2ピリオド~舞台④~

 Aコートの試合は、ついに最終の4ピリオドに入った。


 五人の顔には、はっきりと緊張の色が浮かんでいた。中学生になって、全員が初の試合。ユニフォームの真新しい感触と、体育館の熱気。すべてが彼女たちの鼓動を早めていた。


 亮多は、その緊張が単なる「初めての試合」だけから来ているわけではないことを知っている。  特に、三久にとってこの試合は、「部活の継続」を認められるかどうかの瀬戸際だ。その重圧が、彼女たちの肩にのしかかっている。


 「深呼吸」


 亮多は誰にともなく、小さく、しかしはっきりとした声で言った。  その声に、五人は一斉に息を吐き、静かに視線を亮多に向けた。


「試合は、もうすぐ始まる。自分たちがやってきたことを信じろ。そして、隣にいる仲間を信じろ」


 ブーーーー。


 試合終了の合図だ。Aコートにいた選手たちが挨拶を交わして去っていく。 三久たちは、入れ替わるように素早くコートに入り、エンドラインに並んで一礼した。


「「「「「お願いします」」」」」


 体育館の空気が一変する。


 ボールを持った三久、かずみ、四季。ボールを持たない二乃と五月。  三久はボールを胸の前でしっかり掴み、円陣の中心に立つ。


「ワンツーパスのレイアップから始める!」


 三久の大きい声が、熱気の残る体育館に響き渡った。


 (相手チームより先に練習を始めるだけでなく、大きい声によって流れを掴んでいる)


 亮多は、三久の行動に感心した。エースとしての技術だけでなく、チームの空気を動かすキャプテンシーを発揮している。緊張の中で、彼女が冷静に状況を判断している証拠だ。


 アップが終わり、両チームベンチへ戻った。


「緊張してるか?」


 亮多は一言投げかけた。


「今更しないわよ」


 三久が堂々と言った。その言葉に三久以外も頷いた。


「よし。俺から言えることは一つ。前半は四季を中心に攻めろ。後半はまた指示を出す」


「「「「「はい!」」」」」


 * * *


「これから白、本屋戸中対青、鶴賀中の試合を始めます。礼!」


「「「「「「「「「「お願いします!」」」」」」」」」」


 ジャンプボールに入る五月。本屋戸中の選手は五月と同じくらいの身長だ。


 ピッ!


 ボールが高く上がり、五月と相手選手がボールをタップする。


 ボールが落ちたところには本屋戸中の選手がいた。


 相手チーム、本屋戸中がボールを運び始める。


「三久!マーク!」


 亮多の声がベンチから響く。


 すかさず、三久がボールを持つ相手ガードにプレッシャーをかける。トップスピードに乗せようとするドリブルに、三久は一歩も引かない。


(まずい、止められる!)


 本屋戸中のガードは、三久の凄まじいプレッシャーに一瞬焦り、強引に右サイドのウイングへパスを出した。


 だが、そのパスコースは、上星かずみの守備範囲だった。


「もらう」


 かずみが素早い反応でパスをカット。ボールを奪ったかずみは、そのままドリブルをせず、近くにいる三久にパスをした。


 鶴賀中のオフェンスが始まる。


 三久は、バックコートのスリーポイントラインでボールを受け取ると、すぐにドリブルをしなかった。二乃と五月、四季がすぐにフロントコートへ戻るための待ちだった。四季がフロントコートに入ったことを確認した三久はドリブルでフロントコートに移動した。


 三久はトップでボールをキープしていると、ディフェンスがプレッシャーをかけてきた。


(くっ!抜けない……。悔しいけど、今は私のターンじゃない)


 四季が右エルボーに入ったのを確認した三久は四季にバウンスパスをした。


「四季!」


 ボールを受け取った四季は、ペイントエリア内に入るためにパワードリブルで一対一を仕掛けた。

 四季はディフェンスをパワードリブルで押しているが、相手もフィジカルで対抗し、びくともしない。

 ディフェンスも四季のドリブルを抑えるだけで特にボールのカットはしなかった。


 四季はドリブルをしながら、ディフェンスの動きを見て、一瞬のタメもなく左ウイングにいる二乃に、胸元へ片手で鋭いパスを突き刺した。


「二乃ちゃん!」


 完璧なタイミングでパスを受けた二乃は、スリーポイントラインの外側から、ボールを放つ。


 美しい放物線を描いたボールは、リングに吸い込まれるように入った。


 ザシュッ!


「ナイシュー!二乃ちゃん!」


「四季、ナイパス!」


 試合開始からわずか十数秒。鶴賀中が先制点を奪った。亮多の指示通り、四季を起点とした鮮やかな連係プレイだった。


(よし。完璧な滑り出しだ)


 亮多の指示は、四季の持つ「パスの技術とコートビジョン」を最大限に生かし、相手に攻撃の起点を特定させないための、完璧な立ち上がりだった。


 本屋戸中のベンチは、予想外の展開にざわめき始める。


 「ドンマイ!一本返そう!」


 本屋戸中の選手が声を出し、気を取り直してボールを運び始めた。


 スコア:鶴賀中 3 - 0 本屋戸中

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