2ピリオド ~準備⑫~
テスト週間が明け、久しぶりの練習日。亮多は、選手たちがどれだけ今日の練習を楽しみにしているか、その期待をひしひしと感じていた。
「よし、みんな集まってくれ!」
亮多の声が体育館に響き渡る。選手たちはすぐに亮多の前に集まり、その表情からは練習への渇望と、どこか緊張した面持ちがうかがえた。
「テスト週間はどうだった?ちゃんとバスケのこと、考えてたか?」
亮多は少し意地悪な笑みを浮かべながら尋ねた。
「イメージトレーニング、ばっちりです!」
「私は、家でずっとドリブルの真似してました!」
三久と二乃が元気よく答える。五月とかずみは、照れくさそうに笑いながら頷いた。
「よし、いい顔してるな。じゃあ、今日はテスト週間の成果を見せてもらおうか。練習メニューは、前回の復習から始める」
そう言って亮多はホワイトボードにメニューを書き出した。
まず最初のメニューは、前回時間をかけて練習したレイアップシュートだ。
「さあ、みんな、テスト前にやったことを思い出せ。ただボールを運んでシュートするんじゃない。一番高く跳ぶためのステップを意識しろ。そして、そのステップを、体が勝手に覚えてるくらい反復して練習するぞ!」
亮多の指示で、選手たちはそれぞれの位置についた。
ドリブル、ステップ、ジャンプ、シュート。全員が前回の練習で学んだ体の使い方を真剣に再現しようとする。
「五月!2歩目のステップが少し広すぎる!もっと歩幅を狭くして、上に跳ぶ準備をしろ!」
「かずみ、いいぞ!そのステップだ!そのまま高く跳べ!」
亮多の的確なアドバイスが飛ぶ。
(すごい……。一人ひとりのフォームをこんなに細かく見てるんだ……)
三久は感心しながら、自分の番を待っていた。そして、いざ三久がレイアップを打つ番になると、彼女は前回の練習で亮多が見せた、まるで空中に浮いているかのような美しいレイアップをイメージした。
大きく1歩目のステップを踏み、体を低くする。2歩目は歩幅を狭くして、膝を軽く曲げる。そして、リングに向かって一気にジャンプ。
「よし、いいぞ三久!その調子だ!」
亮多の声に背中を押され、ボールは美しい放物線を描いてリングに吸い込まれた。
レイアップの練習を終え、次はクイックシュートの練習に移った。
「さあ、クイックシュートだ。これもテスト前にやったな。思い出すんだ。相手の常識を逆手に取るって、どういうことか」
亮多はそう言って、選手たちに二人一組になってマッチアップするよう指示した。
「ボールをもらうと同時に膝を曲げて、そのままジャンプしろ。ただし、わかりやすく膝を曲げるなよ」
二乃と五月がペアになって練習を始める。
二乃は五月にボールをパスする。五月はボールを受け取ると同時に、すっと膝を曲げ、ほとんど間髪入れずにジャンプシュートを打った。五月は身長があるため、このクイックシュートは有効な武器になるだろう。
「今のいいな、五月。まさにディフェンスの予期せぬタイミングだ」
亮多は五月のシュートを褒めた。五月は少し照れくさそうに笑った。
次に二乃がクイックシュートを打つ番になった。二乃は前回、亮多の言葉を真剣に聞いていたことを思い出した。
(膝を曲げる動作を一つなくす……。わかりやすく膝を曲げるのはダメ……)
二乃は、パスを受け取った瞬間の体の動きに意識を集中させる。そして、五月からパスが飛んできた。
パスを受け取った瞬間、二乃は腰を少し落とし、膝を柔らかく使ってそのままジャンプ。五月がブロックに飛ぶよりも一瞬早く、ボールは二乃の手から離れた。
「ナイスシュート、二乃!完璧だ!」
亮多は心底嬉しそうに二乃のシュートを称えた。
「今の、五月はブロックに行けなかっただろ?」
「はい。構えていたのに、いつシュートを打ったのか分からなかったです」
五月は悔しそうに答えた。
「それがクイックシュートの真髄だ。テスト前にやった練習の成果が出てるじゃないか。お前たちのバスケに対する熱意が、俺にはよくわかったよ」
亮多は満足そうに微笑んだ。
次の練習は本来テスト週間前に行うはずの練習で、パス&ランだ。
これは、パスを出した選手が、その場で立ち止まるのではなく、すぐに空いたスペースへ走り込み、パスをもらい直すことで、ディフェンスを撹乱するプレーだ。
「パスを出した選手は、すぐに動け!パスを出して満足するな!そして、パスをもらった選手は、味方がどこに走っているか、常に目で確認しろ!」
亮多の指示が飛ぶ。
「三久、パスを出したらすぐにゴールに向かって走れ!五月、三久が走ってるの見えてるか?ちゃんと三久にパスを返すんだ!」
最初はぎこちなかったが、何度も反復練習を繰り返すうちに、選手たちの動きは滑らかになっていった。パスを出した三久が素早くゴール下へ走り込み、五月からの正確なリターンパスを受けてレイアップシュートを決める。
「ナイスパス!ナイスシュート!その調子だ!」
亮多の声に、選手たちの顔には達成感が浮かんでいた。
パス&ランの練習を終え、次はスクリーン・アンド・ロールの練習に移った。
これは、ボールを持っていない選手が、味方選手に付いているディフェンスの進路を妨害(スクリーン)し、その間にボールを持った選手がフリーになってシュートやパスを出すプレーだ。スクリーンをかけた選手は、そのままゴール下へ移動(ロール)し、パスをもらうチャンスを伺う。
「スクリーンをかけるときは、ただ立ち止まるんじゃない。ディフェンスの邪魔になるように、しっかり体を張れ!そして、スクリーンをかけ終わったら、すぐにゴール下に向かってロールしろ!」
亮多は、まず五月と二乃に手本を見せた。
五月がトップでドリブルをしていると、二乃は五月に付いているディフェンス役のかずみの後ろに立ち、進路を妨害する。その間に五月はフリーになり、シュート体勢へ。そして、二乃は素早くゴール下へ移動し、五月はシュートフェイクから二乃へパスをする。
「五月、二乃、いいぞ!今の完璧だ!」
今度は、三久と二乃がペアになって練習を始める。
三久がボールを持ってドリブルを始めると、二乃は三久に付いているディフェンス役の五月に近づき、体を張ってスクリーンをかける。五月は二乃のスクリーンに阻まれ、三久を追うことができない。その間に三久はジャンプシュートを放った。
しかし、三久のシュートは惜しくも外れた。
「今のシュート、焦りすぎだ。スクリーンが効いてるんだから、もっと落ち着いてシュートを打てばいい」
亮多は三久にアドバイスを送る。
「ごめん……」
「謝るな。いいか、スクリーンをかけてくれた味方の努力を無駄にするな。スクリーン・アンド・ロールは、二人の信頼関係があってこそ成立するプレーなんだ」
亮多の言葉に、三久は静かに頷いた。
今日の練習は、チームプレーの基礎を学ぶことに費やされた。
選手たちは、個人技だけでは勝てないことを改めて実感し、チームメイトとの連携の大切さを知った。
練習後、選手たちは亮多の言葉を胸に、次の練習試合に向けて、さらに気持ちを高めていった。
「よし、お疲れ。みんなで片付けをして、ミーティングで終わろう」
亮多の声が体育館に響き渡った。
「よし。じゃあ、今日の練習の総まとめだ。ホワイトボードを見てくれ」
亮多はホワイトボードに、今日の練習内容を振り返るように、いくつかのキーワードを書き出した。
レイアップシュート
・ゴールの近くで打つ
・高く跳ぶためのステップ
・体で覚える反復練習
クイックシュート
・ディフェンスの予期せぬタイミング
・膝を曲げる動作をなくす
・思考の駆け引き
「今日やったことは、これからの練習の基礎となる。そして、これらの基礎は、最終的に試合で『得点』を奪うためにある」
亮多はそう言うと、選手たちをゆっくり見回した。
全員の顔が真剣な表情をしていた。
このバスケという競技において、得点とはなにか。
その得点を奪うことが、どれだけ難しいことか。
それを改めて亮多は選手たちに問いかけた。
「バスケは、理不尽なことが多い。身長差や経験の差、技術の差。どれをとっても、すぐに埋められるものではない。だから、俺たちは『工夫』する。今日やった練習は、すべてその『工夫』なんだ」
「レイアップシュートは、相手のブロックを避けるための『工夫』。クイックシュートは、相手の予測を外すための『工夫』。すべては、相手を『出し抜く』ためにある」
「だから、これから練習するメニューは、すべてその**『出し抜き方』**を学ぶためのものになる」
亮多はホワイトボードに、さらにメニューを書き足していく。
「パス&ラン」と「スクリーン・アンド・ロール」。
それは、相手のディフェンスを崩すための、チームとしての『出し抜き方』だ。
「この二つのプレーを、これから徹底的に練習する。個人で相手を出し抜く技術と、チームで相手を出し抜く技術。両方を身につけて、次の試合に臨む。いいか、もう一度言うぞ。バスケは『出し抜き方』を学ぶスポーツだ。この二週間で、お前たちは個人での『出し抜き方』を身につけた。次はチームだ」
選手たちは、亮多の言葉に静かに頷いた。
レイアップシュートやジャンプシュートといった個人技だけでなく、チームプレーが重要になることを改めて理解したからだ。
「よし、ミーティングはここまで。片付けをして、解散するぞ」
亮多の声で、練習は終了した。
選手たちは、今日の練習で得た手応えと、次の試合への期待感を胸に、体育館を後にした。
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