黄色い歓声って苦手なのよ
美羽、景、崚太、加奈の四人はとある教室を前にして、まるで笑顔が引き攣っているような顔をしていた。加奈がこんな顔をするなんて珍しい。なお、この五人集団の中ではつぐみのみ違う顔をしている。つぐみはどんな顔かというと、「あららうふふ」と言いたげな顔だ。
美羽たちが今前にしている、とある教室というのは家庭科室。今は被服部の部活動が行われているはずだ。そう、そのはずなのだ。
「ここは後にしましょうか?」
そう美羽が口を開けば――。
「そうだね。そうしよう」
景がすぐにそれに同意した。
美羽と景の二人はその発言の通り踵を返し、前にしている家庭科室を後にしようとする。だがしかし、そうはさせまいと二人の肩を崚太がガシッと掴む。
ギギギと振り向く美羽と景。その顔は「何をするんだい? 崚太」「何するのよ」と言いたげだ。景と美羽は言外に崚太に対しそう伝える。怒気はないものの、その笑顔と真顔が怖い。
ええい負けるな崚太。頑張れ崚太。やがて崚太が意を決したように口を開いた。
「……な、なあ。百聞は一見に如かずだ。取り敢えず中、入ろうぜ」
何故美羽たちは帰ろうとしたのか、何故崚太は意を決さなければいけなかったのか、それは一目瞭然だ。いや、この場合は一を聞いて十を知ると言った方が正しいかもしれない。
何故美羽たちはこんなに家庭科室入るのに手間取っているのか。それは、家庭科室から黄色い歓声が聞こえているからである。今もなおそこ黄色い歓声は教室の外まで轟いている。
「キャー!」
「那由多くんこっち向いてー!」
「那由多ちゃん可愛いー!」
「似合いすぎー!」
そんな黄色い歓声が教室の外まで聞こえてくるのだ。端的に言って、とても五月蠅い。
もはやこの中に、かくれんぼで未だ見つかっていない三人の内の一人である
暁那由多のことを那由多くんと呼ぶ声と、那由多ちゃんと呼ぶ声がある。不思議に思う者もいるだろう。那由多は一応身体の性別は男。だがしかし、いつも女装しているのだ。勿論いつも着用している制服も女性用。そう、つまり女装男子なのだ。所謂男の娘というやつである。この学校には那由多のことをくん付けで呼ぶ人も、ちゃん付けで呼ぶ人もいる。そしてくん付けちゃん付けどちらとも本人公認である。
まあそんなこと今はどうでもいい。大事なのはこの教室の中にその那由多が居るかどうかだ。いやまあ、十中八九というか確実に那由多はこの中に居る。居るし那由多のことだ、今もきっとこの教室の中で女装していることだろう。というか多分、着せ替え人形にでもされているのではないだろうか。
「嫌よ」
崚太が意を決したのは一体何だったのか。きっぱりと崚太の提案を断る美羽。美羽はこういう場が、一番と言っていい程嫌いなのだ。黄色い歓声が響き渡るような、こういう場が。
仕方がないよね。嫌いなのもは嫌いなんだもの。だからここは後で良いよね。
この状況を意図的に無視し、再び歩き出そうとする美羽。再び美羽の肩をガシッと掴む崚太。
振り向く美羽。その目は「何するのよ」とでも言いたげだ。……このやりとりさっきも見たな。相変わらず美羽の冷たい真顔が怖い。
「そう言わずにさ。……藤城は負けても良いのか?」
ハッとする美羽。どうやらその一言で正気に戻ったようだ。
――確かにそうだわ。時間的にここを後にしたら私の負けになりそうね。そんなのは嫌よ。こんな隠れる気も無い奴に負けたくないわ。
「そうね。ありがとう崚太。入りましょう」
「おうよ」
美羽は意を決して教室のドアに指を掛けた。よし開けるぞぉ。開けるぞぉ。
そうは言っても中々開けられない美羽。刻一刻と迫る制限時間。この覚悟の時間が一番無駄である。
「それにしてもぉ」
美羽が覚悟を決めている間に、つぐみが口を開いた。
「那由多さんはぁ、隠れる気はあるんですかねぇ」
とても隠れる気があるとは思えない。だってこんなに目立っているんだもの。隠れる気があるやつはわざわざ自分から目立ったりしない。着せ替え人形にでもされているのはきっと那由多から言い出したことなのだろう。
「つぐみもそれは同じだろう?」
つぐみのあれも隠れてたって言えるのか? 確かに僕たちは気が付いてなかったけど。そんなことをつぐみに伝える景。
「景もね」
そうだ。そういえば景も隠れてなかった。景も教室の中で堂々と本を読んでたじゃないか。あれも隠れていたとはとても言えない。
美羽は思う。
――このかくれんぼ、本当に皆勝つ気はあるのかしら。本気でやっている私が馬鹿らしくなってきたわ。
「那由多さんはぁ、何故こんなにも分かりやすいように隠れたのでしょうかぁ?」
つぐみが疑問を口にする。皆忘れているかもしれないがこれはかくれんぼ。那由多は何故こんな分かりやすい隠れ方をしているのだろうか? というか隠れていると言えるのだろうか?
「それはつぐみと同じ理由でしょうね」
美羽曰く、那由多も独りぼっちが寂しかったのだろうと。
確かに那由多は特に、常に誰かと一緒に居たいような性格だ。独りでいることが嫌いな性格だ。もしかしたら、このかくれんぼ最初からこの家庭科室に居たのではないだろうか? というのが美羽の見解だ。
「なるほどぉ。那由多さんも寂しかったんですねぇ」
もしかしてゲーム部部員には寂しがり屋が多いのだろうか? いや、そんなことはないはず。美羽も景も、独りでも大丈夫な性格だし。
――ふぅ。よし、準備もとい覚悟は出来たわ。
覚悟が決まった美羽は皆にこう告げる。
「開けるわよ」
「うん」
「おう」
「オッケー」
「了解ですぅ」
景、崚太、加奈、つぐみの順に三者三葉の言葉が返ってくる。この場合四人だから四者四葉? ……語呂悪いな。
ガラガラと扉を開ける美羽。次いでもう居ることが確定していた人物に目を向けこう言った。
「那由多、見つけた」
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次回投稿予定は明日の同時刻です。
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