【06-d】再会
朝になっただろうか。窓からはダークブルーに雲がかかっているようで時間は分からなかった。そもそもリドの円環を一周しているラピュタに時間の概念はないのかも知れない。
ロゼッタは棺のようなベッドから目をこすりながら起き上がると、机の上の昨日Dr.ブネがくれたケースが気になった。
杖を手に取りケースに先端をかざすと、青白いヴィジョンがヴンと現れた。そこに表示されている文字をロゼッタが「ふむふむ」と読み解くと、すぐヴィジョンを消した。
「なるほど、そういうことね。でも、これだけ渡されても困るわね……」
と悩んでいる時に、就寝スペースの金属の引き戸がウィーンと開いた。
「おはようございます! 気分はいかがですか?」
訪ねてきたのはアルタイルだった。元気いっぱいに挨拶をしてきた。
「ああ、アルタイルさん。ええ、私は問題ないのですが……地上に置いてきた仲間が……」
ロゼッタはベッドに座りながら俯く。アルタイルは「うんうん」と頷いて、
「分かります……私も守るべき国民たちを置き去りにしてきましたから……皆に申し訳ないことを……」
ロゼッタは首を横に振る。
「仲間が心配になるのは人として当然です。それに、まだ遅くないですよ。皆で民を守りましょう!」
「ロゼッタさん……そこまで言ってくださるなんて……う、うぅぅぅ……」
アルタイルは目に涙を浮かべ、唇はプルプルと震わせている。すると、ロゼッタにガバッと抱きついた。
「なんていい子なんでしょう……! もう、私と結婚しませんか……?」
「ええ!? ち、ちょっとアルタイルさん! 私、同性ですから……! それに……その……」
ロゼッタはアルタイルに抱きしめられたまま、「あーっと、えーっと……」と考えを凝らす。アルタイルがジト目で見つめる中、ロゼッタは咄嗟に口にした。
「その……好きな人が……いるんです……」
しまった、と思ったロゼッタ。顔を赤らめる。
「好きな人! それは聞き逃がせませんねぇ……! あのあの! 誰なのどんな人なんですか!?」
アルタイルは興味津々で目をキラキラと輝かせて、矢継ぎ早に質問する。そんな目と合わせられるわけもなく、ロゼッタは目をそらす。
「そ、それは……」
すると、ピンポンパンポーン! と天井から音がした。
「やぁ、諸君。Dr.ブネだ。ここには時間の概念はほぼないが、食事の時間だ。ここで栽培、養殖したものだが味はなかなかいいから、早く来たまえよ!」
とDr.ブネの放送が終わり、ロゼッタはそれがチャンスと思ってアルタイルの脇を逃げるようにすり抜けていった。
「あ、食事ですって! 早く行きましょう! アルタイルさん!」
「あ~! 逃げる気ですね〜! 食事中も尋問しますからね〜!」
それから食堂らしきスペースで、干し肉がメインのサラダや白パンを添えた食事をごちそうになったロゼッタたち。ロゼッタの隣に座ったアルタイルの質問攻撃を無視しない程度にかわした。それでもロゼッタやアルタイルは楽しそうに食事を終えた。
その後ロゼッタは、自分がラピュタに転送された転移ハッチとDr.ブネが呼称した場所をアルタイル、そしてDr.ブネと張り込んでいた。
「あの〜……本当に来るのでしょうか?」
アルタイルがロゼッタに尋ねると、ロゼッタは「絶対来ます」と言ってその場から離れない。
「そもそもDr.ブネ。どうして公衆トイレを転移先にしたんですか?」
ロゼッタが唐突にDr.ブネに聞くと、自慢気に「敵の目を欺くためさ。いい考えだろ?」と言う。
「最低」
「最低ですね」
ロゼッタとアルタイルにズバッと言われ、Dr.ブネは右手で頭を抱える。
「というか、ラピュタの軌道上が偶然そこだったんだから仕方ないんだよ。アルタイルさんたちは街の路地裏だったからね。まぁ、ロゼッタさん。つまり共和国の地点で仲間が追ってくると言うんだね?」
「そのはずです」
ロゼッタはジーッと転移ハッチを見つめる。途中で食事の時間が来ても、アルタイルに食事を運ばせてそこから動くことはなかった。
「もしかして、これから転移してくる人がロゼッタさんの想い人?」
「ぶっ! けほけほ……!」
アルタイルにそう言われると、ロゼッタはむせて咳き込んだ。アルタイルはキランと目を煌めかせる。
「なるほど……その人が私のライバルということですか……」
「ら、ライバルって……」
「当然です! 私のハートを射止めたロゼッタさんには責任をとってもらわないと!」
「いつ私がハートを射止めたんですか!?」
ロゼッタとアルタイルがぎゃあぎゃあと騒いでいると、転移ハッチの転移陣が赤く光りだした。
「これって……!?」
「共和国上空に来た。公衆トイレにだれかいたみたいだね」
と後ろからDr.ブネが歩きながら話しかけてきた。
「でも、公衆トイレはだれでも入るところじゃないですか。関係ない人が転移に巻き込まれたら……」
アルタイルは懸念を口にするが、Dr.ブネは「ノープロブレム」と言う。
「巻き込まれたら記憶を消して地上に送り返してるから大丈夫!」
堂々と大丈夫と言うDr.ブネの保証にアルタイルは心配になって「ホントですかねぇ」と呟いた。
「それより、ほら今回は2人のようだ」
Dr.ブネが転移ハッチを指差すと、2人分の光が構築されていく。足から胴体、顔のシルエットが再現されていき、やがて色づいていく。
一人は幼児体型で赤い髪をお団子に結った少女。もう一人は紺色のコートを羽織った眼鏡をかけた青年だった。2人は光が収まると、キョロキョロと辺りを見回した。
「ビンゴですの……!?」
「ほら、言った通りだっただろ?」
紛れもないそれはロゼッタが待ち焦がれていたセレスと汰輝、旅の仲間たちの姿だった。
「タキ……! セレスさま……!」
ロゼッタは2人の元へ駆け寄り、両手で2人の肩を抱く。
「ロゼッタ……! やはりここにいたのか!」
「ち、ちょっと! 離れなさいですわ!」
2人はいきなり抱きついてきたロゼッタを引き剥がそうとしたが、ロゼッタが目尻に涙を浮かべているのを見たら、そうもできなかった。
「また……離ればなれになって……私、どうしようかと……」
セレスは抱擁に応じて、
「まったく……本当に歳下なんですから……」
汰輝は水色の長い髪を触れるか触れないかくらいの感覚で撫でる。
「済まなかったな、少し遅れた」
「まったくよ、もう……!」
ロゼッタは離れて目尻の涙を指で掬うように払う。
一方、アルタイルとDr.ブネはいつまでも静観するわけにはいかず、3人に歩み寄った。Dr.ブネが紳士のように挨拶をする。
「お二方、はじめましてだね。僕はDr.ブネ。ここで彼女らの世話をさせてもらったよ」
汰輝はロゼッタに「そうなのか?」と尋ね、頷かれると「世話になった」と礼を言った。
すると、片やセレスはアルタイルを見て、唖然としていた。無理もない。ずっと探していた人がそこにいたのだから。
「アルタイル……ですの……?」
「はい、アルタイルですよ。姫様ご心配おかけしました」
アルタイルはセレスに跪くと、セレスはアルタイルに向かってタックルするほどの勢いで抱きつき、アルタイルを仰向けに転ばせる。
「いててて……姫様……?」
「もう……! ワタクシがどれほど心配で……必死で……!」
セレスは涙を垂れ流して、アルタイルの鎧に弱い拳を叩きつけた。
そんなセレスにアルタイルは前髪を撫でる。倒れ込んだアルタイルに汰輝が話しかけた。
「あなたがアルタイルさんか。女の人だったとは……」
「は、はい。私がレナ・アルタイルです。あなたが姫様をここまで導いてくださったのですね」
「ああ、俺は照沼汰輝。異世界から来たが、今はブリリャールの遣使をしている」
「……異世界から!? そりゃ、因果なことに巻き込まれたね〜」
汰輝の言葉に反応したのはDr.ブネだった。そんな彼に汰輝は懐疑な目で睨む。
「アンタ……もしかして異世界を知ってるのか?」
「知ってるよ〜。『ワームホール』使ったでしょ?」
ワームホール。その言葉を聞いて汰輝は切羽詰まった様子でDr.ブネの両肩を掴んだ。
「どこにある? アンタが持ってるのか?」
「いやいやいや。確かに開発したのは僕だけど、他の悪魔に奪われちゃったんだ……」
「他の悪魔だと? 誰だ、それは!?」
「と、とりあえず落ち着いて……! 目星ならついてるから」
Dr.ブネは汰輝と距離を離す。もうセレスは落ち着きを取り戻して汰輝たちの話を聞いている。
「あの、汰輝。タロットトリガーだっけ? それを流通させた悪魔がいるんだって」
今度はロゼッタが汰輝にDr.ブネから聞いたことを話す。悪魔はDr.ブネを除いて、クロセル、アモン、そしてグレモリーがいること。それを聞いた汰輝は驚愕した。
「グレモリーだと……!」
「その悪魔がこの世界の人や精霊をカードにしてるんですよね?」
アルタイルの確認にDr.ブネは「そうだね」と肯定し、汰輝は握り拳を作る。
「その悪魔たちをとっちめれば、カード化騒動は止まって、ワームホールのカードも手に入るだろう」
Dr.ブネがそう予想するが、簡単なことではないことをこの場にいる者たちは分かっているだろう。その悪魔たちの根城も知らないのだから。
「Dr.ブネは何か知らないんですか?」
ロゼッタが尋ねるが、Dr.ブネはいい顔をしておらず、「詳しいことは……」と首を横に振った。
「このラピュタに特殊な結界魔法が敷かれていてね、僕はここから出られないんだよ。だから、他の悪魔が何をしているか、僕にも窺い知れないんだ」
この場にいる誰もが沈黙してしまう。打つ手も宛も振り出しに戻ってしまった。その沈黙を破ったのはDr.ブネだった。
「汰輝くん、だったかな? ロゼッタくんから君はマキナデッキを使っていると聞いたよ。良かったら、これを受け取ってくれないか?」
Dr.ブネがポケットからタロットリボルブのデッキカートリッジを取り出し、汰輝に差し出した。
「これは……?」
「マキナデッキの強化パーツだよ。彼らに勝つにはデッキを強くするしかない。僕には残念ながらそれしかできない……」
汰輝はカートリッジを受け取って、中を確認した。すると、汰輝は訝しげな顔でデッキを睨む。
「これは……本当にこれが使えるのか……?」
「グレモリーたちも力をつけつつある。対抗するには使うしかないだろう。あと、このカードをそうだな……お嬢ちゃんに託そうか」
Dr.ブネは更にポケットから1枚のカードを取り出しセレスに手渡した。それはなにも描かれていないカードでイラスト部分に青白い『χ』の形に似た紋章が刻まれている。セレスは首を傾げる。
「それは契約のカード。確かブリリャール王族は魔物と意思疎通できるみたいだから、何か君の役にたつかと思ってね」
「何かってなんですの……?」
その時だった。
高いマグニチュードレベルでグラグラと揺れ、ラピュタの照明が赤く激しく点滅しサイレンがけたたましく鳴り、耳をつんざく。大きな揺れに皆がバランスを崩して転倒した。やがて女の声のアナウンスが響き渡る。
『警告。全乗組員に警告します。本艦は地上からの攻撃を受けました。繰り返します。地上からの攻撃を受けました』
To Be Continued……
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