第壹章   霞童子悲恋譚⑱狭穂彦王の叛乱の真相〜運命の出逢いと因縁の始まり〜

 将成まさなりは、【古代】での【旧支配者】との【戦闘】の結末を聞き終えると、【真若王】はどうなったのかと訊く。


 将成「【真若王】は、あのまま【魔界】に呑まれて【俵藤太たわらのとうた】に【転生】………いや【魔界】に呑まれたらそれは不可能だったな」


 朔「確かに、【魔界】に【転生】は不可能だった」


 はじめの口ぶりでは【魔界】に呑まれなかったように聞こえる。


 満「しぶとく生き残ったんか!色々ヤラカシた奴やから助かってるのを素直に喜ばれへんわ!」


 みちるの元にいる嶽斗がくと那岐なぎ真秀まほたちと【真若王】は血縁者なので助かってヨカッタねの流れのはずなのだが、満には色々と思う所があるようだ。


 朔「俺としても【真若王】には、あのまま『【地獄】巡り』をしてもらいたかった」


 朔は、【真若王】が生き延びたことが【霞童子】との未だに続く『因縁の始まり』だと言った。


 遙「ようやく本題か。【古代】の話なんて始めるからすっかり忘れていると思っていたぞ」


 本題と別の話でも遙が話をきちんと聞いていたのは、【古族・みづち族】の【若長】である【八岐大蛇ヤマタノオロチ】の扱いを決めかねていたからである。


 遙が『養子縁組』した【ロン一族】と【みづち族】の【トウ一族】とは敵対の対立関係にあるので、遙個人的には【八岐》は排除すべき害悪なのだ。しかし、未来で予測される【邪神】との【戦】が絡んだ場合、【みづち族】は【古族】では強豪種族の戦力なので私情で【八岐】に手を出せない。さらに【前世】は朔(闇嶽之王くらみたけのみこと)の異母弟なので、朔の顔を立てる意味で放置していた。


 朔「悪いが、もうしばらく【古代】の話を聞いてもらうことになる。この因縁の始まりは【八岐】の策略は一切絡んでいない」


 つまり、俗に言う『運命の人オム・ファタール』というヤツだ、と朔は言った。


 桂「朔………お前にしては、中々ロマンチストな言い方をするから一瞬、呆けてしまったぞ」


 実際に【霞童子】は【真若王】と死別後も生まれ変わりの【俵藤太】と出逢ったので、『運命の人オム・ファタール』と呼ぶのは的を射ているが、と桂は言葉のチョイスを評価した。




   ◆   ◆   ◆




【真若王】が目覚めると、彼を物珍しげに覗き込む少年少女の姿が目に入った。年の頃はまだ幼いわらしだ。しかし、【真若王】は、【八岐やまた】という【童】の姿をした凶悪な【先住者】に騙されいいように利用されて破滅したので、目の前の童2人に対して警戒して身を強張らせている。


 男童「あ………すっげー警戒されてる」


『警戒』という言葉の意味を知らなそうな年齢の少年がそう口にしたのを聞いて、【真若王】はやはり見た目どおりの年齢ではなさそうだと、更に警戒心を強めた。


 女童「おじさん、起きれる?見てわかると思うけれど、私たち子どもなの。おじさんのような長身の大人を引き起こすのは大変なの。自力で起きてくれないかな」


 少女のほうは、しっかりした口調でハキハキと要求してきた。


【真若王】は、『おじさん』呼ばわりには思う所があったが、この少年少女が見た目どおりの童なら20代半ばの【真若王】を『おじさん』と呼ぶ道理が通るので、今の所は呼び方についてはスルーした。


 真若王「ここがどこか訊いてもいいか?」


【真若王】は立ち上がりながら所在を尋ねると、少年は聞かれたことに答えようとしたが、それを少女が止めた。


 女童「タダでは言えないわ」


 タダでは教えないと言いながら、少女は何かを要求するでもなかった。


 すると、第三者の声が女童をやんわりと注意する。


霹露ヘキル、初対面の人にはもう少し優しい言葉を使ったほうがいいよ」


 美人さんが台無しだ、と言った人物を見て【真若王】は息を呑んだ。


 その人物は、人智という概念が無力化されるような『美の化身』だった。その美貌にふさわしい透けるような白い肌に紅を引いていないが紅く色付いた唇は妖艶だ。そして頭部に水晶のように透明感のある【ツノ】が2本生えているが、それすら神秘的な魅力を与えている。


 声の感じから性別は男だと判ったが、【天孫族】の【真若王】が【朝廷】の【女官】たちで見慣れている綺麗どころたちとは格の違う美貌の麗人だ。


 男童「おじさん、霞兄かすみにいに見とれて………惚れたのか?」


 少年は悪戯っぽい笑みを浮かべて惚けた様子の【真若王】を揶揄からかう。


 霹露と呼ばれていた少女が、少年の足をチカラいっぱいに踏みつけた。


 霹露「バカ炎魔エンマ!お兄さまの名前、勝手にバラして!」


 今の霹露の言動がなければ、確定ではなかった気がしなくもないが炎魔と呼ばれた少年は、霹露ちゃん痛いよと言っている。しかし実際に痛がっている様子ではない。


【古代】では【根の国(地獄の一部)】を治める【閻魔天えんまてん】のことは知られていなかったので、【真若王】は炎魔の『エンマ』という発音を耳にしても、それが名前としか理解していない。


 霞と呼ばれた美青年は【真若王】に、ここが何と呼ばれる場所なのかを告げた。


 霞童子「ここは、【人間界】と【地獄界】の【狭間の世界】………【幽界かくりょ】と呼ばれている」


【真若王】は目覚める前の記憶を辿る。


 真若王「俺は………【山の先住王】の末の………あの悪童!」


【真若王】は、その後は騙されたや少し懲らしめてやろうと思っただけであんな大事になるとは思わなかったなど、誰にともなく悔恨の言葉を続ける。


【霞童子】は、黙って話に耳を傾けている。


 霞童子(【八岐やまた】が【人間】によからぬことを仕掛けたようだが………彼は、その当事者か)


【霞童子】は【魔界】に呑まれた【人間】を救助して【幽界】へ連れて来ただけだったが、【八岐】の悪事を証明する【人間】であったことは僥倖だ。


 霞童子「君は、崖から足を滑らせたのだろうか?」


【霞童子】は、滑落した先が不運にも【魔界】だったのかと訊く。【八岐】に突き落とされただろうことは予想しているが、被害者と思しき【人間】の言質を取りたいので誘導尋問をしていた。


 真若王「俺を突き飛ばしたのは【佐保一族】の長の娘、【狭穂姫】だ………だが、姫も【山の先住王】の末っ子の悪意に晒された1人だ」


【真若王】の返答は、【霞童子】が希望していたものとは違った。しかし、【八岐】は【大闇見戸売おおくらみとめ】の子へ何かを仕掛けたらしい。    

  

 霞童子「まだ名乗っていなかった。私は【山の先住王】の第二子・【霞童子】だ。弟が迷惑をかけたことは大変申し訳ない」


【霞童子】は、本人が謝らなければ気が済まないかもしれないが、【八岐あれ】は謝るということを知らない生き物だと言った。


【真若王】は、目の前の人物が【山の先住王】の第二子・【霞童子】と聞いて呆けていた。【霞童子】は絶世の美男子と噂があったが、見ると聞くとでは大違いだと痛感した。『絶世の美男子』という表現ですら、【霞童子】の美貌を正確に表現しきれていない。


 霞童子「【息長おきなが首長おびと】よ………君は先ほど、弟を悪童と呼び騙されたと言っていたが………【八岐あれ】は何と言って君をたばかったのだろうか?」


 君が嫌でなければ聞かせてほしい、と【霞童子】は相手に選択肢を与えた。長兄の【闇嶽之王くらみたけのみこと(はじめの前世)】から聞かされている【真若王】の気性なら、保身に走り全て【八岐】の責任にするだろう。


 真若王「【山の先住王】の末っ子は、俺の拘束を解いて真秀まほの寝所の場所を教えた。だが、そこは本当は【狭穂姫】の寝所だった………」


【真若王】は、【八岐】の虚偽に騙されて真秀がいると思い込んで、自身の舎弟や取り巻き女を解放し【御景見戸売おんかげみとめ】と真王まおを無理矢理連れ出したことや、母と兄の目の前で真秀を辱めようとしていたことなどを白状した。


 炎魔「コイツ最低だな」


 霹露「【人間】のクズ代表ね」


 炎魔エンマ霹露ヘキルは、ゴミをみるような視線を【真若王】に向けている。


【霞童子】は、炎魔と霹露の意見と同意だが、ふと目の前の人物が本当に【真若王】だろうかと疑問を持つほどに思っていた人物像から乖離していた。


 霞童子「言葉は選んだほうがいい。今の話、【ヤマト朝廷】の手の者が聞けば君だけでなく御父上の【日子坐ひこいます】や御兄上の【美知能宇斯みちのうし】にまで処罰が及ぶことになる」


 炎魔「ミッチーは、【嶽兄みたけにい】のお気に入りだから、いざとなったら【山の民】に迎える準備はあるけど、イマッチはどうだろうな」


 コレかな、と炎魔は『首チョンパ』の動作をする。


 話の流れ的にミッチーは【美知能宇斯】、イマッチは【日子坐】のことだろう。しかし【ヤマト朝廷】では要職に就く【日子坐】と【美知能宇斯】に妙なあだ名を勝手につけて────────────どう考えても2人が了解するとは思えない────────────呼ぶ炎魔の素性が【真若王】は気になった。


 霞童子「炎魔、霹露、【息長おきなが首長おびと】に自己紹介しなさい」


【霞童子】に促されて炎魔と霹露は、順番に自己紹介を始める。


 炎魔「俺は【炎魔エンマ】。【異世界・地獄界】の【王・閻魔大王】の甥だ」


 ちなみに、母上は【炎魔大王】の姉で【八大地獄】────────────熱と焔の領域────────────を治める【閻魔大公】で自分は【閻魔公】と【官位】を持っていると言った。


 霹露「私は【霹露ヘキル】。炎魔と同じく【異世界・地獄界】の【公爵】の娘よ」


 霹露の父親は【冰焔ひょうえん公】と呼ばれる【八寒地獄】────────────寒さと氷の領域────────────を治める領主だ。


【真若王】は、【異世界】という耳慣れない単語に怪訝な表情をする。


 炎魔「お坊ちゃんは知らないかもしれないが、この【世界】はザックリ言うと【六道界りくどうかい】という『6つの異世界』で構成されている。この【幽界かくりょ】は『6つの異世界』のどこにも属さない【狭間の領域】だ。お前が呑まれた【魔界】も【狭間の領域】になる」


 炎魔の【真若王】の呼び方が『おじさん』から『お坊ちゃん』に変わっているが、どこか小馬鹿にしている感は拭えない。


【真若王】は【魔界】に呑まれたはずの自分が、なぜ【幽界】にいるのかと問うた。


 霞童子「弟の【守り役】をやっている【鬼】が【天孫族】の者が【魔界】に呑まれたと、私の元へ救いを乞いに来た」


【霞童子】は、【八岐】には【神堕ち】した【神】から分離して【別個体】の【鬼神】となった者が【守り役】に付いていることを話した。


【真若王】は、まさか質問の答えが返ってくるとは思いもよらなかったので、驚いていた。


【霞童子】は【真若王】へ返答は期待していなかった顔をしていると言って微笑んだ。


 その微笑みに、炎魔と霹露は「霞兄の微笑みイタダキました!」と歓喜している。【真若王】は、その微笑みに見惚れて頬が火照っていることを意識した。


 霞童子「君を罠に嵌めた【八岐】は、私たちの父【山の先住王】から厳しい罰を受けているはずだ。【八岐】の【守り役】の2人は、少しでも機嫌を直してもらおうと【天孫族】の君を救助することを考えたようだが………正直、私は君は【人間界】へ戻らずこのまま【幽界】で生涯過ごしたほうがいいと思っている」


【霞童子】は、【真若王】が【八岐】に騙された話の内容に【御景見戸売おんかげみとめ】と真王まおにまで害が及んでいたことを知り────────────【御景見戸売】は異母妹で真王は甥だ────────────【真若王】に対して思う所がないわけではなかったが、現在の打ちひしがれた【真若王】を見て少し庇護欲を感じていた。


 この時の【霞童子】の感情が死と【転生】を繰り返す『永久に続く因縁の始まり』であった。




   ◆   ◆   ◆




 あきらは、【八岐】の【守り役】をしていた【夜叉鬼やしゃき】と【阿修羅女あしゅらめ】は、なぜ【霞童子】に【真若王】を救出させたのかと訊いた。画面に映るみちるは自分の部下に当たる嶽斗がくと那岐なぎ真秀まほにとっては『諸悪の根源』の【真若王】が救出されていることに全く納得できない様子を隠そうともしていない。


 燎「頭の悪いあの2人の考えることだ。大方、【天孫族】を救出して【八岐】の罰の減刑を嘆願するつもりだったのだろうよ」


 燎の言葉に、桂は同じ知能レベルだから思考が理解できるのだな、と言う。


 燎「桂ぁー!お父さんに対して酷くないか!」


 癸「状況的に、救出しても即【死刑】だからねえ」


 やらなくてもいい余計なことをさせたね、とみずのえは【守り役】の短絡思考を批判的に指摘した。


 朔「あいつら、今も【八岐】とツルンでるんだよな………【八岐】は今は、【陸の民の王】をらしいから、あいつらも【陸の民】ってことになるのか………」


 はじめの言葉に将成まさなりが、それはどういうことだ、と食いついた。


 将成「【陸の民の古族】のことなど今、初めて耳にした!」


 朔「勝手に名乗ってるっつっただろ!」


 朔は喧嘩腰に言い返したが、その後に続く遙と桂の言葉のおかげで喧嘩は回避される。


 遙「なるほど、【陸の民の王】ということだな。………誰も認めてくれないから、とうとうわけだ。お気の毒に」


 遙の最後の『お気の毒に』は、軽蔑しきった響きがあるので、憐れむどころか馬鹿にしているようだ。


 桂「人望の無さからのこととはいえ、に走るとは憐れを通り越して滑稽だな」


 桂の言っていることは事実なのだが、辛辣過ぎる。


 癸「【真若王】は【俵藤太たわらのとうた】に【転生】した………ということは、何らかの理由で死亡したのだろう?【霞童子】の注告を聞かなかった?………いや、話の内容から死にかけて性格がかなり丸くなった感じがするから言われた通りにしていただろうね」


【真若王】が【幽界】にいることがバレたのかな、と癸は推測を口にした。


 満「せやな。【八岐大蛇ヤマタノオロチ】の2人がチクって、【真若王】の居所がバレたんとちゃうか」


 みちるの推理通りだと、朔は肯定する。


 朔「【景比売かげひめ(御景見戸売)】と真王まおを【魔界】へ突き落としたのは【八岐】だが、【真若王】はその前に【景比売】と真王を辱めた。【先代】はそのことに関しては【死罪】一択の激オコだった」


 朔は、【先代】は直に見ていないので【真若王】の真秀への執着を知らないが、【闇嶽之王くらみたけのみこと(前世の朔)】は間近でそれを見ていた。


 朔「【闇嶽之王】は【真若王】が【人間界】で生きていたら【死刑】一択だったが、【幽界かくりょ】で隠れ棲んでいるなら殺す必要は感じなかったな」


【闇嶽之王(前世の朔)】は、【真若王】の真秀への執着は【花婿】の【狭穂彦】へ殺意を向け、実行しかねないと危険視していた。しかし、【世界】から隔絶された【狭間の世界】である【幽界】から出て来なければ我関せずだと朔は言った。


 洸「【真若王】が【幽界】で顔を合わせてる【炎魔エンマ】って………俺が【契約】してる【炎魔】のことだよな。あいつ、何千年も子供の姿のままなんだな」


【鬼道衆】は、【天上界】の【神仏】だけでなく【地獄界】の【魔族】からも【法力】を借りるので、洸は【地獄界】の【魔族】の情報の知識がある。【水属性】の【術】を使う洸は、正反対の【属性】の【火属性】を【契約召喚術】による【契約魔】で補うので、【炎魔】とは【使役契約】を結んでいるのだ。


 朔「【幽界かくりょ】全域と【虚界ゲヘナ】の一部地域が【閻魔一族】の領地だ。あいつは、見た目はガキ………いや、見た目も中身もガキだが、あれでも【閻魔公爵】だからな」


 朔は、【炎魔】は見た目だけでなく性格もお子様なので言い直した。


【閻魔】と言うのは【地獄界】の【家名】のようだ。現在の【王】は【ヤーマ】という【真名】だが【閻魔一族】出身なので【閻魔大王】と呼ばれている。


 朔「【霞童子】は【真若王】と度々、【幽界かくりょ】で逢瀬を重ねていた。………いつからになったかは知らないが、何度も会ってる内に【情】が芽生えたとか、そんな感じなんだろ」


 朔は心底どうでもよさそうな言い方なので、【幽界】にいた【真若王】はおとなしく鳴りを潜めていたのだろう。


 洸「【炎魔】から聞いたことがある。【何時代】なのか【炎魔】は覚えていなかったが、【人間】を【幽界】に匿ったことがあったと言っていた。だが、そのせいで【幽界】の【あやかし】たちが暴動起こして、あわや大惨事になりかけたらしい」


 洸は【炎魔】は外見こそわらしだが、おそらく数万年は生きているだろうから出来事しか記憶に残らなかったのだろう、と【不死の一族】あるあるの弊害を理解してあまり根掘り葉掘り聞かなかった。


 朔「その大惨事こそ、【真若王】としての人生の終焉だ」


 朔は、腰ぎんちゃくをしている【夜叉鬼やしゃき】と【阿修羅女あしゅらめ】から情報を得た【八岐】が、厳罰を受けてる最中も懲りずに暗躍して【幽界】だけに留まらず【地獄界】まで暴動の渦中に巻き込まれるほどに事が大きくなった為、【地獄界】の【王・閻魔大王】が【真若王】の【生命】を絶って【輪廻転生】させる判断を下した、と話す。


 朔「この後【炎魔】は百年間【ニブルヘイム】で【氷漬け刑】の罰を受けた」


【幽界】は【閻魔公爵(炎魔)】の管轄領地なので、【領主】の【炎魔】が責任を負わされたと朔は【炎魔】もまた、【八岐】の被害者の1人であると言った。 


 将成は、百年の【氷漬け刑】を【コールドスリープ】のようなものかと考えていたが、その見識が甘いことをすぐに知る。


 洸「そりゃキツいな。【閻魔一族】は【熱】と【焔】の【家系能力】だ。【尼剌部陀にらぶだ】で百年の【氷漬け刑】は、いっそ殺されたほうがマシだろうな」


 洸の言う【尼剌部陀】は【仏教】では【極寒地獄】で体に凍傷や腫れ物を負った箇所が潰れるとされる【八寒地獄】のひとつである。


 朔は【ニブルヘイム】と言ったが、【北欧神話】の【極寒地獄】がそう呼ばれるので、朔は【八寒地獄】の総称で【ニブルヘイム】と言っただけだ。


 洸「なるほど………それで【炎魔】と【霹露】は同じ年齢なのに年齢差のある外見してるわけだな」


 洸は【霹露】が中学生ぐらいの見た目に対して、【炎魔】が小学生ぐらいの見た目をしている謎が判った。刑が執行されている間は、【コールドスリープ】状態と同じなのだろうが将成が考えていたような時間が止まるだけのものではなく、『命懸け』で刑期終了後に目覚めた時に正気でいられるかわからないような危険な【コールドスリープ】だ。 


 遙「その判決下したのは【ヤーマ(閻魔大王)】だろ。あいつ、自分の甥を殺す気か」


 遙の言う「殺す気か」は言葉のアヤだが、【焔】の【閻魔一族】に【こおり】の【極寒地獄】は【死地】と言っても過言ではない。


 朔「判決を下したのは【ヤーマ(閻魔大王)】だが【炎魔】が自ら【氷漬け刑】を受刑すると言った」


 この暴動で多くの【あやかし】が【消滅】し【転生】することになった。【炎魔】は【領主】のけじめとして【閻魔一族】には過酷な【氷漬け刑】を望んだそうなので、子どもっぽい性格をしているが【領主】としての責任感はしっかり持っているようだ。


 桂「ほお………結構、きちんとした【領主】じゃないか」


 桂は【人間界】の【上級国民】は【国民】より自分大事の思考が多いが、【地獄界】の【領主】は【領民】の『命の重さや尊さ』をわかっている、と【炎魔】を評価した。


 満「けど【真若王】は、数百年後にちゃっかり【俵藤太】に【転生】しとるやないか」


 満は、嵌められたとはいえ暴動の原因となった【真若王】の【輪廻転生】には納得できなかった。


 燎「満、【真若王】の【輪廻転生】は100回人生を終えて100回生まれ変わり、101回目の生涯を終えた所で『犯した罪をあがなう』という【罰】だ」


 死後に即【輪廻転生】するという法則性はないので、【真若王】は『罪の贖い』に何億年かかるだろうな、と燎は永遠のような『贖罪のための【転生刑】』だと、【真若王】の【輪廻転生】は【真理】や【摂理】ではなく【刑罰】だと告げた。


 癸「【比類神子ひるこ】を蔑み虐げた末に殺害したことに対する報いなのだろうか?」


 癸は、子どもの頃に妹の【ひのと】を虐げていた同年齢の者たちを思い浮かべる。彼らの大半が【起源の大戦】後は消息不明になっている。もし生存していなければ同じような【刑罰】を受けているのだろうか。


 朔「燎の言った【刑罰】は、


 朔の言葉に、洸、遙、桂、満は勿論、将成までがまたか、という表情をした。燎は、何が足りなかったんだと朔に訊いている。


 朔「【真若王】が『【情】を交わした相手』に、という文言が抜けてるぞ」


 朔の指摘は結構重要なことだったが燎は、それ重要か、と聞き返した。


 癸「燎………小学生レベルから【国語】を勉強し直すことを勧めるよ」


 癸曰く、燎の【国語力】は小学生以下ということだ。燎は、義父上がご指導くださるのですか、となぜかちょっと嬉しそうだ。


 父親のイタい姿を洸と桂は、視界に入れることをやめた。


 満「燎叔父さんと朔の話を合わせると、【真若王】は『深い仲になった者に100回殺されて101回目の死でオツトメ終了』っちゅうことでOK?」


 満の質問に朔は、そうだと答えて【真若王】がその『オツトメ』をまだ1回もクリアしていないと言った。 


 将成「【俵藤太】としての生涯で1回はクリアしているのではないのか?」


【真若王】が何回【転生】したのかわからないが、【俵藤太(藤原秀衡ふじわらのひでさと)】は【現代】にはいない【過去の歴史上の人】となっている。   


 満「【ヘッド】、条件をクリアしとらんわ。この【転生刑】は単純に100回死んで100回生まれ変わって、101回目でようやく解放………て俺は思とったけど『情を交わした相手の手にかけられる』っちゅう縛りでかなり難易度がたこうなっとる」


 満は【俵藤太】が【霞童子】を討伐した【百足退治伝説】を挙げる。


 満「【転生刑】の1回クリアには、【霞童子】が【俵藤太】を殺害せなあかんかったのに結果は逆や」


 満の言葉の後を忌々しげな表情をした朔が引き継ぐ。


 朔「そのとおりだ。俺は、この【刑】を課した【神】は【真若王】を【転生刑】から解放する気がないと思っている」


 根拠はないが『情を交わした相手』という言葉の使い方が、【配偶者】【恋人】【友人】など多岐に渡る為に、クリア条件を後出しジャンケンのようにどうとでも変えられる、と朔は言った。


 癸「当然………というべき【刑罰】だろうね。【比類神子ひるこ】を虐げたわけだから、【神】は弄ぶつもりかもしれないねえ」


 癸は、【比類神子】と呼ばれる【夢見姫・ひのと】を妹に持つだけに実感がこもっている。

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