指導者日記

神童要

ウォームアップ ~運命の日(選手ver.)~

キュッ、キュッ。ダンダンダン──。


体育館に響き渡るのは、バッシュが床を鳴らす鋭い音と、乾いたドリブルのリズム。


コートの上では十人の選手が、必死に走り、跳び、ぶつかり合い、荒い息を吐いていた。


「おい! ボールそっち行ったぞ!」


「わかってる!」


「あと三秒、耐えろ!」


チームメイトの叫び声と、監督の指示。そのふたつだけが、今の世界のすべてだった。


――ブーーーッ。


試合終了のブザーが遠くで鳴る。


《市大会3回戦》。

俺たちは大敗を喫し、こうして俺の中学バスケは幕を閉じた。


鶴賀つるが中バスケ部は、経験者3人、初心者5人。

数も力も足りない弱小チーム。だけど、外部指導者の手も借りて、どうにか試合ができるレベルまで仕上がっていた。


俺たちの武器は、飛び抜けた個の能力じゃない。

互いを信じ、声を掛け合い、情報を共有して動くチームワークだった。


考えるよりも先に体が動く。

仲間の気配で、次に何をするかがわかる。

言葉で説明できない一体感──それが、俺たちの戦い方だった。


結果は3回戦敗退。

だが2回戦で、市でも上位の伊波木いわぎ中を倒した。


弱くても、工夫と連携で強豪に勝てる。

その手応えが、俺の中で確かな光になっていた。


ならば、もっと強いチームでなら――。


そんな期待を胸に、高校を選んだ。


だが、その期待はすぐに砕け散る。


中学を卒業し、県大会常連校のバスケ部に入った俺は、

結論から言うと、三年間ほとんど応援係だった。


練習を重ねるほど、自分との差を思い知る。


シュートは正確そのもの。

リバウンドの争いにも入れない。

ディフェンスでは簡単に抜かれ、オフェンスでは目の前の壁みたいな相手に打ち砕かれる。


そして、一度だけ巡ってきた一軍の試合の出場機会。


その試合で俺は、自分の存在意義を失った。


コートの上でぶつかり合うのは、圧倒的な個の力。

一人ひとりが、自分の武器だけで相手をねじ伏せる世界。


そこに、俺の居場所なんてなかった。


個の力がなければ、勝負の土俵にも立てない。


それが三年間で学んだ、痛い結論だった。


大学に進んでからは、もうバスケをしていない。

だが、長く打ち込んできたものが消えると、人はこんなにも空虚になるのかと知った。


体育館の音にふと足が向き、試合を見れば心がざわつく。

ボールを手にすれば、無意識にドリブルをしてしまう。


戻りたい。

でも、戻っても意味がない。

そのはざまで、ずっと揺れていた。


そんなある日――中学時代の指導者だった先生から連絡が来た。


「おまえ、今バスケやってるのか?」


「いや、もうやってないです……」


「そうか。でも、おまえ、まだバスケが好きなんだろ?」


核心を突かれ、息が止まる。


「おまえ、俺の代わりにやってくれないか? 年のせいか、そろそろ昔みたいに動けなくてな」


まさかの誘いだった。


指導者になるなんて、考えたこともない。

俺なんかにできるのか? そもそも、教えられるものなんてあるのか?


だけど――

心のどこかで、ずっと望んでいた気がした。


悩んだ末、俺はその申し出を期間限定で受けることにした。


そして今。

大学生になった俺は、中学生たちの指導者として、

もう一度、バスケットの世界へ足を踏み入れた。

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