或る日のデストルドー

まつり

先生

小学校2年生だったか3年生だったか、とにかく10歳前後のある日、放課後に公園で虫取りをしていた。


今となってはちょっと触るのすらどうかと思うが、とにかくその頃は虫を毟るのに凝っていた。


幼少期の無邪気な暴力は成長過程に必要なプロセスらしく、なんの問題もないとか言われているので、まぁ、当時は問題なかったのだろう。


秋茜を捕まえて、足をねじねじと一つ一つ抜き取り、羽を端から破りながら背を割かないように気をつけて取ってから元の草むらに戻す作業を何日も飽きずに行っていた。


もしかしたら、殺してはいないから悪い事だとも思っていなかったのかもしれないと、今は感じる。

すぐに弱っていって、猫やハラビロカマキリやクロオオアリなんかの餌になるだけの運命だろうが、まだその秋茜のその後を想像する知性は無かった。



「虫には痛覚がないらしいよ。」


公園でいつもの様に過ごして居ると、そう話しかけられた。


歳の頃は…そうだな、正直わからない。

男だという事は分かったが、子供の頃に出会う大人なんて、「大人」という括りに入れてしまって年齢なんてよく分からないだろう。

そんなに歳はいってなかったと思うが。


平日の15時頃に私服で公園にいるのだから、大学生とかだったのかもしれない。


「痛覚ってなに。」


「痛いって感じる感覚のことさ。」


「ふぅん。」


プチプチと虫を毟っている俺について周り、度々何を思ってそうしているのかを聞いてきたがそれだけだった。


俺は大人が楽しんでいる事が嬉しかったのだろう。

興が乗って少しづつエスカレートさせていると、最後には虫を殺してしまった。


少しだけ罪悪感が沸いて、その男の人にお墓を作った方が良いだろうかと聞いた。


「誰も虫の幽霊は見た事ないし、弱肉強食の野生の生き物だ。

君に殺されたことも案外納得しているのかも。

放っておけば必要な虫が食糧にするし、変に埋めるよりも無駄にならないよ。」


「虫の幽霊はいないの?」


「見た事もないし、聞いた事もないなぁ。

そもそも幽霊を見た事もないけどね。」


「そうなの?

虫の幽霊が居ても気が付かないだけじゃなくて?」


「…おぉ、それは盲点だった。

確かに僕らが普通に生活していて、虫の幽霊に気がつく事なんてないだろうね。


子供の感性は侮れないなぁ。」


確かそんな感想を言っていたと思う。


「蠱毒っていう呪いがあってね。

毒虫を一つの甕に沢山入れて、最後に残った1匹を呪いの触媒にするっていう手法があるから、もしかしたら虫にも魂があって、気が付かないだけで幽霊もいるのかもしれないね。」


「毒虫最強トーナメントのチャンピオンを決めるの?」


「おぁ?

まぁ、そう、だね。

そんな名誉ある大会みたいに言われると困るけども。」


「スゲェ〜。」


「…呪いの話をして脅かそうと思ったら、あまりの純真さにこっちが驚いてしまったな…。


これが呪い返しってやつか。」



先生との出会いはこんな感じだった気がする。

先生はたまにやって来てオカルトな話をしてくるのだ。


何故、先生と呼んでいるかというと、本人がそうしてくれと言ったのだ。


「君くらいの子供と僕くらいの大人が話していると、何も悪い事してなくても、僕が逮捕されちゃうかもしれないからさ、先生って呼んでよ。


そうしたら誰も通報しないと思うから。」


今考えるとそれでも余裕でアウトだが、実際先生は俺と会っている時に捕まったりはしなかったのだから一定の効果はあったのだろう。


大人を先生と呼ぶのにも抵抗はなかったし、むしろそれが親しみやすくした気がする。


いつまで続いたかよく覚えていないが、色々な話を先生とした。

それは俺のその後に多大な影響を与えている気がする。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る