2ピリオド~舞台⑥~

 スコア:鶴賀中 5 - 2 本屋戸中


 試合開始からまだ間もないにもかかわらず、本屋戸中は攻撃を止められ、完全に流れを失った。


 ピッーーーー!


 堪らず、本屋戸中のコーチがタイムアウトを要求した。


(よし。想定通りだ)


 亮多は静かに頷く。鶴賀中の部長である三久の存在に戸惑っているはずだ。中学生の部長の選考基準の大半は実力で決まる。本屋戸中の顧問の先生は、どこを起点に守るべきか、という判断がまだできていないはずだ。


 「集まれ!」


 ベンチに戻ってきた選手たちに、亮多は声をかける。鶴賀中の選手たちは、直前に行ったディフェンスの成功で高揚していた。


 「ナイスゲームメイクだ、かずみ。二乃、次は行くぞ」


 亮多は淡々と褒め、すぐに本題に入る。


 「相手は、これからディフェンスのプレッシャーをかけてくるはずだ。特に二乃のスリーと四季のパス回しを警戒する。そこで三久の出番だ」


 亮多はタブレットを取り出し、画面に触れた。


「次のオフェンスは、原点に戻る」


 亮多はタブレットの画面の真ん中、スモールフォワード(SF)の位置に丸をつけた。


 「三久。次はお前のシュートで切り崩す」


 三久の表情が一気に引き締まった。エースとしての出番が来たのだ。


「三久。お前の本領発揮は4ピリオドまで我慢しろ。だけどオフェンスの開始は、三久のレイアップだ。」


 「レイアップ……?」


 三久が首を傾げる。


 「作戦というより、開始一本目を誰が決めて流れを掴むかだ。まず、五月がトップのかずみのマークマンにスクリーンをかける。その間に、二乃と四季はディフェンスを広げるようにコーナーへ移動」


 亮多は画面上に選手の動きを示す矢印を書き込む。


「三久は右ウイングでステイ、かずみは左ドライブをしてボールラインを上げるかずみに合わせて四季と二乃はコーナーからトップに走る。四季はトップに向かうときに三久のマークマンにスクリーンをかける」


 三久が目を見開き、一瞬でイメージを掴んだ。


(右サイドを完全にフリーにする。これなら最低限の動きでゴール下まで行ける!)


 「ここで三久は右サイドからカットイン。それに合わせてかずみは三久にパスをする。シュート方法は三久に任せる」


 「はい!」


 三久は力強く答えた。


 亮多は最後に付け加えた。


「このオフェンスは、相手に『誰でも打てる』という恐怖心を植え付けることにある。三久が攻め始めたら、相手はディフェンスの軸を完全に失うぞ」


 ピッーーーー!


 タイムアウト終了のホイッスルが鳴り響いた。



 ターンオーバーで攻撃権を得た鶴賀中は、落ち着いてボールを運び始めた。


 鶴賀中の五人は、タイムアウトで集中力を高め、コートに戻った。本屋戸中のディフェンスは姿勢を低くして待ち構えている。



 かずみがボールを運び、トップの位置でボールをキープ。


 最初は五月がトップに上がり、かずみのマークマン(4番)にスクリーンをセット。


 かずみは五月のスクリーンを利用し、大きく左へドライブし、ボールライン(ボールの位置)を上げた。


 同時に、二乃と四季は指示通りコーナーへ下がり、ディフェンスを広げる。三久は右ウイングでステイ。


 本屋戸中のディフェンスは、かずみのドライブに対応するため中央へ寄るが、そこで動きが加速した。


 かずみのドライブに合わせて、二乃と四季がコーナーからトップへ走る。四季はトップへ向かう途中で、右ウイングにステイしていた三久のマークマン(7番)に、背後からスクリーンをセットした。


 ガツン!


 7番は四季の不意打ちのスクリーンに動きを止められた。


 この一瞬の隙を見逃さず、三久は右サイドを完全にフリーにして、一気にベースライン沿いをカットイン。


 左へドライブしていたかずみは、ゴール下へフリーで走り込んだ三久へ、絶妙なタイミングでパスを通した。


 三久は、誰にも邪魔されない完全にオープンな状態でボールを受け取る。


 そのまま、レイアップシュートで得点を決めた。


 スコア:鶴賀中 7 - 2 本屋戸中


 三久が多重スクリーンからのノーマークレイアップで得点を決めたという事実に、本屋戸中は戦術的な混乱に陥った。相手は「三久はドライブ」に対応しようと準備していたが、「三久を起点としたオフボールの動き」までは警戒できていなかった。


 鶴賀中のディフェンスは、再びかずみのディナイと二線(二乃、四季、五月)のパスコースへの徹底的な張り付きで、本屋戸中のPG(4番)を苦しめる。


 本屋戸中のPG(4番)は、プレッシャーに耐えながら、自分のマークマンであるかずみの上を通過する、高い位置からのパスで、左ウイングのSG(6番)にボールを渡した。


 6番がボールを受けた瞬間、右コーナーにいたSF(7番)をフリーにするため、ハイポスト付近にいたPF(8番)が駆け寄りスクリーンをセットした。


 ガツン!


 8番の固いスクリーンに、7番を右コーナーでマークしていた三久が一瞬遅れた。その隙を逃さず、7番は8番のスクリーンを利用し、右コーナーからトップ方向へ大きくステップし、完全にフリーでスリーポイントラインの外側へ逃げた。


 亮多の短く、強い指示が飛ぶ。三久は即座に自分のマークマン(7番)を追いかけるのをやめ、スクリーンをセットした8番の動きを止めようと体勢を切り替えた。


 「スイッチ!」


 亮多の短く、強い指示が飛ぶ。三久は即座に自分のマークマン(7番)を追いかけるのをやめ、スクリーンをセットした8番の動きを止めようと体勢を切り替えた。


 しかし、鶴賀中がマークを外している間に、SG(6番)から7番へ正確なパスが渡った。


 (まずい、四季が遅れた!)


 四季は7番へのマークに慌てて切り替えるが、二歩も遅れた。7番は躊躇なく、オープンな状態でスリーポイントを放った。


 ザシュッ!


 今度もリングに嫌われることなく、ボールはネットを揺らした。


 スコア:鶴賀中 7 - 5 本屋戸中



(三久のフィジカルとスタミナは、最終ピリオドまで温存する必要がある。ここで安易にスクリーンを使われ、走らされるのは避けたい)


 鶴賀中の攻撃。今度は、五月がハイポスト、四季が左ウイングという布陣。


 三久のマークマン(7番)は、先ほどのオフボールの動きと、三久の得点能力全てを警戒し、目を離さない。


 三久は、ボールを要求せずに動いた。


 「走れ!」


 亮多が三久に目配せをする。


 三久は、ハイポストにいる五月の後ろを通り過ぎるように、ベースライン沿いに一気に走り込み、左ローポストへ移動した。バックドアカットだ。


 マークマン(7番)は、パスを防ごうと五月を警戒したため、三久へのマークが一瞬緩んだ。


 その隙。


 五月は、マークマンを引きつけたまま、背後の三久へパスを通した。


 三久はディフェンスを振り切り、ゴール下でボールを受け取る。


 「三久!」


 そのままレイアップシュートを放つが、本屋戸中のC(5番)が懸命にヘルプに来る。


 三久はシュートフェイクを入れると同時に、逆サイドでフリーになった四季へ、軽くボールを押し出すようにパスを出した。


 「四季!」


 ボールを受けた四季は、落ち着いてジャンプシュートを決め、得点。


 スコア:鶴賀中 9 - 5 本屋戸中



(よし。三久が攻め急がず、ディフェンスを引きつけてパスを出すという判断ができた。これで、三久は「エースストライカー」だけでなく、「ゲームメイカー」としても相手ディフェンスを惑わすことができた)


 亮多は、静かに拳を握った。エースの「本領」をまだ見せないまま、試合は確実に鶴賀中優位で進んでいる。


 鶴賀中の布陣は静かに形作られていた。五月が右ハイポストでボールを受ける構え、四季が右コーナーで広くディフェンスを引きつけ、三久は右ウイング、二乃は左ウイングに立つ。


 ポイントガードのかずみからハイポストでボールを受けた五月が、そのまま右ハイポストでボールを保持した。


 五月がボールを持ったそのタイミングで、プレーが始まった。


 右コーナーの四季が、三久のマークマン(7番)に向かって鋭く走り出し、スクリーンをかける。


 三久のマークマン(7番)は四季のスクリーンに阻まれ、三久から目を離した。


 三久は、この隙を逃さず、ベースライン沿いを一気に横切り、ディフェンスの裏を突いて左コーナーへカットイン。三久のこの動きは、ボールを要求しない囮の動きとして、二乃のマークマン(6番)の注意を強く引きつけた。


 左コーナーに到達した三久は、止まることなく、そのまま左ウイングにいた二乃のマークマン(6番)に強烈なスクリーンをセットした。


 「ガッ!」という鈍い音。本屋戸中のディフェンスは、三久のカットと四季のスクリーン、そして最終的な三久のブロックという三段階の動きに完全にローテーションが崩壊した。二乃のマークマン(6番)は三久にブロックされ、二乃を追いかけることができない。


 二乃は三久のスクリーンを利用し、左ウイングから左コーナー(ゼロ度)へ移動。


 左コーナー(ゼロ度)で完全にフリーになった二乃へ、ハイポストの五月からパスが届く。


 「ナイスパス!」


 ボールを受けた二乃は、迷いなく、ゼロ度のスリーポイントシュートを放った。


 ザシュッ!


 ネットが揺れる音が静かに響き渡る。三久がオフェンスの囮と二重のスクリナーとなり、二乃がこの試合二本目となるシュートを決めるという、完璧な連携だった。


 スコア:鶴賀中 12 - 5 本屋戸中

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