1ピリオド ~出会い④~

 顧問の先生たちと別れ、俺は校長と並んで体育館へ向かった。


「先ほどお話しした通り、彼女たちは個々のスキルは高いのですが、チームプレーが苦手です」


 葵校長が歩きながら言う。


「前任の松田さんも、彼女たちの扱いには苦労していたようですね」


「なるほど……」


 頷きつつ前を見据える。

 新しい体育館は広く、光がよく入る。俺が知っている、あの狭くて汗の匂いがこもった体育館とはまるで別物だ。

 懐かしさより先に、異質さの方を強く感じる。


「ちなみに、その松田さんはどんな指導を?」


「基本技術や戦術は教えていたようですが……最終的には自主性に任せる形になっていたようです」


「自主性、か……」


 彼女たちの強烈な個性。他の部員がついていけず辞めたという噂。

 自主性だけではまとまらなかった――そんな絵が浮かぶ。


 そんなことを考えていると、体育館の入り口へ到着した。

 扉の向こうから、ボールが弾む音、シューズが床を擦る音が聞こえてくる。


「では、私はここまで。頑張ってくださいね、中谷さん」


「……ありがとうございます」


 深呼吸をして、扉を開けた。


 その瞬間――。


「あなたが新しいコーチね。悪いけど、あんたに教わることなんてないから。早く辞めてくれない?」


 開口一番、冷たい声が飛んできた。


 歓迎ムードゼロ。いや、当然かもしれない。

 実績ゼロの大学生に指導されるなんて、誰だって不信感を抱く。


 ただ――その声の主が、女子だという事実に今さら驚く。


(……そういえば彼女たちって言ってたよな。俺、男子バスケ部だと思い込んでた……)


 目の前には、女子バスケ部の四人。

 皆、真剣で、強い意志を宿した視線を向けてくる。


(この反応は想定内。でも……引くわけにはいかない)


「君たちのために来た。簡単に辞めるつもりはないよ」


 その言葉を口にした瞬間、茶髪のロングヘアの少女が鋭い視線を向けてきた。


「私は絶対に県大会に行く。下手なコーチと話す時間すら無駄なの」


 強い。

 なにが彼女をそこまで駆り立てているのかはわからないが、その執念は確かに感じた。


(理由はどうあれ、目標を持つことは大事だ。だったら俺は――)


「わかった。君の気持ちは理解した。でも俺もやるからには全力だ。君たちがどこを目指すにせよ、その隣を走るつもりだ」


「……その言葉、忘れないでよ」


 彼女は鋭く言い放つと、仲間と目を合わせた。


「ルールは1on1で四本勝負。私たちは任意の場所から始める。あんたは、私たちが指定した場所から」


「任意の場所……セットポジションか?」


 少女が頷く。


「トラベリングやラインクロスは?」


「相手ボール。ラインクロスはセットポジションから仕切り直し」


「24秒ルールは?」


「14秒ルールを採用。3秒とノーチャージングエリアも適用よ」


 ルール確認が済んだところで、俺は動きやすい服に着替える必要があることを思い出した。


「俺、着替えてくるから誰か案内してくれ」


「私がするよ」


 答えたのは金髪のウェーブヘアの少女。

 どこか懐かしい声に、胸の奥がざわついた。


(……知り合いにこんな金髪の子はいないはずだけど)


「助かる」


「こっちだよ」


 案内されて体育館を出て、廊下を曲がると男子更衣室があった。


「着替えてくるから、体育館に戻ってていいぞ」


 そう言うと、金髪の子はにっこり笑って――なぜか俺の後ろからついてくる。


「着替え終わるの待ってるから、早く入ろ?」


「……いや、男子更衣室なんだけど」


「いいからいいから」


(いやよくねぇ!!)


「いやいや、本気でダメだ。見られたら俺の人生終わる。出てくれ」


 俺が必死に訴えると、彼女は頬を膨らませた。


「ちぇー……あとちょっとだったのに。昔から変わんないね、亮君は」


 ――亮君?


「……俺のこと、知ってるのか?」


「もちろん。近所に住んでたでしょ。はい、自己紹介。泉二乃いずみ にの。思い出した?」


 泉二乃――

 高校時代、両親がクレープ屋を始めるまでの間、家でよく一緒に遊んでいた幼なじみの子だ。


 あのときは黒髪のちょっとおとなしい子だったのに……。


「髪色だけで、こんなに変わるのか。今の泉、なんか……すごく可愛くなったな」


 頭を軽く撫でると、泉は顔を真っ赤にして固まった。


「か、可愛い……!? うぅ……勇気出してよかった……」


 なにやら小声で呟いている。


(いや、本当に変わったな……)


 本来の目的を思い出し、俺は咳払いした。


「泉、着替えるから。外で待っててくれ」


「はーい」


 今度は素直に更衣室から出ていってくれた。


 急いで着替えを済ませ、待っていた泉に声をかける。


「お待たせ。行こうか」


「うんっ!」


 どこか嬉しそうに笑う泉に、俺も自然と笑みがこぼれた。


「……そういえば、泉もバスケやってたんだな。全然知らなかったよ」


「えっ、その……まだ二年しかやってないから……上手じゃないよ?」


 なぜか言い淀む泉。

 気になるが――今は1on1勝負が先だ。


(帰りにでも聞こう)


 そう心に決め、俺たちは体育館へ向かって歩き出した。

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