第3話 焼け!焼くんだじょー!
「ほ、本当か?本当に食べ物を用意してくれるのか?」
「はい。用意しますよ」
「やったー!飯が食えるぞー!」
もっと警戒されるかと思ったけれど、村人達はあっさり私を信用して迎え入れてくれたよ。詐欺とか簡単に引っ掛かりそうだけど大丈夫?まあ、それだけ良い人達ばっかりって事なんだろうし、そんな人達からありったけの食料を奪った田中達に憤りを覚えるよ。
「早速作ろうかなって思うんですけど、竈とかって借りられますか?」
「だったら、うちの竈を使いなよ」
そう言って私を家に招いてくれたのは恰幅と気風の良いおばさんだった。
「あたしはゲルデさ。よろしくね」
「愛奈です。よろしくお願いします」
御法澤って苗字は私が持つ唯一の個性だけれど、日本人でも覚えて貰えないぐらいだから言わなくて良いよね。
ゲルデさんの家の竈は、何と言うか…原始的?石積みの台の中で薪を燃やして、その上に深鍋を置くってキャンプみたいなスタイルかな。日本にあるガスコンロとかIHコンロを使ってるインドア日本人からすると難しそうだけれど、それでもどうにかするしかないね。
「この台で調理をして良いですか?」
「構わないよ。好きに使いな」
竈の横にある木組みの台座を使って調理を開始。する前に食材を出さなきゃね。白い粉で何を作るのかって話だけれど、あんまり時間を掛けるのも悪いからすぐに出来る薄焼きパンでいくよ。
「強力粉、薄力粉」
サラサラサラ
まずはサイババ風に小麦粉を用意する。今回は2つの小麦粉を混ぜるんだけれど、強力粉が8に対して薄力粉が2ぐらいの配合にするよ。
強力粉と薄力粉の違いは、小麦の種類が違うってのもあるんだけれど、もっと簡単に言うとグルテンの含有量が違うんだよね。
グルテンは小麦のタンパク質で、多く含まれてる方が粘りが強くてモチっとした食感になる。一般的な家庭でよく見る薄力粉はグルテンの含有量が少なめの8%ぐらいで、粘りが少ないから天ぷらとかお肉の頃もとかに使われるんだよね。あとは軽い食感のお菓子とかね。
強力粉はグルテンの含有量が12%前後もあるから薄力粉と比べると粘りが強くて食感ももっちり。パンとか皆大好きラーメンの中華麺なんかに使われてるのは、この強力粉なんだよね。だから家でパンを作る家庭には必ずあるのが強力粉だね。
因みに中力粉は名前の通り二つの中間的なポジションで、グルテン含有量は10%前後。用途がうどんとか餃子の皮とか限られてるから、中力粉を常備してるって家庭は少ないんじゃないかな?値段は強力粉>薄力粉>中力粉って感じだから一番やすいんだけどね。
「へぇ、つまりこれは食べられる粉って事なのかい?」
「口に出てましたか!?」
やってしまった…。私、結構な頻度で自分の世界に入り込んじゃうんだよね…。しかもうんちくじゃないけれど、つらつら語ってしまう悪癖があるの。誰に説明してるんだよって話なんだけれど、止められないんだな、これが。
「つ、続きをやっていきますね。粉糖、塩、ベーキングパウダー」
普通だったら上白糖とか三温糖とか健康志向ならきび砂糖とか使うんだけれど、上白糖は粒が大きいし他の二つは色が付いてるから白い粉じゃ出なかった。粉糖は上白糖の粒を細かくしてるものだから、代わりとしては十分だし問題無いんだけれどね。
粉糖は少々。塩も少々。ベーキングパウダーは小麦粉の生地を膨らませるのに使うよ。一般的にはパンを作る時ってイーストを使ってて、イーストを使ったパンが家庭に並ぶ所謂パンなんだけど、ベーキングパウダーはイーストの代用になる。代用と言うか、似て非なる物って感じだけれどね。
イーストは糖を栄養にしてパン生地を膨らませてくれる微生物の事で、異世界物で出てくる言い方だと酵母ってやつね。この酵母を使うとパンだけじゃなくってお酒とか味噌も作れるから、日本人が主人公の作品だと登場しがちだよね。リンゴに似た果実を使った天然酵母とか、よく見るよね?
そんなイーストに対して、ベーキングパウダーは水分に反応して炭酸ガスを発生させる、別名ふくらし粉。主成分は重曹だから重曹でも代用は出来るんだけど、パンとかお菓子を作る時にはベーキングパウダーの方が定番だね。
味が少し独特だからイーストを使った方が美味しいって感じるけれど、イーストを使う場合の発酵時間を省略出来るから、手早く作るならベーキングパウダーを使う方が良いのよ。そもそもイーストは白い粉じゃ出せないからベーキングパウダー一択なんだけどさ。
「妄想は終わったかい?」
「しまった!またやってました!?こほん。えーと、水はありますか?」
「あるよ。湧き水の出る井戸があって、水だけは豊富な村だからね」
ゲルデさんが逞しい腕で水瓶を運んでくれたから、調理を開始するよ。
「あたしも興味があるから作り方を教えてくれるかい?」
「勿論です。沢山作らなきゃだから、手伝ってくれたら有難いです。まずは台の上に出した粉を混ぜて、それから水を加えながら様子を見て生地を作っていきます」
家で作る時は小麦粉を100gとか200gとかで作るんだけど、今回は500gぐらいで作っていく。ゲルデさんに説明を挟みながら瓶の水を加えていくよ。計量スプーンでも計量カップでもなく柄杓みたいなのを使ってるから勝手が違い過ぎるけれど、様子を見ながらならどうにかなるでしょう。
水が多過ぎたら白い粉を足せばいいからね!白い粉最高!言ってる事がジャンキーみたいだけどね?私は違うからね?
いつもだとボウルに入れて、大体3回から4回に分けて水を加えていくんだけど、ボウルなんて無いから粉の真ん中に窪みを作って台の上でやっていくよ。
1回目は殆んど粉の状態。2回目は生地の一部がぼそぼそしてくる。3回目である程度全体をまとめられる様になって、4回目で微調整して丁度良い生地の水分量にしていく。水が少ないと粉っぽいし、多過ぎるとべたべた手に付いちゃうから加減が難しいんだよね。
粉っぽさが無くなったら捏ねて捏ねて、表面がつるんとなったら生地を休ませるよ。イーストを使ってないから発酵時間は必要無いんだけど、生地を休ませるとグルテンを落ち着かせたり均一に水分が行き渡ったりって効果があるらしいよ。自分で試してないから聞き齧りだけれど。本当はラップをして乾燥を防ぐんだけど、ラップなんて無いだろうから多少の乾燥は諦める。休ませる時間は15分ぐらいね。
生地を休ませてる間にゲルデさんにも手伝って貰って生地作り。パワフルだから1kgぐらい平気で出来そうだよ。
「生地を休ませたら、6等分ぐらいにして薄く伸ばしましょう」
台に打ち粉をして棒状に伸ばしてから6等分にしようかな。いつもはスケッパーでやるんだけど、そんな道具も無いからさ。打ち粉には強力粉を使うよ。家なら節約したくて中力粉で代用したりもするけれど、強力粉も白い粉で出し放題だからね。
生地を伸ばすもの麺棒が無いから手でやるよ。形は適当…というか、私が今作ってるのはナンだから、形の正解なんてあってない様なものだよ。ナンだったら厚みにムラがあっても誤魔化しは利くからね。寸胴みたいな鍋の形的にも丁度良さそうだしさ。
「伸ばしたら火にかけた鍋の側面に生地を貼り付けて焼いていきます」
別に鍋底で焼いても良いんだけど、何となく気分的にね?本場のナンって壺の側面で焼いてるイメージがあるでしょ?あれのパクリ…インスパイア焼きだよ。それに鍋底だけだと1枚か2枚しか焼けないけど、側面も使えば一気に何枚も焼けるじゃん?効率を考えても側面で焼くって発想は完璧だよね?
「こんな白い粉、食べられるのかって思ってたけれど、何だか良い匂いがするねぇ」
「小麦粉の焦げる香ばしい匂いですよね。遠赤外線で焼いてる訳じゃないから表面に焦げ目が付かないって忘れてましたけど、もう食べられると思います」
とは言いつつも、生の小麦粉を食べると食中毒の心配があるから、表面も鍋底で軽く焼くよ。そして完成したナンは、所々プクーっと生地が膨らんだ良い感じの仕上がりよ。これなら十分成功って言って良いんじゃないかな?
「ちょっと味見してみますか」
「そうだね。味見は作った人の特権ってやつだしね」
ナンを半分に裂いてゲルデさんと味見。
「んー!材料が白い粉だけでも十分美味しい!やっぱりパンは焼き立てだね!」
イーストの代わりにベーキングパウダーを使ったから、独特の苦みは確かにあるかな。けれど、牛乳もヨーグルトもバターも使わずに作ったにしては上出来だよ!小麦の香りを強く味わえる焼きたてのバフが乗ってるのが美味しいね!
「こいつは美味いね!こんなに柔らかいパンは初めてさ!ほんのり甘くて味が良いし、香ばしい良い香りもして最高だよ!こいつを皆に振舞ってくれるのかい?」
ゲルデさんの口にも合ったみたいで良かったよ。
「勿論です。同じ味ばっかりじゃ飽きるから、粉糖を掛けて甘みを付けても良いかもですね」
「それは最高じゃないか!あたしも手伝うから、沢山作っていくよ」
「はい!ありがとうございます!」
私は頑張って白い粉を出して捏ねては焼き、白い粉を出して捏ねては焼きを繰り返して、どうにか村人38人分の薄焼きパンを焼いたよ。ひとりにつき2枚ずつ用意したけれど、もう腕がパンパン。パンを焼き過ぎて腕がパンパン。
…。
パンを焼くのは楽しいんだけどさ、田中の尻拭いをしてるって思うと、ちょっと微妙な気持ちになったりならなかったりだよね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます