1ピリオド ~決意の先に⓪~

 昇降口を出たところで、俺は足を止めた。

 そこに立っていたのは、さっき別れたはずの――泉二乃だった。


「……お疲れさま、亮君」


 セーラー服の袖をそっと握りながら、少し照れたような笑顔を向けてくる。

 ほんの数時間前、体育館で躍動していた姿とは思えないほど穏やかで、いつもの二乃だ。


「……なんで、まだ学校に?」


「ちょっと、寄り道したくなって」


 二乃は肩をすくめ、少しだけ上目遣いになる。


「亮君、帰るところだよね? 一緒に歩いてもいい?」


「……まあ、別にいいけど」


 靴を履き替えながら、目線でだけ頷く。


 二乃と並んで校門を出る。

 夕陽が校舎の壁を染め、長い影が二人の足元に伸びていく。


「今日の部活、どうだった?」


 不意に二乃が口を開いた。


「正直……びっくりしたよ。みんな熱意のあるメンバーばかりでさ。お前もだけど」


「ふふっ。ありがと。でも、私はまだまだだよ」


 その笑顔に、昔の面影がふっと重なる。

 俺の家で晩ご飯を一緒に待っていた頃の――あの頃の面影が。


「いつからバスケ始めたんだ?」


「小六の終わりくらい。……ほんとは、もっと上手くなってから亮君に見せたかったんだけど」


 少し頬を染め、視線を落とす二乃。その言葉に、胸の奥がわずかに温かくなる。


「綺麗なフォームだったよ。真面目にやってたんだな」


「……ほんと?」


「嘘つかないよ。驚いたけど、嬉しかった。俺の知らないところで頑張ってたんだって」


「……えへへ、ありがとう」


 その後しばらく、言葉を交わさず歩く。

 だが、不思議と気まずさはなかった。


「ねえ亮君。晩ご飯、今日なんだっけ?」


「たしか……カレーだった」


「いいなぁ。うちは多分、焼き魚」


「健康的でいいじゃん」


「交換してくれるなら、もっといいんだけど?」


「それは……考えとく」


 そんな他愛もない会話が、妙に懐かしかった。

 昔と変わらないようでいて、きっと少しずつ変わっている。


 ――幼馴染の二乃が、同じコートに立っていた。

 それを今日、初めて知った。

 そしてその事実が、思っていた以上に嬉しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る