2ピリオド~舞台②~
南体育館についた亮多たちは、開場五分前に着いていた。
「金沢先生。試合の対戦表ってありましたっけ?」
亮多は今日の試合の時間の確認をするべく対戦表を金沢先生に確認をした。
「ないですよ。当日発表です。出場校も伏せられていました」
金沢先生は悪びれる様子もなく、朗らかに答えた。
「え?前に見せてもらったあの紙一枚が試合概要なんですか?」
「そうですよね」
金沢先生はコテンと首を傾げて返答をした。その仕草に、一同の顔が一瞬で凍りつく。
五月は口を開くこともできず、三久は冷たい視線をジッと先生に突き刺す。二乃はウェーブのかかった前髪をかきあげて「まじ…」と小さく呟き、かずみはただ無表情で先生を見つめた。四季だけは、その重い沈黙に不安そうに俯く。
亮多は額を押さえた。
「え、あれ?当日に発表っていうサプライズとかじゃないんですか?」
金沢先生が、一同の白い目に耐えかねて、少し早口で言い訳をする。
「え?え?」
* * *
開場時間となり、南体育館に入った亮多たちは、体育館の匂いを感じた。
汗、ホコリ、木材、そして熱気。
「うわ……。なんか足が震えてきた」
二乃が放った一言で連鎖的に緊張が走った。
「お前たちの試合は二試合目で最初の相手は隣の区の学校だ。アップはまだ早いから少し試合を観てようか」
「「「「「はい!」」」」」
コートサイドに沿って、亮多たちは観客席の一段上がった場所まで移動した。
「すごい人……」
五月が思わずつぶやく。週末の地区大会。地方の体育館とはいえ、熱気は天井にこもっていた。
「アップはまだしなくていいの?」
三久が冷たい視線を向けたまま尋ねる。
「本来だったらハーフタイムで5分間の練習時間があるが、今回はない。だから、1ピリオドは試合観戦して、2ピリオドから準備をする」
亮多はそう言って、前方に広がるコートに視線を向けた。
コート上では、すでに第一試合が始まっていた。白と、鮮やかな緑のユニフォーム。ボールが弾むたびに、体育館全体が揺れるような轟音が響く。
「あの白のユニフォームが市大会に行ったことのある学校だそうです」
金沢先生が、パンフレットを慌てて開きながら解説した。
「はっや……」
二乃が、思わず感嘆の声を漏らした。白の選手が仕掛けたドライブインは、一瞬の加速でディフェンスを置き去りにし、軽々とレイアップを成功させる。そのスピードと、迷いのない動きは、普段の練習試合とはレベルが違っていた。
五月は無言で、その白の選手の動きを追っていた。
(今の……。体幹が、全くぶれていない)
彼女の目は、ただ速さに驚いているわけではない。その動きの「質」を分析するように、真剣に食い入っていた。
一方、かずみは、コート全体ではなく、一点を見つめていた。白のチームのポイントガード。ボールを触っている時間こそ長いが、自分から派手なプレーは仕掛けず、常にチームメイトのポジションと、相手のディフェンスを把握している。
「……ずるい」
かずみが、小さく、誰にも聞こえない声で呟いた。そのポイントガードが放つパスは、全てチームメイトの走り込みの完璧なタイミングに合わせていた。まるで、自分が得点する以上に、パスによって得点することが彼女の喜びであるかのように。
三久はただ、無表情でコートを見ていたが、その指先が、ジャージの裾をわずかに握りしめていた。その緊張は、隣に立つ四季にも伝染する。
四季は、両手のジャージをぎゅっと掴んで、下を向いていた。
(速い、怖い……あんなところで、私……)
彼女の心臓は、コートの熱狂に反するように、冷たい氷で包まれているようだった。
亮多は、そんな五人の様子を一瞥してから、コートに目を戻した。
「いいか、目を逸らすな」
低く、しかし熱を帯びた声が、五人の耳に届く。
「あそこにいるのは、お前たちの未来の対戦相手だ。そして、お前たちを打ち負かそうと、必死に練習してきたライバルだ」
彼は、一呼吸置いた。
「緊張しているのは、お前たちだけじゃない。コートのあいつらだって同じだ。ただ、乗り越えられるかがお前たちの勝敗を決める」
亮多は、特に俯いている四季に聞こえるように、はっきりと続けた。
「あの熱気も、あの轟音も、全てお前たちの味方だ。相手より先に全部、飲み込んでしまえ」
その言葉に、五月が最初に顔を上げた。三久の目にも、再び強い光が宿る。二乃は震える足に力を込め、かずみは初めて深く息を吐いた。そして四季は、小さく顔を上げ、コートの一端に視線を向けた。
1ピリオドの時計は、残り二分を示している。
亮多は静かに五人に告げた。
「1ピリオドが終わったら、アップだ。勝つぞ!」
「「「「「はい!」」」」」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます