2ピリオド~舞台⑦~

 鶴賀中の流れで試合は進んでいた。


 二乃がシュートを決め、三久がゲームメイカーとして試合の流れを掴み、四季と五月のアシスト、かずみはディフェンスの貢献。各々が役割を果たしている。


 本屋戸中は、鶴賀中の複雑なモーションオフェンスと、三久を起点とした予測不能なパスワークに対応できず、混乱したまま攻撃も停滞していた。


 鶴賀中は、その後もかずみの巧みなドライブや、五月のインサイドでの冷静なシュートなどで着実に加点。特に、五月はディフェンスが崩れた後のリバウンドからのセカンドチャンスを確実にものにした。


 スコアはさらに開き、鶴賀中の勢いは止まらない。


(かずみに関してはいい意味で予想外だったな)


 亮多はベンチで腕を組みながら、コートを見つめた。自分より大きい相手PGに対し、臆することなくディナイを続け、オフェンスでは的確にボールを配給するかずみは、単なるパサーではなく、チームの精神的な柱として機能していた。


 一方、本屋戸中のベンチは不気味なほど静かだった。


 相手の監督は最初のタイムアウト以降、不気味なくらい静かだった。


(やられたい放題の状態で、指示をしないのか……。何かありそうだな)


 亮多は、監督歴の長そうな本屋戸中の監督がこのまま黙っているわけではないと感じていた。これほど一方的な展開で静観を続けるのは、必ず何かを仕込んでいる証拠だ。第2ピリオド、あるいは終盤を見据えた、大胆な戦術変更を準備しているに違いない。


 本屋戸中の選手たちも、リードを広げられながらも、監督からの指示を待つように、ただ耐え忍んでいた。


 その静かな緊張感の中、鶴賀中は残り時間を使い切るように攻め続け、さらにリードを広げた。


 そのまま時間が流れ、コートサイドのブザーが鳴り響いた。


 ブーーーーーーッ!


 第1ピリオド終了。


 鶴賀中のベンチは明るい空気に包まれていた。9点リードという上々の立ち上がりだ。五月がタオルで汗を拭いながら、四季にパスのタイミングを褒める。


 「ナイスゲーム!この流れで第2ピリオドも行くぞ!」


 亮多は個別に選手たちの働きを称賛した。


 「三久、ナイスプレイだ。二乃、シュートも完璧。五月、お前のリバウンドが効いている。かずみ、お前のディナイが相手PGの選択肢を半分にしているぞ。四季、ボール回しは完璧だ。2ピリオドも続けろ」


 亮多は褒めた後、すぐに顔を引き締めた。選手たちの笑顔が、一気に消える。


 「ただし、この点差で安心をするな」


 亮多はコートサイドに設置されたタイマーに目を向けた。


 「あの監督が、なぜ9点差で選手に指示を出さなかったのか。おそらく、情報のない三久たちのオフェンスを破壊する戦略を、第1ピリオド中に仕込んでいたからだ」


 三久が冷静に尋ねる。


「相手は次どんな戦術でくるわけ?」


 「ダブルチームだ。第1ピリオドで、三久と二乃の弱点を見抜いたはずだ」


 亮多は五月の方を向き、具体的な指示を与えた。


 「五月。トラップを崩すカギはお前だ。相手が三久にダブルチームを仕掛けてきたら、必ずハイポストの空いたスペース、あるいはゴールの真下が空いているだろう。三久からパスが来なくても、ダブルチームで三久が抑えられた瞬間、お前がインサイドで最もフリーになる。ボールをもらって一対一を仕掛けろ。相手の戦術を恐れるな、利用しろ」


 五月は強く頷く。


「はい。私が確実に決めます」


 「二乃、四季。お前たちは三久にダブルチームを仕掛けたら、三久に頼らず自分たちでスペースを作り、次のパスコースを開けろ。相手がダブルチームに人数を割けば、必ずどこかに穴ができる。冷静に、オープンな選手を見つけろ」


 「「了解!」」


 二人は声を揃えた。


「とはいえ、相手の戦術に慣れるまでに時間がかかるだろう。この9点差がひっくり返されても構わない。このピリオドで相手の戦術に慣れるのが最優先だ」


 * * *


 一方、本屋戸中のベンチは、静かな緊張感に満ちていた。


 「集まれ。落ち着け」


 監督は淡々と語り始めた。


 「第1ピリオドで、彼女たちの欠点は全て分かった」


 監督はホワイトボードを使い後半の作戦を説明する。


 「SFの4番選手(三久)は、確かに上手い。しかし、彼女のプレーを観察すると、弱点としてスリーポイントがないことがわかる。彼女は外でボールを持っても、脅威にならない」


 「であれば、4番(三久)がインサイドへドライブを仕掛けた、まさにその瞬間に、三津紀みづき(7番)と四穂梨しほり(8番)、お前たち二人が徹底的にダブルチームを仕掛けろ。パスコースを潰し、彼女の得意なリズムを完全に破壊する」


「「はい!」」


 三津紀と四穂梨は声を揃えた。

 

 そして監督は続けた。


「そしてSGの6番(二乃)だ。あのゼロ度スリーは警戒しろ。だが、彼女はスリーを封じられた後のドライブが大したことがない。無理に追いかけるな」


 「俺たちは、鶴賀中の連携を、個人の判断で破壊する。第2ピリオドは、マンツーマンの原則を崩すな。ただし、あのSF(三久)とSG(二乃)に対してはドライブ後、迷わずトラップをかけろ。ボールを離させ、判断を狂わせる。いけるぞ!」


「「「「「はい!」」」」」



 * * *


 ブーーーーーーッ!


 第2ピリオド開始のブザーが鳴り響く。本屋戸中の選手たちは、監督の指示を実行すべく、固い決意を胸にコートに戻った。


 本屋戸中のボールから再開。PG(4番)からのパスを受けたSG(6番)が、素早いレイアップを決め、先制した。


 スコア:鶴賀中 18 - 11 本屋戸中


 鶴賀中の攻撃。三久は左ウイングへポジションを取り、かずみからパスを受けた。


 三久がボールをキャッチし、インサイドへドライブを仕掛けようと一歩踏み出した、まさにその瞬間だった。


 マークマンのSF(7番)が後方へ引くと同時に、ハイポストにいたPF(8番)が猛然と三久の前に飛び出し、ダブルチームを仕掛けた。


 「チェック!」


 7番と8番に左右から挟まれ、三久の視界が一気に狭まる。亮多が予測した変則ディフェンスが、第2ピリオドの初っ端から炸裂した。


 五秒の制限時間が迫る。三久はトラップによってパスコースが一時的に塞がれた状況で、パスを出すべき方向を探した。そして、とっさに左ウイングの奥、コーナー方向へ向かってボールを強く突き出した。


 その先にいたのは、二乃だった。


「二乃!」


 二乃は三久の苦し紛れのパスを受け取ったためか、ボールをもらう際のミートがいつものリズムではなかった。


(態勢を立て直さなきゃ)


 二乃はシュート態勢に入ったが、ディフェンスのプレッシャーでシュートが打てなかった。


「四穂梨!こっちを警戒して!」


 二乃のマークマンである6番は、二乃にドライブさせないようにコースを塞ぎながら、味方に声をかけた。


 五月が左のローポストで、自分のマークマンであるC(5番)に激しくプレッシャーを与えられながらも、パスを要求するポジションをとる。しかし、目の前にいる五月へのパスは、5番(C)が激しく手を伸ばし、コースが塞がれていた。


 一方、ダブルチームに加わっていたPFの四穂梨(8番)は、すぐに自分のマークマンである四季へとローテーションで戻ろうとする。四季はトップ方向へディフェンスを広げようと走っており、四穂梨は一瞬遅れた。


 二乃の視界には、ローポストの五月と、トップへ走る四季の両方が入っていた。だが、四穂梨(8番)はトラップから離脱した後、インサイド(五月のエリア)を警戒するように立ち位置を取りながら、自分のマークである四季へのパスも牽制しており、二乃は目の前の五月にも、トップへ走る四季にも、安心してパスが出せなかった。


 完全に追い詰められた二乃は、苦し紛れにボールをトップ方向へ強くロブパス(山なりのパス)をした。


 ボールを受け取ったのは、トップへ戻っ八ていたかずみだった。

 だが残り攻撃時間は八秒を切っていた。

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