2ピリオド ~準備⑬~
練習が終わり、戸締りをした亮多は、今日も陰から練習を見ていた少女がいることに気が付いた。
「今日も見に来たのか。佐倉さん」
「はい。ですが、それも今日で終わりです。私もバスケ部に入部します」
唐突な佐倉さんからの宣言に驚いてた。
亮多は一瞬、言葉を失った。佐倉さんはいつも練習の隅で、まるで透明な存在のようにじっと選手たちを見ていた。話しかけても、返ってくるのは小さな挨拶だけ。バスケに興味があるのはわかっていたが、まさか入部を希望するとは。
「……本気か?」
亮多が問いかけると、佐倉さんは真っ直ぐに亮多の目を見つめ、力強く頷いた。
「はい。私も、みんなと一緒にバスケがしたいです。……あの、亮多さんが教えているバスケが、したいです」
その言葉に、亮多は佐倉さんの真剣な思いを感じ取った。しかし、亮多には一つ、どうしても確認しなければならないことがあった。
「どうしてなんだ?今まで、ずっと入部しなかったのは……」
佐倉さんは少し俯き、静かに話し始めた。
「私は、転校生で一年生の時は隣の県のバスケ部に所属していました。その時のバスケ部は得点が取れない選手には居場所がありませんでした。私は、オフェンスが苦手だったので、応援や雑用ばかりで……」
彼女の声は、過去の辛い記憶をたどるように少し震えていた。
「だから、バスケは好きだけど、自分がコートに立つのが怖くなってしまったんです。もう、誰も私のことを見てくれないんじゃないかって……」
亮多は言葉を失った。佐倉さんが抱えていた心の傷は、彼が想像していたよりもずっと深いものだった。
「なので、バスケ部が強くないところでやっていこうと思っていたんですけど、羽沢さんが部員一斉退部させたのを見て転校前のバスケ部と変わらないのかなと思って入部ができませんでした」
「今のバスケ部はチームプレーとはなにか。そして、得点を取るプレーとはなにかを分けて考えているので、もしかしたらと……」
佐倉さんの声は、少しずつ力を取り戻していった。
「私、見返したいです。前の学校の人たちを。得点だけがすべてではないいことを!」
悲痛の叫びをあげた佐倉さんは肩で息をしながら叫んでいた。
亮多は佐倉さんの言葉に、胸が熱くなるのを感じた。得点だけがすべてではない。その信念は、亮多自身のバスケ観と深く重なっていた。彼女が抱えてきた苦しみと、それに打ち勝とうとする勇気。そのすべてが、彼の心に響いた。
「話してくれてありがとう。佐倉さん。君で五人目だ」
亮多は確信していた。佐倉さんの能力は、得点を決める選手ではない別にある。
「へ?五人目って。私結構虫のいい話をしていると思うんですが……」
「もちろん理由はある。何度も練習を見に来て練習を見ていただろ。月末に大事な試合があるから練習を理解している子が入ってきてくれるのはありがたい。後は、五人じゃないと試合ができないからな」
「あ、ありがとうございます!」
「明後日の練習から参加してくれ」
「わかりました。精一杯頑張ります!」
佐倉さんは笑顔で帰宅した。
「一番の問題がこうも簡単に解決するとは……。もう少し手こずると思ったが」
亮多は独り言を呟き、安堵の息を漏らした。バスケ部の存続、そしてチームとしての再生。そのために必要な最後のピースが、こんなにもあっさりと埋まるとは予想外だった。
「さて、どうやって四人に説明するか……」
亮多の帰り道は少し長く感じた。
次の日の朝、いつも通り起きた亮多は大学へ向かった。
二限と三限のみである。スマホを見ると休講のお知らせが来ていた。
確認をすると二限が休講になったようだ。
「暇だから学生ラウンジで時間をつぶすか」
亮多は学生ラウンジの机で寝ようとしていたが、先客がいた。
「美緒!おはよう」
「おはよう。亮多君」
大学で唯一といっていい友達。美緒は亮多の向かいの席に座り、コーヒーを一口飲んだ。
「珍しいね、こんな時間に亮多君が学生ラウンジにいるなんて」
「二限が休講になってさ」
亮多はそう言って、美緒にスマホの画面を見せた。
「じゃあ今暇なんだ!これからお昼を食べに行こ!」
美緒は身を乗り出して亮多に提案した。
「そうだな。たまには外に出てリフレッシュでもするか」
そうして亮多と美緒は授業まで時間をつぶすことにした。
「で、学食に行くのか?」
「違うよ!時間もあることだし、外でお昼を食べるよ!」
大学の最寄り駅には外食ができるところが少ないため、電車で移動することになった。
亮多と美緒はチェーン店のお店に入った。時間も11時でお昼をずらして入ることができた。
「美緒は何を頼む?」
「私はクリームパスタとサラダにするよ」
「了解、じゃあ注文票に書いて注文するね」
亮多はハンバーグステーキとライスで、美緒はクリームパスタとサラダ、ドリンクバーを二人が注文した。
「亮多君、この後何して遊ぼうか?」
「いや、遊ぶって、三限の授業があるだろ。ちゃんと出ないと」
亮多の言葉に、美緒は頬を膨らませた。
「えー、つまんない。せっかく二限が休講になったのに。亮多君、たまには息抜きしなよ」
「……そうだな、息抜きも必要か」
亮多はそう言って、笑った。美緒はそんな亮多の様子を見て、少し真剣な顔になった。
「亮多君、なんか最近、すごく楽しそうだね。顔が全然違う」
「そうか?」
「うん。なんかね、バスケの話をしてる時の亮多君みたい。キラキラしてる」
美緒の言葉に、亮多は少し照れくさそうに笑った。
「そうかな。まあ、なんというか、最近は自分のやっていることに、少し自信が持てたからかな」
「へえ。どうして?」
美緒の問いかけに、亮多は昨日の佐倉さんとの出来事を話そうとして、言葉を飲み込んだ。彼女は亮多がバスケ部のコーチをしていることを知らない。部員が退部したことも。
「……俺のやってることが、誰かの役に立ってるって、初めて実感したんだ」
亮多は具体的な話ではなく、抽象的な表現を選んだ。
「へえ。それは良かったね。でも、亮多君は前から、すごく人のことを考えている人だったよ」
美緒の言葉に、亮多は少し驚いた。何も言わなくても、彼の変化を感じ取っていたのだ。
「……ありがとう、美緒」
「どういたしまして。でもさ、そんなに夢中になれること、私も見つけたいな」
美緒はそう言って、ドリンクバーでコーラを注いでいる。亮多は彼女の言葉に、心の中で強く頷いた。彼が今、このチームで感じているのは、まさしく「夢中」という感情だった。
「よし、授業までまだ時間があるし、一回大学に戻るか」
亮多は美緒にそう告げた。彼女は少し不満そうな顔をしたが、すぐに笑顔で頷いた。
「わかった。また、お昼食べに行こうね」
「ああ、もちろん」
亮多は店を出て、電車に乗るため駅に向かった。彼の頭の中は、次の練習のこと、そして佐倉さんという新しい仲間をどうチームに迎え入れるかでいっぱいだった。この「チーム」を、最高の場所にしたい。亮多は心の中で、強くそう願っていた。
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