先は最初に口を開いたサングラスの男だ。ホランドと呼ばれた彼が、この集団のリーダー格であるようだった。彼は少しサングラスをずらした瞳で見返す。


「あん? 心配無い。今回は名指しの依頼だ。……ホオズキは『ストラ』の勧誘を断ったんだよ。この町で新参が商売やんなら、そりゃ致命的だろ」

「……見せしめって事ね。まあアタシらは金が貰えりゃ気にしないけど」


 別のパンクファッションの女が、興味なさげな様子でピザを摘まみ、口に運んだ。


「身代金もいただくのよね?」

「ああ。金を払う払わないに関わらず、女は『ストラ』に引き渡すがな。丁度次回のゲームに、東洋人の女が欲しかったんだとさ」


 使用人を撃った、と言った長髪の男が、拳銃を弄ぶ。


「例の『羊狩り』ね。俺も一回参加してみたいもんだな。幾ら金積みゃいいんだか」

「二重取りとはひっどいなあ」


 Tシャツの太った男が体の脂肪を揺らして笑った。


 ――このエントランスロビーから繋がる階段を下り、扉を開けた先の地下室に、彼女はいる。



 ずりっ……。ずり、ずり。


 何かが這い回る音がする、とイグナスは思った。同時に、幻聴だとも判断する。

 何せもう数日、まともに食事を取っていない。この地下室にはトイレと洗面があるので水は何とかなるが、もう腹が空ききってしまって音すら鳴らない。言葉ひとつまともに発する事すら億劫だった。


(ここに来て……何日だ? みんなはどうしたんだろう)


 彼の名はイグナス=ディアス。十歳ほどだと自分では記憶している。

 およそ一か月前に、ホランドらの誘拐グループによって孤児仲間数人と共に誘拐され、ここへ監禁された。

 現代のアメリカには孤児が増加している。数年荒れ狂った感染症で親を亡くした子供や、難民として流入したものの、様々な理由で保護者を失った子供が多くいる。イグナスと仲間も、そんな子供達のひとりだ。


 最初は食事も出されていたが、連れ出されるように一人減り、二人減り、やがて彼一人になった辺りから、明らかに世話が雑になった。体を拭くタオルも交換されていない。


 今日になってから、誘拐犯たちは地下室には新たな客を連れてきた。

 ビロードのような黒髪、黒曜石のような瞳、何もかも弾きそうな生命力に満ちた肌。東洋人の特徴を示しながら、その体にぴったりと沿う黒のナイトドレスをまとって、細いながらも膨らみとくびれを主張させていた。

 新しくさらわれてきたのだ、という事はイグナスにもすぐに理解出来た。自分とは違い、かなり裕福な家の子供だという事も。


 ずりっ、ずりっ。


 幻聴は続いている。

 彼女はベッドに腰掛け、物珍しげに部屋の中を見回している。

 コンクリート打ちっ放しの壁とステンレスの棚を、天井の蛍光灯が照らしている。他にあるものは机とベッド、そしてトイレだ。

 視線の先、部屋の隅には壁にもたれ掛かっているイグナスをその視界に入れても、彼女は気を留める風も無かった。


 しゅるるる、しゅふぅぅ。


 呼吸の音がする。座っている彼女以外から。


(なんて――)


 その彼女は――上にいる者たちの言葉を借りれば『さらわれたお嬢様』は。

 誘拐犯のアジトの館の、地下室に押し込められた彼女は。


(きれい、なんだろう)


 くすりと、蠱惑的に笑った。



 アンディは、誘拐犯グループの中では最古参の一人――というか、その元になった地元の悪友グループにいた青年だ。ホランドはその頃からのリーダー格である。

 ひょろりとした体格と眼鏡、ビデオゲームを趣味とするアンディは、一番下の立場として昔から一段低く見られており、それはメンバーが増えた今でも同様だ。女性陣に使い走りのような真似をさせられる事も少なくない。


「おいアンディ、あのお嬢さんに飯持ってくついでに見張り頼むわ。売れ残りのガキにも一応持っていけ」


 だから、こういう貧乏くじをホランドに引かされる羽目になる。


「僕がやるの? 嫌だなあ……」


 先客の子供の方はもう散々仲間達に『分からされた』から大人しいものだが、もう一人は家から誘拐されたばかりの、ティーンの女の子だ。今は状況がよく分かっていなくても、理解すれば泣きわめくだろう。

 正直面倒だし、彼女自身は知らぬ事とはいえ、行く末は金持ち共のゲームの餌食だ。


(気が滅入るよなあ。誘拐しといて言えた義理じゃないけど)

「いいから、さっさと行けよ、ほら。二時間ほどしたら交代でいいから」


 机の上から適当に盛られたピザのピースとコーク、空のグラスを押し付けられても、アンディは腰を浮かせなかった。


「アンディ」


 だが。ホランドの、サングラスを傾けて向けられた視線と声に、アンディは身を竦めた。


「――嫌か? お前」


 そこで、諦めた。長く嘆息して立ち上がる。


(はあ、面倒臭い……)


 あの言葉を口にしたホランドの要求を断る事など、出来はしない。ハイスクールの頃からそうだった。この街においては、彼の命令は絶対だ。

 彼の父親は『ストラ』の幹部であるからだ。

 ただ、従っていればそれなりに甘い汁も吸えた。

 だからアンディは、正義ぶって対立して潰された馬鹿でもなく、彼とその家に支配される故郷を出て行った賢者でもなく、彼の使い走りに甘んじる事を選んだ。


(誘拐は一ヶ月ぶりか?)


 今まで何度も、こういった仕事に付き合ってきた。

 今回のように、仕事の最中に殺しが伴う事も、伴わない事もあった。どちらにしろ、アンディは自分の手を汚した事は無い。犠牲者のその先に待つのが結局死だったとしても、自分が直接関わるのは嫌だった。グループ内の地位が低い事には、そういう理由もある。

 だがその一方で――かつての自分たちはこうではなかったな、とアンディは思う。

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