第6話 霧の駅
茶色い道を二人は歩いていた。
道の左右は草原である。霧がかかっていて、遠くまで見通せない。
リューズが不機嫌な鳴き声をあげた。湿った空気が嫌なのかもしれない。
ふと、前方にぼんやりとした丸い光が見えた。
道を歩いていくと、光は段々と大きくなり、やがて霧の向こうから横長の建物が姿を現した。
クリーム色の壁。赤い屋根。大きな両開きの入り口。この形状の建物に、ルイは見覚えがあった。
「これは駅でしょうか」
「エキ? 何それ」
「故郷の世界にはありませんでしたか?」
「無い」
「電車という、人を運ぶ箱があるんですよ。それに乗り降りする場所です」
困惑するモナと共に、ルイは駅の構内に入った。
蛍光灯が灯る天井。年季の入ったクリーム色の壁と床。券売の窓口には客が列をなしている。
壁に貼られている路線図を見る。色とりどりの路線が複雑に絡まり合い、駅名は読めない字で書かれている。
近くにいた駅員に、路線図と切符について尋ねる。しかし、要領を得た答えは返ってこない。「目的地は?」とだけ聞いてくる。
困ったルイは、試しに、石板に一枚の画像を映し出して駅員に見せた。
「この町の世界に行きたいんです」
駅員は石板を見ると、首を横に振った。
「ここには繋がっていません」
肩を落とすルイ。その様子を見ていたモナが「ねぇ」と駅員に声をかける。
「行きたいところに連れていってくれるの?」
「路線図にある駅に向かいます」
「じゃあ、鉄の郷は? 鬼族が住んでいるところ」
「鉄の郷駅でしたら、1125番ホームより、霧と光の刻に電車が出発します。そちらで切符をお買い求めください」
駅員はそう告げると、どこかへ行ってしまった。
「鉄の郷とはどんな世界ですか?」
「兄さん達の故郷。まえに行ったことがある」
「なるほど。行きましょう」
切符売り場の長蛇の列に並び、切符を買う。窓口の駅員に対価が必要だと言われ、ルイは羽根の鱗粉の粉を集めた小瓶を、モナは自分が修理した懐中時計を差し出した。
改札口をくぐり、白く眩しい光が差し込む通路の入り口へ進む。
「──な、これは……」
ルイが通路だと思っていた場所は、通路ではなかった。
草原だった。草原にレールが何本も敷かれている。レールの先は濃霧に包まれて見えない。濃霧の向こうから列車が現れて停車する。逆に、こちら側から発車した列車は、すぐに霧の向こうに入って見えなくなる。列車が走る音が聞こえない。
レールの両側には石れんがの床になっていて、簡単なホームになっている。レールの終端には、番号がかかれた旗がかかげてある。この数字を頼りに、乗りたい列車を探す仕組みのようだ。
「切符のホームの番号は?」
「1125番」
ルイはそばにあるホームの番号を見た。一番である。
「遠いですね……」
「遠い」
番号を追って、草原を歩く。
実に多くの客が、電車を探して歩いている。人間族、妖精族、鬼族、なんの種族なのか分からない者、そもそも生き物か怪しい存在。皆、一枚の切符を握って歩いている。
中には、テントを張っている客もいる。列車を待っているのか、それとも、この霧の駅の世界で暮らすことにしたのか? 彼らは、道を歩く客をぼんやりと眺めていた。
ルイとモナは歩き続けた。次第に無口になり、足取りは重くなっていく。何時間もかけて、ようやく、1125番のホームについた。
濃緑色の列車が停まっていた。窓枠が金色で縁取られており、高級感を感じさせる。
車掌に切符を見せると、中に入れてくれた。
深緑色の座席が四列並んでいる。二人は適当な座席に座った。
程なくして、列車は出発した。車窓は、白い霧で見えなくなった。
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