2ピリオド ~準備⑯~

佐倉さんの初練習が終わり、部員たちは着替えのため更衣室に消えていく。亮多は一人、静寂に包まれた体育館のど真ん中で、今日の練習ノートを広げていた。


(とりあえず、佐倉さんを歓迎してくれてよかった。これで、月末の試合に間に合う……はず)


安堵したその時、体育館の扉が勢いよく開き、金沢先生が息を切らしてやってきた。


「中谷さん!試合の予定が届きましたよ!」


そう言って、金沢先生は一枚の紙を亮多に手渡した。


「ありがとうございます。何試合ありますか?」


「えーと、二試合ですね。一日で終わりますね」


亮多は紙に目を落とし、心臓がドクリと鳴る。そこに書かれていたのは、二週間後に迫った市主催の大会の日程だった。


「亮多さん、どうしたの?」


更衣室から戻ってきた三久が、亮多の様子を不審に思い尋ねた。他の部員たちも、その張り詰めた空気に気づき、亮多の周りに集まってくる。


亮多は一度、紙を強く握りしめ、みんなの顔をゆっくりと見渡した。


「みんな、二週間後の土曜日に、三久が言っていた大会の情報が届いた。一日で、二試合だ」


その言葉に、五月の顔が引き締まる。二乃とかずみは不安そうに顔を見合わせたが、三久は静かに目を閉じ、何かを心の中で反芻しているようだった。


亮多は正直な気持ちをぶつけた。


「不安になったり、怖くなったりすることもあるだろう。けど、俺たちはもう一人じゃない。この二週間で、得点だけじゃない、チームとしての強さを証明する。佐倉が加わった、新しいバスケ部の力、俺たちがどれだけやれるか、見せてやろうじゃないか」


亮多の言葉に、三久が静かに目を開けた。


「りょうたさん…うん。私たちなら、きっとできる」


かずみの言葉に、二乃も、五月も、三久も、そして佐倉も、強く頷いた。


佐倉は前のバスケ部の者たちを見返すため、そして何より、自分たちのバスケを証明するために。三久はクラブチームではなくバスケ部でやることに意味があると証明するために。二週間後、彼女たちは、新しいバスケ部として、最初の戦いに挑むことになる。


翌日から、バスケ部の練習メニューは一変した。亮多は大会までの二週間を「チームを磨く二週間」と名付け、実戦形式の練習を本格的に導入した。


「まず、フォーメーションの確認だ。佐倉、お前はフリースローラインを起点に、パスの中継役としてチームを動かしてほしい。お前が真ん中にいることで、チーム全体の視野が広がる。二乃と三久、お前たちは得点源だ。佐倉のパスを信じて、どんどんシュートを狙ってくれ」


佐倉はお腹の底がむずむずするくらい緊張しながら頷き、三久は静かに亮多の言葉に耳を傾けていた。得点にこだわる彼女が、チームプレーをどう受け入れるか、亮多は注意深く観察していた。


練習が始まると、亮多の思惑通り、佐倉のパスがまるで魔法のようにチームの動きをスムーズにしていく。五月と三久は、そのパスに吸い寄せられるかのように次々とシュートを決めていく。二乃とかずみは、外からシュートやパスで佐倉を支え、パスの選択肢を増やした。


そして、亮多はニヤリと笑って、みんなを2チームに分け始めた。これから何が始まるのか、誰もがゴクリと息を飲んだ――。


チーム編成は、かずみ、佐倉、亮多チームと、三久、二乃、五月チームで行う。


オフェンスは三久チームから。トップに二乃が立ち、マークに佐倉がついている。二乃から見て右サイドに三久、左サイドに五月がポジションに着いた。


「6分間のオールコートだ。三人で戦うからペース配分に気をつけろ。佐倉、いつでも始めていいぞ」


「はい!」


佐倉は二乃にボールを渡した瞬間、試合の火蓋が切って落とされた。二乃は佐倉の不意を突くように左にフェイントを入れ、右にドライブ。右サイドのかずみが佐倉のカバーに入った。


(このまま右にいても二乃の邪魔になる。なら――)


三久は右サイドから二乃の後ろへ走りこむ。


(三久は正面から打つつもりね)


二乃は三久の意図を読み取り、カバーに入ったかずみから三久の視線を外すようにゴールの正面へ進路を変え、そのまま後ろへノールックパス!


三久はフリースローラインのエルボーからジャンプシュートを放ち、鮮やかに得点を決めた。


「よし!」


三久の小さなガッツポーズ。


「ナイス三久(ちゃん)!」


チームメイトからの激励が飛ぶ。


対するかずみチームは……。


「ごめん。かずみさん」


「問題ない、しき。オフェンスで見せて」


立て直そうと、ボールを拾い、オフェンスへ。亮多はエンドラインから、かずみにボールを渡し、四季は右のウイングで待機している。


四季が右エルボーに二乃を背にしてポジションをとり、かずみからのパスを待つ。


「かずみさん!」


四季がパスコールをしたが、かずみのマークである三久がそれを許さない。


「ん!」


かずみはパスコースを塞がれ、動けずドリブルをしていた。


亮多は、コーナーからウイングに上がり、かずみからパスをもらう。


「佐倉!」


亮多はかずみからボールをもらい、ワンタッチで佐倉のいるエルボーにボールをつないだ。


「しき!こっち」


亮多にパスを出したかずみは、亮多とは反対の右ウイングに走りこんでいた。


「かずみさん!お願い!」


亮多からパスを受け取った佐倉は亮多と同じようにワンタッチのバウンスパスでかずみにパスをした。


「ん!」


かずみのレイアップシュートで同点。


お互いの攻防が続く中、残り1分。


二乃はトップでボールをキープしている。五月はコーナーからショートコーナーにポジションを取った。


「二乃ちゃん!こっち!」


五月のポジション取りに気が付いた二乃はパスをするため、佐倉のマークを切るべく、クロスオーバーで揺さぶり、五月がいない逆サイドにドライブをするフェイントを仕掛けた。


「っ!」


「五月!」


佐倉を振り切った二乃は五月にチェストパスを繰り出す。


「私が点を決める!」


亮多を押し込みながらパワードリブルをする五月。


「いいドリブルじゃないか。五月」


「あ、ありがとうございます!」


ある程度押し込み、ゴール下に来た五月はそのままジャンプシュートを打った。

が、亮多がそれを許さない。


「かずみ!走れ!」


シュートカットし、そのままボールを取った亮多は左ウイングにいたかずみを走らせた。


かずみはボールを受け取りドリブルでゴールへ向かうが、マークの三久が並走していた。


(このままだと、シュートは無理)


かずみは並走している三久を振り切れないと考えると、フリースローラインにボールを投げた。そこに飛び込んだのは、佐倉だった。


「ボールを渡さない!」


佐倉のマークである二乃がボールをカットしようと、宙に浮いているボールを狙った。


佐倉は逆サイドを走っている亮多を見たとき、宙に浮いているボールを叩いた。


「亮多さん!」


叩いたボールを拾った亮多は五月を置いてノーマークでレイアップをした。


残り20秒。


ラストワンプレーになった三久チームは五月のスローインから始まり、速攻を仕掛けた。


「三久!こっちにちょうだい」


「無理。パスコースがない」


右のウイングにいる三久はドライブをかずみに封じられ、佐倉によるディナイで二乃のパスコースを遮っている。


「二乃ちゃん!」


五月は左ウイングに二乃を誘導するようにスクリーンをかけた。亮多は五月の意図と二乃の次の動きが読めていたがあえて、先回りしなかった。


「二乃!スリー!」


三久は五月と二乃の動きを読んで左ウイングのスリーポイントラインを狙ってパスを出した。


「ナイスパス。三久」


フリーでスリーポイントを打つ二乃だが、まだあきらめていない佐倉がカットをしようと走る。


シュートモーションに入っている二乃に追いつくこともなく、二乃はシュートを決め、紅白戦は終了した。

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