第23話 新しい目標とふとした外野の声

 あれから二週間ほどが経った。学園内の雰囲気はすっかり落ち着き、俺たちのクラスも、ぎこちなさは残りつつも以前のような明るい空気を取り戻しつつある。

 もちろん、完璧に元通りというわけじゃない。多くの生徒が、どこか負い目を感じて俺や鳳(おおとり) 真琴に接してくるし、俺自身も完全にわだかまりを捨てきれたわけじゃないから。でも、その中でも少しずつ「また一緒にやってみよう」という気配が増えてきた。


 昼休み、真琴が委員長として再び動き始めた「代替の行事計画」について打ち合わせをしようと声をかけてきた。

「ねえ、阿久津くん。ちょっと図書室で話せる? 他の子たちとも段取りを考えたんだけど、やっぱりあなたにも相談したくて」

「いいよ。ちょうど午後の授業の予習もしたいし、図書室なら落ち着いて話せそうだしね」


 教室を出ようとすると、友人の近藤が目を合わせてニヤッと笑う。

「また二人で行動? 最近息ピッタリじゃん。羨ましいね」

「ば、バカ言うな、別に…」

 思わず照れながら振り返ると、近藤はひょいと肩をすくめて「ま、やり直しって感じなら、うまくやれよ?」と茶化すように言う。周りの数人がクスクス笑う声が聞こえるけれど、変に悪意を感じないのが救いだ。


 真琴も微妙に頬を染めて「…何もやましいことはないんだけど」と苦笑する。

「ほら、行こ。図書室に行かないと休み時間がもったいない」

「はいはい」

 俺たちは並んで廊下を歩いていく。数ヶ月前なら、こんなふうに二人で堂々と移動すればヒソヒソされて嫌な空気になっていただろうが、今はむしろ応援っぽい視線も混じっている。

 “あの騒動”を乗り越え、信頼関係が深まったことを察している人もいるのだろう。そう思うと少し恥ずかしくもあるが、悪い気分ではない。


 図書室はいつもより人が多いが、空いている席を見つけて向かい合わせに座る。真琴がプリント数枚を取り出し、声を弾ませながら説明を始めた。

「年度末に計画している催しね、先生たちが“学校行事扱い”にするのは難しいって言ってたけど、代わりに部活単位や有志での参加を認める形にすればいいんじゃないかって。これなら予算とか配分しやすいしね」

「へえ、なるほど。だったら文化部や運動部の発表タイムとかつくれるかもしれないね。みんなで出し物を考えるのも楽しそうだ」

「うん、そうなの。クラス単位で何かをやるのはハードルが高いかもしれないけど、有志参加で盛り上がれたらいいなって」


 話し合いながら俺は、昔の真琴を思い出す。あの頃の彼女は、皆に頼られながらもどこか距離をとってリーダー役をこなしていた印象があった。今こうして並んでプランを練る姿を見ると、随分変わったなと思う。

 ふと、真琴が顔を上げて小さく笑う。

「ねえ、阿久津くん。こうやってイベントを話し合うの、なんだか懐かしくない? 文化祭の頃、私たちが委員長と補佐で雑用をしてた時期を思い出すよ」

「懐かしいというか…あの頃は結局、理不尽な出来事に巻き込まれちゃったからな。今回は絶対失敗しないようにしたいね」

「そうだね。今度は私たちが中心になって企画を進めるというより、みんなと一緒に作りたいな。もう変なトラブルは起こらないと思うし」


 真琴が視線を落として言う。確かに当時のような危険はもうないはず。あれから瀬良たちのグループは姿を消し、周囲も俺たちを信用し始めている。それなのに、俺の胸には少し不安が芽生えてしまう。

 (それでも絶対って言い切れるのかな…)

 小さな疑問が頭をかすめる。でも、今は何より前を向いて動かないと、せっかくの行事も形にならない。


「よし、まずは委員の仲間たちに声をかけて、実現可能な企画をリストアップしよう。部活発表は賛成だけど、どんなステージや会場が使えるかも考えないとね」

「うん、あとは運動場を一部使う案もあるみたい。模擬店とかは難しいかもしれないけど、ちょっとした屋台くらいなら可能かも」

「それいいね。じゃあ明日あたり、先生に詳細な相談してみよう」


 そんなふうに打ち合わせを進めていると、後ろの方で静かに本を読んでいた男子学生がちらっとこっちを見て、誰かと軽く言葉を交わすのが見えた。なんだろう、視線を感じる。

 気のせいかもしれないと思いつつ、また話に集中しようとするが、今度は図書室を出ていく人たちがこちらを一瞥しながらくすっと笑うのが視界に入る。

「ん? なんか見られてる?」

 俺が顔を上げると、真琴も視線を追って「もしかして私たちが仲良くしてるのを面白がってるのかな」と苦笑する。


「たぶん、以前みたいに『実行委員長と陰キャ男子』って珍しがる人もいるだろうし、あのトラブルを経て親しくなった二人、とか思ってるのかも」

「…まあ、今さらどう思われたって気にしないけどな」

「そっか。私も同じ。隠すことなんてないもんね」

 そう言って真琴が頬を少し赤らめる。以前なら気にしがちだった人目や噂話も、今は二人が共に歩むうえで小さい問題だと思えるのが不思議だ。


 結局、昼休みギリギリまで企画の話をしてから教室へ戻る道すがら、真琴が思いついたように言う。

「そういえば、今度の週末、ちょっとしたライブイベントがあるの知ってる? 学園近くの公共ホールで、地域の合同コンサートだとか」

「へえ、知らなかった。誘ってくれるの?」

「うん…もし良かったら、一緒に行かない? こういう催しを参考に、私たちの行事にも役立てたいし、それに…単純にあなたと出かけるのが楽しそうで」


 思わぬお誘いに、俺は一瞬戸惑う。だけどすぐに気分が高揚してくる。今までのゴタゴタを思えば、ようやく普通の青春らしいイベントに参加できるのは嬉しいことだ。

「いいね。あまりコンサートとか行ったことないけど、二人で行くなら面白そうだし、学園イベントの参考にもなりそうだね」

「決まり! じゃあ詳細はあとで連絡するね」


 そんな風に盛り上がりながら教室に戻ると、仲のいいクラスメイトが「おかえりー」と声をかける。俺たちが「ただいまー」と返すと、小さな笑いがこぼれた。

 ずいぶん雰囲気が柔らかくなったな、と改めて実感する。

 過去の痛みを抱えつつも、今はこうして将来の行事やお出かけの予定を立てて笑える――それだけで、俺の心はだいぶ救われている。真琴の隣を見ると、彼女も同じように穏やかな笑みを浮かべていた。

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