第壹章   霞童子悲恋譚㉕狭穂彦王の叛乱の真相〜狭穂彦王の叛乱・本番〜(【生神サクヤ】【死神チルヤ】視点)

 外には武装した兵と、驚くべきことに【伊久米大王(垂仁天皇)】が御自ら出向いて来ていた。


 外の様子は【大闇見戸売おおくらみとめ】が【先住者の姿】である【まほろば鳥】に【変化へんげ】して上空から見渡して逐一【サクヤ】と【チルヤ】へ【念話】で情報を送っている。


 サクヤ「真秀、準備はいい!」


 真秀「はい!」


 真秀は短く切った髪の上にカツラを被り、あらかじめ切れやすくした【玉飾りの腕輪】を装着して、酒に浸した衣装を身につけた。


 外にいる【朝廷軍】は【武人】なので【先住者】の強靭な腕力と脚力を有する真秀が【狭穂姫】に成りすまして出て行くことになった。その為に真秀は長い髪を短くしている。【古代】では髪を短くするのは、水中で猟をする【水夫】ぐらいで『髪は女の命』と言っていた時代に自ら髪を短くした真秀は相当肝が座っている娘である。


 チルヤ「ここからは、ぶっつけ本番!でも、ヤバいと判断したら私が【時間】を止めるから万が一捕まっても抵抗しないで!」


【チルヤ】は真秀が捕まったら【時間】を止めて捕まえた奴の腕ごと真秀を取り返すと、物騒なことを座った目をして言っているので真秀は捕まらないように気をつけようと決意する。 


 そして真秀は、扉を開けて腕には赤ちゃんを抱いて外へ出た。


【伊久米大王】は、【狭穂姫】が生まれたばかりの【皇子】を抱いて姿を見せたので【兵】たちに【剣】や【槍】を納めよと命じている。


 そして謀反を企てた【狭穂彦】を罷免することはできないが、【狭穂姫】は【今代】の【大王】唯一の【后】なので、不問とすると約定を述べて【狭穂姫】に扮した真秀へ戻っておいでと言った。


 真秀は、ゆっくりと一歩ずつ前へ踏み出す。


 ゆっくり進みながら真秀は【兵】を見回す。【伊久米大王】は【剣】や【槍】を納めよと言ったが、【先住者】の真秀には【兵】が抑えているつもりの【好戦的】な気配が感じ取れる。


 真秀は赤ちゃんだけ置いて逃げられそうかな、と退路を探るように見回すが視線の先に投げ網が目に入った。そして、【狭穂姫】に扮した真秀を捕まえようと手が伸びた。


 真秀はひらりとかわすが、髪を掴まれていた。髪を掴んだ男は得意げな表情をしている。もう逃げられないと確信した笑みだが、真秀はザンネン想定済みだよ、と呟くと髪がスルリと滑り落ち、そこには水中で猟をする【水夫】のような短い髪型をした真秀の姿があった。


【伊久米大王】は、【狭穂姫】が髪を短くしてカツラを被っていたことを知り、発狂寸前になる。この時代は『髪は女の命』なのだ。艷やかで美しい髪の女を妻にしていることは男性の立場でも優越感がある。それが短くなっていることに【伊久米大王】は、ショックを隠しきれない。


 更に伸ばされた手が今度は腕の【玉飾り】にかかるが、ブチッと紐が切れて【玉飾り】がそこかしこに転がり、【兵士】の数名は玉の上に乗り上げて足をズルッと滑らせて転倒した。小さな玉粒でも走ったり踏み込んだりチカラがかかると足裏が滑るのだ。


 流石に女性の衣装に手をかける無礼はないと思っていたが、緊急事態なのでそんな配慮をする者はいなかった。【狭穂姫】に扮した真秀の衣装に手がかけられた。


 真秀「【大王】の【后】の衣装に手をかけるんだ。必死だね。でも、これも想定済みだ!」


 真秀は疾走した。衣装に手がかかっていたが、この衣装は酒に浸して脆くなっている。ビリビリと衣を裂く音もなく衣装が裂けていく。衣装に手をかけた男は、手応えなく衣装が裂けたことで全て予想して逃げる準備をして姿を現したことを察した。


【先住者】の真秀の脚力に追いつける【兵】はいない。しかし、追いつけないとなると足を止めればいいと考えたのだろう投げ網が投擲された。

 

 これを逃げ切るのは無理だなと真秀が諦めかけたその時、漆黒の身体の巨大な【大蛇】が真秀と【兵】を分けるように立ち塞がった。


【大蛇】は【真紅の瞳】を向けて【念話】を送ってきた。


 闇嶽之王“真秀、赤児を置いて行け!【人間】どもは俺が引き留める!”


 突然現れた巨大な【大蛇】に【伊久米大王】は驚きのあまり声を失くす。【兵】たちは恐慌状態に陥るが、手にした【槍】を投擲したりや【弓矢】を射たりする。


闇嶽之王くらみたけのみこと(蛇神体)】は蛇が獲物を丸呑みするように口を開けると、紅蓮の炎を吐いた。


 一瞬で、四方八方の【矢】は灰燼と化し【剣】や【槍】は溶かされた。


【兵】たちは、パニックを起こしながらも馬鹿の一つ覚えのように武器を投擲する。


 真秀(こんなの打ち合わせになかったよ!)


 真秀は不測の事態に、まだ動けずにいると【闇嶽之王(蛇神体)】は早く行けと急かす。


 闇嶽之王「お前が動かないなら、あの【大王おおきみ】もろとも【人間】どもを蹂躙してみなごろしだ!」


 完全に脅しである。助けるはずが脅迫になっている矛盾に【闇嶽之王(蛇神体)】は何かが間違っている気がするが、真秀を動かす為に手近な【兵】を尻尾で巻き取ってグルグル回して見せた。


 真秀「【上様】!言う通りにします!言う通りにしますから、離してあげてください!」


 真秀は、大慌てで地面に【皇子】を置いた。


 闇嶽之王「何をしている?お前が戻らなければ、この【人間】は投げ飛ばしてみせようか」


【皇子】を置いた後、動こうとしない真秀へ再び脅す。


 真秀「【上様】………私なんかの為に、ありがとうございます!」


 真秀は、深々と頭を下げて振り返らずに燃え盛る炎の向こうへ走って行った。


 闇嶽之王「なんかじゃねえよ………お前の母と兄が殺された贖いには足りないが………無事に【時空】を越える時間稼ぎはしてやる」


【闇嶽之王(蛇神体)】は、【朝廷軍】が悪あがきのようになおも投擲する【槍】や射掛けてくる【弓矢】】を炎をひと吹きして灰燼に変えてしまう。普段【人型】で抑圧しているものを発散するように大暴れした。


 この瞬間、『【時間】に干渉する【異能力】』が働いた。


【伊久米大王】はじめ【朝廷軍】は【兵】が動きを止めてピクリとも動かない。


【闇嶽之王(蛇神体)】は【時間】が止まったことを悟る。尻尾で振り回していた【兵】は涙目で悲鳴を上げていたがピクリとも動かない。【闇嶽之王】は尻尾のグルグル巻きを解いて【人間】をポイ捨てした。扱いがぞんざいだ。


 そこへ声がかかる。


 サクヤ「【みたけ様】!ヒューヒューカッコいい!」


【サクヤ】は、【闇嶽之王】に伯父バカ全快と揶揄った。


 闇嶽之王「【先住者】の力量を目の当たりにして、【戦】を構えようとする愚か者はいないだろう」


 この場には【日子坐ひこいます】と【美知能宇斯みちのうし】の姿と彼らの【兵】はいない。【サクヤ】と【チルヤ】の要求に答えた結果だ。


【サクヤ】と【チルヤ】の要求は【日子坐】と【美知能宇斯】は、【大王】の挙兵に何もせず静観していればいいというだけであった。しかし実際にはこれが難しい。【大王】自ら出陣する討伐に参戦しないのは忠義心を疑われる。


【日子坐】と【美知能宇斯】は、子あるいは異母弟が相手で手を抜いたもっと言えば逃走を手引きしたと不忠の疑いをかけられるのは不名誉の上塗りだと、もっともらしい理屈で【伊久米大王】をウマく丸め込んで不参加の許しを得た。


 謀反を起こした子の不名誉は親兄弟がそそぐものだと他の【官吏】たちは口々に罵ったが、【伊久米大王】は幼くして即位した際に【日子坐】や【美知能宇斯】に多大な恩義があったことと、先代の【御真木大王みまきのおおきみ(崇神天皇)】は次に即位する【伊久米大王】が苦労しないように様々なお膳立てや備えをしてくれていた為に、世間知らずの【皇子】のまま成長して【大王】に即位したので親兄弟で争わせるのは酷だと甘い判断をしたのだった。


 ゆえに【伊久米大王】は【日子坐】率いる【和邇わに一族】と【美知能宇斯】率いる【丹波一族】【淡海一族】の最強三兵力を欠いた状態である。


【闇嶽之王】は【蛇神体】から【人型】へ姿を【変化へんげ】させると静止した【伊久米大王】を見る。驚いた表情でちょっと涙目になっている状態で時間を止められているのが何とも可哀想な感じだ。


 サクヤ「【イクメ】のみっとも情けない顔最高!写メのない時代なのが残念ね。この顔見るだけでメシウマなのに!」


【サクヤ】は人差し指と親指を直角にした左右の指を合わせて指でフレーム作り、動き回って様々な角度から【伊久米大王】の顔を指フレームの枠内に収めて観察している。写メやメシウマは【闇嶽之王】には理解できない単語だが、【サクヤ】が【ニニギノミコト】の直系子孫である【大王】へ向ける悪意は理解できた。


 闇嶽之王「おい、遊んでないで動けるようにしてやれ。………こいつ、【狭穂】が消えたら面倒くさいことになるぞ」


【闇嶽之王】は【狭穂姫】を喪失した【伊久米大王】が、立ち直れないくらいに沈む姿が目に浮かんだ。

 

 サクヤ「そうね。時間を止めたままだと、コイツのドン底顔が見れないわ。【チルヤ】動かしちゃってー!」


【チルヤ】に向けてフィンガースナップをする【サクヤ】を見て、この情けない表情で充分満足だろうと【闇嶽之王】は思ったが、【サクヤ】はお前の惨めな姿をもっと見たい、とかつて【日本神話】随一の美女と謳われた姿の片鱗すら残らない加虐嗜好者になっていた。


 チルヤ「ふう………【狭穂】が『火中出産』するって言った時は、そこまでしなくてもと思ったけど、いい演出だったみたいね」


 静止させていた【時間】を動かした【チルヤ】は、【狭穂姫】に扮した真秀が地面に置いて行った【嬰児】を腕に抱いて泣き崩れる【伊久米大王】を見て言った。


 かつて【ニニギノミコト】に子の父親を疑われて【コノハナサクヤ】は【火中出産】で【男児】が生まれたら、子の父親は【ニニギノミコト】だと【誓約うけい】により【コノハナサクヤ】は3人の【男児】を出産した。現在【管理者】となった【サクヤ】と【サクヤ】の内面が【生命体】になった【チルヤ】の経験談を【狭穂姫】は再現した。


 チルヤ「あの様子なら、父親を疑うことはなさそうね。まあ事実は『托卵』なんだけど」


 でも【未来人】情報では次の【大王】は【伊久米大王】と【日葉酢媛ひばすひめ】の子だそうだから【嫡子継承】の決まり事からは外れない、と【チルヤ】は【伊久米大王】の抱く【嬰児】を見る。【大王】になる【未来】ではないが、【伊久米大王】は【狭穂姫】に未練を残しているので生まれた子は大切に育てるだろう。


 私たちはもう【天上界】へ帰ります、と【サクヤ】は言って【みたけ様】もお帰りになるなら私たちの帰還の際に【天の扉】を開くので【人間】たちが【光り輝く御柱】に気を取られている間にどうぞと、便乗を勧めて【サクヤ】と【チルヤ】は姿を消した。




   ◆   ◆   ◆




【時間】が動くと、【朝廷軍】は巨大な【大蛇】がいた辺りへ矢を射掛けたり、投擲をするが、そこには【大蛇】の姿がなかった。


 代わりに【伊久米大王】の目の前に【嬰児】が置かれていた。


【伊久米大王】は、この【嬰児】は【狭穂姫】の産んだ子だと直感だけでそう思って周りの制止を振り切って【嬰児】を抱き上げる。そして燃え盛る館に視線を向けた。

 

 あの燃え広がりようでは、中の者の生存は絶望的だ。その時、燃え盛る屋敷が神々しく光り輝き逆光で姿は見えないが、女性の声で【イクメイリビコ】よと声がかけられた。それは【伊久米大王】が生まれた時から【東宮(皇太子)】時代までの名である。


 ショックで発声がままならない【伊久米大王】は、代わりに顔だけを声のほうへ向ける。


 女性の声は、「私は【ニニギ】の妻【コノハナサクヤ】縁あって【狭穂姫】の遺言を預かった。【丹波の四姉妹】を娶れ」とお告げをした。


 神々しい輝きが消えると静寂の中で屋敷を包む紅蓮の炎のパチパチという音だけが響いていた。  


【狭穂姫】が火中出産をしたことにより、そのお告げは信憑性を増し【伊久米大王】は気乗りしないが、遺言は守って【丹波四姉妹】とお見合いを行った。


【四姉妹】の下2人は婚姻にはまだ早い年頃だったのだが、【伊久米大王】は元々乗り気でなかったことと【四姉妹】を押し付けられたことから苛立って下の2人へ「ブスはいらない」と不用意な言葉を投げつけた。奇しくも、【ニニギノミコト】が【イワナガヒメ】へ投げた言葉と同じであった。更に始末の悪いことに傷心で【丹波】へ帰る帰路で末の姫【マトノヒメ】は【弟国おとくに(京都)】の山中で谷底へ身を投げ自害した。


【マトノヒメ】の身投げを聞いても【伊久米大王】は無関心だったことから【日葉酢媛ひばすひめ】と【弟比売おとひめ】は、末妹の喪失の悲しみと【伊久米大王】への怒りから、末の妹の供養と称して十年に渡って接近禁止を告げ【伊久米大王】を遠ざけた。




◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+



 次で『霞童子悲恋譚』は完結ですが、『古事記』の『狭穂彦王の叛乱』部分のお話はここまでです。


 最終話は2XXX年の日本で満に発見された所を書いています。


 蛇足のようなオマケ話です。内容は【狭穂彦】と【狭穂姫】の改名や【現代】の【古族】の立場を書いた設定資料に近いものになります。




https://kakuyomu.jp/users/mashiro-shizuki/news/16818622175932254073

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る