第9話 夜の放送室と忍び寄る影

 その夜、俺は予定どおり学校へ向かった。というのも、放送委員・倉木が「部外者が入り込むには最終下校時間を過ぎたころを狙うしかない」と言っていたからだ。もちろん正式な許可なんて取れるはずもなく、これは明らかにルール違反だ。

 けれど、そんなことを気にしていられない状況だ。俺と鳳(おおとり) 真琴は、たとえ処分覚悟でも“何か決定的な証拠”を手に入れるしかない。


 夜の校舎に踏み入るのは初めてで、廊下の暗さと静けさがやけに神経を尖らせる。息を殺すように歩きながら、手元のスマホで時間を確認した。午後8時すぎ。警備員が巡回を終えた直後らしい。

「大丈夫かな……」

 小声で呟くと、隣を歩く真琴が「私も緊張で心臓がバクバクしてる」と囁く。普段なら落ち着いた表情の彼女も、今日ばかりはさすがに不安そうだ。


 やがて放送室のある階へ到着。扉は鍵がかかっているが、事前に倉木が「裏鍵のありか」を教えてくれていたはず。扉脇の備品ロッカーの下段を探ると、小さなスペアキーが貼り付けられているのを発見。

「これだ……!」

 そっと鍵を回し、息を詰めながら扉を開ける。そこに広がるのは、機材や音響設備が並んだ薄暗い部屋。いつもは昼間に校内放送を操作する場所だ。

 「なるべく早く済ませよう」

 真琴がそう言って、スマホのライトを控えめに点灯する。俺たちは部屋の奥にあるパソコンへ向かった。生徒会システムや委員会のログは、ここからも閲覧できるはずだ。


 「阿久津くん、これ……アクセスできるみたいだよ。パスワードの入力を要求されてる」

 真琴が画面を指差す。放送委員用のIDを入力すれば、ある程度のデータに入れるとのことだが……。ここでも倉木がくれたメモが役立つ。

 “ID: ****、PW: ****”

 彼が事前に調べておいてくれた。助かるぜ、倉木。

 入力を終えると、画面に学校のシステムメニューが表示された。そこから文化祭実行委員チャットのバックアップファイルに接続……できた。

「やった。消された画像やログの残骸があるかもしれない」

 興奮を抑えきれず、真琴と二人で検索欄にキーワードを入れていく。


 すると、何やら“暫定ファイル”というフォルダが見つかった。日付は文化祭準備が最も忙しかった時期、資金が消えた時期とも重なる。

「これかな……?」

 ドキドキしながら開くと、削除済みの画像サムネイルが並んでいる。さらに詳細のタイムスタンプも記録されており、確かに午後8時10分に誰かがアップし、2分後に削除されている形跡。

 「見て……これ、チャットの削除ログが一致してる時間だよね」

「うん。まだ復元はできないかな……いや、ツールを使えばワンチャン……」

 俺が必死に画面を操作していると、真琴が「急いで。長居は危険だよ」と急かす。確かにここで時間をかけすぎると見回りに遭うかもしれない。


 幸いにも、ファイルの一部を復元できるかもしれないプログラムを倉木が用意してくれていた。USBメモリに入ったソフトを起動すると、画像のサムネイルが徐々に解凍されていく。

 「……もう少し、あと数%……」

 そんな緊張のなか、遠くの廊下で物音がした。心臓が高鳴る。警備員が戻ってきたのか、それとも誰かが忍び寄っているのか。

 俺は真琴を見て「伏せよう!」と目配せ。とっさに部屋の照明を落とし、デスク下に隠れる。モニターを隠すには上着をかぶせるしかない。

 「やばい……」

 小声で呟く俺と真琴は息を殺す。足音が近づいてくるような気配があったが、扉を開ける気配はない。祈るような気持ちで待ち続けると、やがて足音が遠ざかっていった。


 数分後、再びパソコンを覗くと、どうやら復元作業は完了しているらしい。サムネイルが表示され、画像データの一部が正常に残っていた。

 「これは……領収書の写真? それと……なんだろう、スポーツ用品店のレシート?」

 真琴が指差す先には“部費”とは無関係な買い物の痕跡が映っている。しかも、見覚えのある名前の一部が写り込んでいるようだ。

 「名前の文字が半分隠れてるけど……これって、瀬良……?」

 信じられない気持ちだが、ほぼ確実に瀬良の姓っぽい文字が書かれたカードやレシートが写真に含まれている。もしこれが文化祭の資金を私的に使った証拠なら、かなりの威力を持つはずだ。


 「やった……! これ、確実な証拠になるよね……!」

 真琴が小さく頷き、ほっとした笑みを浮かべる。俺もようやく手応えを感じて胸が震えた。

 しかし、まだ油断はできない。これをどう公表するか。誰に見せれば信用してもらえるか。瀬良たちが逆にデマだと言い張る可能性もある。

 けれど、この夜の行動は決して無駄ではなかった。何かが確かに動き出している。

 「とにかく、ここを早く出よう」

 真琴と一緒にUSBメモリを抜き、そっと放送室の鍵を閉め直す。廊下に出たとき、さっき感じた物音の気配はもう消えていた。

 「うまくいった……かもしれない」

 小声で囁き合いながら、俺たちは薄暗い階段を降りて校門へ向かう。心臓がまだバクバクしているが、指先には確かな充実感が残っていた。

 これで少しは、瀬良たちに揺さぶりをかけられるはずだ。いや、むしろ反撃の準備が整ったと言ってもいい。この証拠を武器に、あいつらを追い詰めてやるんだ。

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