1ピリオド ~出会い③~
「では、顧問の先生を紹介しますね」
葵校長が立ち上がり、俺を促して校長室の扉へ向かった。
「顧問の先生は、どんな方なんですか?」
そう訊ねると、校長はほんの少し苦笑した。
「実は、二人いらっしゃいます」
(……二人?)
「一人は体育教師の
校長室を出て廊下を歩く。
改築された校舎はどこも新しく、歩いているだけで記憶とズレが生じる。
「高橋先生は三十歳で、体育教師としての経験は豊富です。ただ、バスケのプレー経験はありません。審判資格は持っていますが」
そこまで言うと、校長は補足するように続けた。
「体育教師は複数の運動部を兼任することも多く、専門外の競技を担当することも珍しくありません。それに、学校の状況によっては体育以外の教科の先生が運動部の顧問になることもあります」
(たしかに……いろんな事情があるんだな)
「そして金沢先生は今年赴任したばかりの二十二歳。国語担当で、こちらもバスケ経験はありませんが……審判はできます」
(国語の先生がバスケ部の顧問って、珍しいな)
そんなことを考えながら職員室へ入ると、数人の教師が忙しそうに書類を整理していた。
「高橋先生、金沢先生、少しお時間よろしいですか?」
葵校長の呼びかけに、二人が顔を上げた。
短髪でがっしりした高橋先生。いかにも体育教師という体格なのに、どこか人のよさそうな笑みを浮かべている。
対して金沢先生は小柄で、控えめな雰囲気の中に芯のありそうな知的さがあった。
「お疲れ様です、校長先生」
高橋先生が落ち着いた声で言う。
「えっと……はい」
金沢先生は少し緊張しているような口調だ。
「こちらが、バスケ部の外部指導員をお願いする中谷亮多さんです」
「はじめまして、高橋です」
「金沢です。よろしくお願いします」
二人は礼儀正しく頭を下げた。
「中谷亮多です。よろしくお願いします」
俺も軽く頭を下げて応じる。
「正直に言うと、俺たちは専門的なバスケ指導はできん。だが、ルールや審判の知識なら問題ない。わかる範囲でサポートはする」
高橋先生が真剣な表情で言った。
「運営面では、私もできるかぎり協力します」
金沢先生も小さく頷く。
(つまり……実質的に技術指導は全部俺がやる、ってことか。
まあ、運営を任せられるなら、そのぶん集中できるけど)
軽くため息が胸の奥に浮かぶが、それと同時に覚悟も固まる。
「……わかりました。よろしくお願いします」
「おお、助かるよ!」
高橋先生は満面の笑みを浮かべ、俺の肩をがしっと叩いた。
「俺は体育教師だが、バスケは専門外でな。だから、お前が頼りだ」
「頼りだって言われても……プレッシャーなんですが」
「まあまあ! 大丈夫大丈夫! 俺も審判くらいはできるし、部活の運営面は任せてくれ。お前は指導に集中すりゃいい」
一方で、金沢先生はどこか不安そうな表情で俺を見つめていた。
「あの……私、スポーツはあまり得意じゃなくて。でも審判のルールは勉強しました」
「えっと……試合中に混乱しそうってことですか?」
「……はい。できれば、試合の前に確認しながら教えていただけると助かります」
金沢先生は申し訳なさそうに言う。
「まあまあ、金沢先生は新任だからな。最初から全部完璧ってわけにはいかんさ」
高橋先生がフォローすると、金沢先生はむっとした顔で反論する。
「私だって、頑張りますよ」
「はいはい、期待してるって」
そんなやり取りを見ていると、二人の関係性がなんとなく見えてくる。
そのとき、金沢先生が何か思い出したように俺を見た。
「ところで、中谷さん……ひとつ質問が」
「どうしました?」
「バスケットボールの試合中に……もし選手が相手の足を蹴ってしまったら、どうなるんですか?」
「……え?」
予想外の質問に言葉が詰まる。
「おいおい金沢先生、さすがにそれくらいわかるだろ!」
高橋先生が笑い出した。
「違います! 知ってますけど……その……もしうっかり当たったらどうなるのかなって……」
「故意じゃなければプレー続行になりますね。
でも、故意に蹴ったと判断されればキックボールでバイオレーションになります」
「なるほど……! 勉強になります!」
金沢先生は真剣な表情でメモを取り始めた。
「いやいや、そんなこと普通メモしないだろ……」
高橋先生が肩をすくめた。
(高橋先生は頼れる兄貴分。
金沢先生は真面目だけど、ちょっと天然……ってところか)
――どうやら、俺のバスケ部指導は、想像より賑やかになりそうだ。
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