第15話 風鈴

 潜水艦が海中に沈む。海面から差し込む光はすぐに消え、周囲は真っ暗になる。暗くなると、自動で室内灯が点灯した。

 潜水艦の中は球形の形をしている。そしてとても狭い。立ったり歩き回ったりはできない。前方には分厚いガラスの窓、その手前にレバーと『ライト』と書かれたボタンが一つあるだけの簡素なコックピット。上は外へ繋がるハッチがある。

 ルイは、ボタンを押した。窓の向こうが明るくなった。窓の向こうに、先ほど出会った男がいる。彼は腰から下が魚の尾鰭のような形になっている。人魚族だ。ルイもモナも、その存在は知っていたが、実際に会うのは初めてだった。

 彼は手を振ると、下を指差し、泳いでいく。

「このレバーを動かすといいのかな?」

 モナがレバーを握った。レバーの周りには、『右』『左』『前』『後』『上』『下』の文字が書かれている。文字がある方向に倒すと、潜水艦もその通りに動くのだろう。

「そうだと思いますよ」

「じゃあ、ちょっとやってみる」

 モナは下に向かってレバーを動かした。潜水艦が微かに振動する。窓の外が真っ暗なので本当に下に向かっているか分からない。しかし、前を泳ぐ人魚は特に反応を示さないから、これで正解のようだ。

 モナは慎重にレバーを動かし、人魚についていった。真っ暗闇の中、海の底へどんどん深く潜っていく。

 どれほど時間が経っただろうか。

 窓の外が仄かに明るくなった。

 二人は窓に張り付き、外を見た。人魚の進む先が、青白く輝いている。

 いつの間にか、潜水艦の周囲を、何人もの人魚が取り囲んでいた。物珍しそうな目でこちらを見て、手を振っている。二人も手を振りかえすと、とても嬉しそうに笑った。

 潜水艦は、青白い光へ向かって進んだ。光の正体は、岩盤をくり抜いて作られた人魚の町の光だ。岩にいくつも穴があけられ、人魚達はその中を出入りしている。案内役の男の人魚は、潜水艦が通れるサイズの穴に入った。穴の中は非常に明るい。風鈴のような形をした、発光するクラゲがたくさんおり、眩しいくらいだ。

 やがて、行き止まりに着いた。そこは広い空間で、壁から大きな鎖が何本も垂れている。

 人魚が、止まれ、という合図を出した。モナは言う通りにした。どこからともなく、人魚が大勢やってきて、壁の鎖を潜水艦に結びつける。彼らが作業をするたび、ゴン、ガン、という音が鳴った。

 人魚がいなくなると、水が引き始めた。水で歪んでいた景色がクリアになる。滑らかな岩の表面がはっきりと見える。

「おーい、もう出てきていいぞ! 開けろ!」

 水面から顔を出した案内役の人魚が叫んだ。二人はハッチを開けた。

「この瓶の中身を飲んでくれ。水中で息ができる魔法の薬だ。こっちの二つが人間と妖精用で、この小さい瓶は四本足の動物用だ」

 人魚から三つの瓶を渡される。飲むと、パチパチと口の中で泡が弾け、爽やかな味と香りがした。リューズは中々薬を飲もうとしなかったが、苦心惨憺の末、どうにか飲ませることに成功した。

「全員飲んだな。さあ、来い!」

 人魚の頭が水中に消える。

 二人は顔を見合わせた後、同時に水中に飛び込んだ。

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