人はそれをストーキングと呼ぶ
「残りは私と加奈とつぐみの三人かしら」
「そうだねん。……それにしてもつぐみちゃん見ないねぇ。何処に居るんだろ?」
今回のゲームにおいて逃げる側である美羽と加奈は、今もなお物陰に隠れながらひそひそと会話をしていた。すぐ近くに居る景と碧依に万が一でもバレないようにひそひそと。
何故美羽と加奈が今回のゲームの動向――緋音、那由多、崚太が捕まっていることを知っているかというと、二人して景及び碧依を追いかけまわしていたからである。
そう、逃げる側なのに鬼である景を追いかけまわしていた。何故か。……一体何故?
美羽が言うにはこれは灯台下暗し作戦らしい。なんでも近くに居た方がかえって見つかりにくそうとか何とか言ってたっけ。それ以外の理由があるように感じるが、深くは追及しない。だって追及したところでのらりくらりと躱されそうなんだもの。美羽、やっぱり侮れない。
とまあそんな感じで今もなお景と碧依の二人を付け回している美羽と加奈の二人。視線はまだ一度もこちらを向いていないからバレていない……はず、と思っている。
因みにバレているかどうかはまあ、これから分かるだろう。
「……」
何を思ったのか、碧依がいきなりピタッと足を止めた。それに気が付き景もピタッと足を止める。そして案の定二人が止まったことで美羽と加奈もピタッと足を止める。
碧依が景のすぐそばまで近づき、少し背伸びしながら何かを耳打ちした。景はそれに対し素直に耳を傾ける。
美羽と加奈、二人揃って『何だろう?』と首を傾げる。だって先程まで二人は普通に会話をしていた。それがいきなりこそこそ会話をする意味が分からない。二人は一体何の話をしているのだろうか? 碧依は景に何を伝えたのだろうか? 全く見当が付かない。
景が顎に手を当て、少しの間考える素振りをする。そしてやがて考えがまとまったのか、景は前を向き響き渡る声でこう言った。
「美羽。居るんだろう?」
いきなり名前を呼ばれてビクッとする美羽。今まで一度も気付いた素振りを景は見せなかった。なのに美羽は名前を呼ばれた。意味が分からない。美羽は理解が出来なかった。
――気付かれた? え? なんで? どうやって?
名前を呼ばれ、捕まらないためには今すぐ逃げなきゃいけないというのに美羽は動くことができない。
景は、そんなことはお構いなしとばかりに続ける。
「居るなら聞いてくれ。もし姿を現してくれるなら、僕は君をハグしよう。今すぐ僕の胸に飛び込んでおいで」
シュバッと姿を現す美羽。何? 逃げなくていいのかって? うるさい。そんなことより景とのハグだ。
振り返って自分の方を向いた景に対し、美羽は真剣に問う。
「今の……本当かしら?」
「今のって?」
「その……ハ、ハグのことよ」
「本当だよ。さあおいで」
景が優しい笑顔のまま両手を広げたことで、今の話が本当だと確信する美羽。一歩、また一歩と美羽は景に近づいていく。段々と早歩きになり、仕舞いにはタッタッタッタと走っていた。
そんな美羽を見ていた加奈。四つん這いの状態で片手を美羽に対し突き出しこう叫んだ。
「美羽ちゃーん!」
ああ、悲しきかな。加奈の叫び届かず景の胸にぽふっと収まる美羽。そんな美羽を見て、加奈は涙ながらこう言った。
「美羽ちゃん。良い奴だったよ」
なお、この一部始終、ただの茶番である。
「美羽、捕まえた」
景が優しい声で、胸に飛び込んできた美羽に対しそう言う。
それに対しボッと顔を赤らめる美羽。誤魔化すように景の胸に顔を押し付ける。これはおそらく「黙ってハグしなさい」という美羽の無言の主張だ。美羽可愛い。
それはそうと、自ら景の胸に飛び込む勇気はあるのに景の一言に恥ずかしがるとか……美羽の恥ずかしいポイントがよく分からない。まあ可愛いからいいか。
「碧依」
美羽のことをナデナデしながら碧依に話しかける景。因みに今美羽はうにゃーんと溶けている。さながらその様子は飼い主に甘える猫だ。
「何?」
美羽のことは全く気にせず景に対し返事をする碧依。まあいつもの光景だ。
「加奈のことを捕まえてきてくれるかい? この通り、僕は今両手が塞がっているからね」
ナデナデ。うにゃーん。
「了解」
碧依が加奈を視界に収める。
それとほぼ同時刻。『およ? 何か矛先が私に向いた?』、そう肌で感じ取る加奈。流石は加奈である。
肌で感じ取ってからの野生児加奈の行動は早かった。
「そうとなれば~、逃っげろ~!」
そう叫びながら碧依が走り出すより先に逃げ出す加奈。加奈が逃げ出したのを感知し、碧依もほぼ同時に走り出した。
「待てー」
何ともまあ、気の抜ける声で碧依は加奈のことを追いかけて行った。
碧依のことを見送った後、景は美羽に向き直り美羽に対しこう言った。
「美羽は可愛いね」
美羽、ノックダウン。美羽は顔を赤らめて気絶したのだった。
***
所変わってここはとある教室内。今は校内鬼ごっこが行われており、その鬼ごっこで捉えられた人物たちがここに集まっている。
集まっている人たち――つまり緋音、那由多、崚太の三人――は今何をしているのかというと――。
「指スマ三」
「指スマ五」
指スマをしてた。
因みにまだ一度も決着はついておらず、白熱している。
え? 何で指スマしてるのかって? だって暇なんだもん。時間が来るまで手持無沙汰なんだもん。
「指スマ三。……あ、あがり」
ついに試合が動いた。この試合、那由多の一抜けだ。やったね那由多。
んーっと伸びをする那由多。ずっと同じ体勢だったからか身体が凝り固まっている。はー疲れた。
そんな那由多を横目に崚太と緋音は二位決定戦を始めていた。
さて、いきなり一人暇になった那由多。教室の外から何やら物音がして教室の外に顔を出す。
ドッドッドッド。
――何? このスノーモービルみたいな音。
那由多は更に気になり、音がした方向に目を凝らす。するとそこでは――。
「つっかまらないよ~ん」
「待てー」
加奈と碧依がおよそ常人とは思えない追いかけっこをしていた。
スノーモービルみたいな音の正体は加奈。この音は加奈が走っている音だ。爆走している加奈から、人から出るとは思えない音がしている。何だろう? あれ。
因みに碧依も碧依でおかしい。だって何故か床、壁、天井を縦横無尽に行き来しながら加奈のことを追いかけているんだもの。何あれ? あんなこと人に出来るの?
ドッドッドッド。
やがて加奈と碧依は那由多の前をものすごいスピードで通過していった。それを那由多はあんぐりと口を開けたまま阿保な顔で見つめていたのだった。
==========
次回投稿予定は明日の同時刻です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます