1-4 お試しのススメ
「ヴィオさん、
僕は思わず前のめりに聞いてしまった。隣のアージットが驚いた顔をしている。ヴィオさんは明確に答えることなく、相変わらずふわふわしていた。
「おっ、赤髪のお兄さんはもう面識があるのか。ヴィオリーノの
「
アージットが怪しんだ眼差しを店主に向ける。コルノ店主はそうさ、と頷いた。
「『魔力調律師』だ。知っているか?」
「魔力……?なんだそれは、聞いたことがない。勝手に名乗っているだけの職業では?」
「私も聞いたことがありません。でも気になります。魔力を扱われる……のですか?」
あまり口を挟まないリタルダも質問してきた。僕は説明しようかどうか迷って、ヴィオさんの方を見る。ヴィオさんはやっぱり残念そうな顔をして
「だよね。知らないよね。一応アークボローに協会事務所もあるんだけど、大体皆仕事しないから知名度が低くて」
皆仕事しない、って組織として成り立ってないよな?
「ま、お嬢さんの予想通りだよ。俺は魔力の流れを調整して、その人の状態を最適な状態にすることができる。そうすれば魔法や魔具の力は最大限発揮できる。な?ファーゴくん?」
「は、はい。さっき調律してもらったけど、凄かった。普段の力で、軽く倍の効果が発揮できたんだ」
なんだそれ、と僕の方をアージットは訝しむ目で見た。リタルダは興味津々の模様。そしてヴィオさんは、僕がまだ聞いていなかった追加の説明を始めた。
「それだけじゃなくて、戦闘中のパーティの力を増幅させて『最強状態』にすることもできる。つまり、1足す1を2じゃなくて100にも出来るのさ」
「そんなこと……言い過ぎだろ?」
「言い過ぎかどうかは、経験してみないとわからないよー?」
ふふっ、とヴィオさんは笑ってカウンターから身体を離す。
「あれ、帰るのか?」
「一旦荷物を置いてからまた来るよ。音楽の集いにはまだ時間があるだろ?」
わかった、とコルノ店主は手を上げる。そしてヴィオさんは僕らに言った。
「まぁまずはこの後の『音楽の集い』で体験してみてよ。君たちを調律するからさ。ではまた後で!」
鼻歌を歌いながらヴィオさんは去っていった。僕らは呆気にとられ、ただその後ろ姿を見送るしか出来ない。その様子を店主が微笑みながら見ていた。
「……ああいう奴だが、技自体は便利だし、旅する上で強みにはなるぞ?」
「俺はまだ信じられないんだが」
「私は興味ありますけど……でも不安は少しあるかも」
アージットとリタルダはそれぞれの感想を口にした。僕は既に調律してもらった経験から、案内役がヴィオさんなら、難しい局面に当たっても大丈夫な気がしている。それに魔具だけじゃなくて、パーティ全体も調律できるというなら万が一の戦闘時も安心かもしれない。
迷う僕たちの様子を見て、コルノ店主はカウンターの下からなにやら取り出した。紙の束のようだ。
「じゃあお前さん達、『お試し』してみればいいんじゃないか? その、派遣命令の支障にならない程度の案件なら良いだろう。命令の期限はあるのかね?」
「厳密には決まっていないが、早めに、ということらしい」
「なら1日や2日、どうってことない」
店主は紙の束をめくりながらそう言い切った。そして紙をめくっていた手が止まる。
「ふむ、この案件ならすぐ終わるだろう。アングレアの村まで行って、花の蜜をテムリッジまで運んでくる。どうだ?」
僕らは顔を見合わせた。どう聞いてもただのお使いだ。アングレアという村がどれほどの距離なのかはわからないが、簡単な案件には聞こえる。
「それこそ案内役など要らない気もするが……」
「だからこそだよ若者よ。お試しってのはそういうもんだ。一緒に行動して初めて分かることもあるだろう? それに、ヴィオに調律をやってもらえるのはそれなりに幸運だと思うぞ。あいつはそれなりにあちこちウロウロしているからな。こうして会える事が珍しいんだ」
そう言ってコルノ店主はその紙だけを抜き取り、僕たちの前に置いた。読んでみれば、確かに『アングレア村からの花蜜を運搬する依頼』と書いてある。そして報酬もこれからの旅路の足しにはなりそうな額だ。僕たちの本来の仕事は、軍からある程度路銀を貰ってはいるものの、余裕はない。足りなかった分は後で請求する仕組みだ。だから僕たちの懐から多少は出ていくことも覚悟の上だった。
「まぁ……いいと思うけど? 旅の足しにはなるし、そのヴィオリーノさんって人がすごく助けになるってのがわかれば、それはそれでこの先も安心じゃない?」
「リタルダは信用するのか?」
「うーん、どっちかというと興味なんだけど。私は魔力を主に使うからね」
はぁ、とアージットはため息をついて短い黒髪を掻く。
「わかったよ。とりあえずお試しでこの案件は受けるとしよう。結論を出すのはその後だ。これでいいよな?」
「うん。それでいいと思う」
「私も」
リタルダも微笑んで頷いた。僕はとりあえず仲間の意思が一つになったことに安堵する。このまま意見が割れ続けていたらこの先は無かっただろう。コルノ店主の気遣いに感謝だ。
「じゃあヴィオにも伝えておくよ。明日か明後日にでもやってくれればいい」
そう言うと、店主は僕たちの案件が書かれた紙を、先ほどとは違う紙の束にまとめる。そして、
「今夜はここで『音楽の集い』があるからゆっくりしていくといいぞ。上手い酒に楽しい音楽! それだけで何もかもが楽しくなっちまうもんだ。お前さん達も一緒に楽しんでくれよ!」
「ヴィオさんが何かするんですか?」
「ヴィオももちろん楽器をやるが、この村の音楽の名手たちが集うんだ。かなり盛り上がるから覚悟しろよ?」
コルノ店主はもの凄く楽しそうに僕らにそう言った。正直僕らはあまりそういった場に出たことがないから、どんなものか想像がつかない。アージットなんか完全に困惑している。
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