ウォームアップ ~運命の日(学生ver.)~
カーテンの隙間から差し込む朝の光が、部屋の空気を白く照らしていた。
スマホのアラームが耳に刺さるように鳴り、俺は手探りで止める。
「……もうこんな時間か」
時計を見ると、講義開始まで四十分。
完全に寝すぎた。朝飯をゆっくり食べる余裕なんてない。
顔を洗い、髪をざっと整え、バッグを肩に掛ける。鍵をポケットにねじ込み、そのまま家を飛び出した。
電車に揺られる頃には、通勤ラッシュも落ち着いていて、車内はほどよく空いていた。空席に腰を下ろし、スマホを開く。
タイムラインには、高校の同級生たちが、サークルのイベントだのバイトだの、楽しげな日々を投稿していた。
――バスケ部の連中は、今どうしてるんだろう。
そんな考えが一瞬、胸をかすめる。
けれど、検索する気にはなれなかった。画面を閉じ、深く息を吐く。
大学に着くと、キャンパスはすでに賑わっていた。
正門をくぐると、芝生に座ってギターを弾く学生、コーヒー片手に本を読む学生、友人同士で笑い合う学生――それぞれの大学生活が、そこかしこで広がっている。
俺は人の流れを抜けて、講義棟へ向かった。
最初の授業は社会学概論。
百人以上が詰まった広い教室の空いた席に座ると、教授が淡々と話し始める。
「社会の構造は、個人の行動の集合によって形成され……」
ノートを取りながら聞いていると、ふと胸に浮かぶ。
――バスケも、同じかもしれない。
チームは個人の集合体。
一人ひとりの動きが重なって、ひとつのプレーが生まれる。
中学の頃は、それを確かに感じていた。
でも高校では違った。
個の力がなければ、そもそもチームが機能しない。
俺は……その土俵に立つことすらできなかった。
気づけば講義は終わり、学生たちが教室から出ていく。
昼休み。
学食のいつものカレーを注文する。
うまくもまずくもない。
変わらない味を、スマホを眺めながら口へ運んだ。
隣の席からは、サークル仲間らしき学生たちの、楽しげな声が聞こえる。
「え、それマジ?」
「じゃあ次どうする?」
そんな会話を無意識に聞きながら、俺はただカレーを食べ続けた。
午後の講義も淡々と受け、気づけば一日が過ぎていた。
大学を出て帰ろうとしたとき、体育館の近くを通りかかる。
中からボールの弾む音が聞こえた。
キュッ、キュッ。
シューズの擦れる音、ドリブルの乾いた音。
胸の奥に、遠い記憶がかすかに灯る。
思わず足が止まる。
……いや、関係ない。
そう言い聞かせ、歩き出したものの、
心のどこかに小さな違和感――ざらつきのようなものが残った。
それが何なのか、まだわからなかった。
その日の夜。
中学時代の指導者だった先生から、突然電話があった。
「おまえ、今バスケやってるのか?」
「いや、もうやってないです……」
「そうか。でも、おまえ、まだバスケが好きなんだろ?」
一瞬で核心を突かれ、言葉が詰まる。
「実は今、後輩たちを指導できる人手が足りなくてな。おまえ、俺の代わりにやってくれないか? 年のせいか、そろそろ昔みたいに動けなくてよ」
まさかの誘いだった。
指導者なんて考えたこともない。
俺にそんな資格があるのか?
そもそも伝えられるものなんてあるのか?
……でも。
心のどこかで、ずっと求めていた気がした。
帰りたいと願いながら、一度は捨てた場所に。
悩んだ末に、俺はその申し出を期間限定で引き受けた。
そして今。
大学生になった俺は、中学生たちの指導者として、
もう一度バスケットの世界に足を踏み入れることになった。
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