第壹章 霞童子悲恋譚⑰狭穂彦王の叛乱の真相〜愛らしい海洋生物〜
戻って来た一寸法師は、【
受け取った【日子坐】と【美知能宇斯】は、【短刀】かと思ったが【刃】がなく二又でそれぞれ長さが異なる武器を眺めて、奇妙なものを渡されたという表情をしている。また、【柄】の部分から太い組み紐のようなものが延びているのも気になる。武器にこのようなものを付けていては邪魔ではないだろうか。
一寸法師「その組み紐ようなものには触らないでくださいね。触ったら『神の怒り』に襲われ、場合によったら死にます」
【古代】では、おそらく【感電】という単語が使われていないだろうと考えて一寸法師は言葉を選んだが、彼はある意味【自爆】してしまった。
美知能宇斯「この【短剣】に『神の怒り』が宿っているというのですか!」
【美知能宇斯】の食いつきに一寸法師は、『高天原に丸投げ』をやろうと言葉のチョイスミスを反省した。
【古代】では落雷による【雷】に撃たれて感電は、ほぼ即死だった。故に【雷】を『神聖視』して『雷の怒り』と呼んでいる。『
一寸法師が『困った時は高天原』をして誤魔化しをしている間、【亀の乗り物】の頭部が引っ込んだ後、そこからウラシマが【大車輪】を前へ回し出していたので一同の関心はその【大車輪】に向いていた。
闇嶽之王「【御輿】の【輪】か?それにしては大きいな………人間1人は入りそうだ」
【
ウラシマが同じ大きさの【大車輪】をもう1つ出して、先に出した【大車輪】と距離を空けて並列に設置した。
それを見て【
大海主之王「あれは、『神の怒り』を発生させる道具だ」
【大海主之王(古竜体)】の言葉に、一同はそんなことできるのかと言いたげな表情で反応を示した。
『神の怒り』は文字通り【神】の荒ぶる精神から起こっている。それを道具で造ろうというのかという驚愕と疑問だ。
一寸法師「あの【乗り物】には【エレキテル】という【雷】を発生させる道具を積んでいます。あの【大車輪】は、その【エレキテル】に【雷】を発生させる仕掛けです」
一寸法師は、【大車輪】が回転すると【エレキテル】が『神の怒り』を発生させることができるのだと説明した。
【大海主之王(古竜体)】は、あの【車輪】が発生させている、のではなかったのかと呟いているので、やはり正しく理解していなかった。
日子坐「『神の怒り』は造れるものなのか!」
【日子坐】は渡された【十手】を見た『神の怒り』は光りものなので、【刃】は必要ないということかと解釈していた。
闇嶽之王「何を言ってるんだ………『神の怒り』が造れるものなわけないだろう」
【闇嶽之王】は、一寸法師は【スクナビコナ】でウラシマは【ホオリノミコト】なので【神通力】を使うのだろうと考え、大げさな道具を引っ張り出したと思っている。
大海主之王「【
【大海主之王(古竜体)】は、あの【水車】という【大車輪】を回転させて造るのだと言ったので一寸法師は説明の手間が省けた。
大海主之王「しかし………アレを回す人力は数人がかりだぞ。こうなっては、あの足を引っ張っていただけの【人間】を始末したのは仇となったか」
一寸法師「その件ですが………【
【大海主之王(古竜体)】が数人の人力で回すと言ってくれたおかげで、一寸法師は切り出しやすくなった。
闇嶽之王「あの【水車】とやらを動かしている間は、戦線離脱するのではないのか?」
闇嶽之王は【先住者】の貴重な戦力を欠くのを良しとしない雰囲気だった。【獅子狗神族】は【山の先住者】なので、【闇嶽之王】の了承は絶対に必要だ。一寸法師は、【闇嶽之王】を説得しなければならないのである。
一寸法師「僭越ながら申し上げます。【獅子狗神族】は【神獣】属性の【身体能力強化】に優れております。【護り神】ゆえに【防衛】【防御】に関しての【神通力】の高さは、群を抜いてますが【攻撃】に関しての【神通力】は、直接攻撃は右に出るものはないでしょう。しかし、【術】攻撃となると………」
一寸法師はその先は、他より一歩引くと続けることはしなかった。あえて言葉を濁して中断する。
一寸法師「僕は【神獣】属性の【獅子狗神族】は1人で【人間】の100倍から200倍の身体能力に相当すると愚考しております」
ネガティブなことを言わずに、多少大袈裟にヨイショするのが一寸法師の作戦だった。
【神獣】属性の欠点は【術】が【攻撃極振り】か【防御極振り】と偏っている点だが、利点は【人間】では比べものにならない【身体能力】の高さだ。それを正しく評価した一寸法師の言葉に【闇嶽之王】は、気を良くした。
闇嶽之王「キングシーサーと【イリジョウ】の高い身体能力を期待しているのはわかった」
期待しているとは言っていなかったが、【闇嶽之王】は一部を都合良く解釈してことと次第によっては許可してもいいぞと告げた。
一寸法師「理由は至って簡単です。【ショゴス】は斬撃、引っ掻き、切り裂き等は通じません」
彼らは、燃やす、焼く、溶かすなどの【火】や【熱】などが攻撃手段となるのだと一寸法師は言った。
一寸法師「あの【水車】を回すことで、今必要な【火】と【熱】が得られるので、【人間】の体力では途中で力尽きてしまいます。【戦】が終わるまで、【水車】を回し続けられるのはこの場では【獅子狗神族】だけかと」
これはヨイショではなく事実だ。一寸法師は、自分とウラシマが【未来人】であることを隠す為に、偽装工作に【獅子狗神族】を利用しようとしている身勝手さを理解している。ゆえに、評価するべき点は充分に評価する。
【闇嶽之王】は、キングシーサーと【イリジョウ】父子にお前たちはどうしたい、と聞いて当人へ判断を委ねたので、彼は承諾したということだ。
キングシーサー「【若】、それがしらは【術攻撃】となると役にたちませぬ。でしたら、あの【水車】なるものを回すことに尽力いたします」
イリジョウ「【上様】、自分も父上と同じ考えです」
実はキングシーサーと【イリジョウ】は、【ショゴス】に斬撃の類が通じないと聞いた時に、自分たちはここから先は役に立てないと痛感していたので、戦線で足を引っ張るより離脱して支援で役立てるなら願ってもない申し入れだったのだ。
◆ ◆ ◆
満「【水車】の概念があらへんかった時代とはいえ………融通利かん
朔「それを言うな………俺もこの後500年後に【推古天皇】が【水車】を導入した時に、当時の自分の頭の固さを散々自虐したんだ」
癸「【水】を使えば、この時点で【水車】が導入されたことになってしまうけれど………【人力】とは考えたねえ」
癸は、ギリギリセーフで歴史は変わらなかったと言った。
桂「それで、【エレキテル】は誤魔化せたのか?」
【雷】の雷撃は、スピードが速くダメージも大きい。これを人工できるとなると、侵略戦争をしてきた【
朔「誤魔化すも何も、あれを【戦】に導入するのは不可能だと解った様子だった」
【
遙「ラオウになることは望まなかった………そういうことだな」
洸「この次の【景行天皇】がラオウだけどな」
遙と
◆ ◆ ◆
キングシーサーと【イリジョウ】が戦線離脱して、【水車】の【大車輪】の中へ入って走る。スピードはゆっくりめなのでキングシーサーは【人化】しようとも考えたが、【神獣体】に【
【イリジョウ】は【人化】の状態で最初は走っていたが、父の走る姿を見て【神獣体】のほうが気持ちよく走れそうな感じがして途中から【神獣体】に【
並列して走る【
キングシーサー「【イリジョウ】よ、これは同じ所を無限に駆ける道具のようじゃな」
イリジョウ「父上、際限なく駆けられるこの環境に爽快さを覚えるのだが」
キングシーサーと【イリジョウ】は、果てのない野を駆ける感覚に気分がアガっている。
遠目にその様子を見て、一寸法師とウラシマはハムスターが【回し車】を駆ける光景を連想した。
一寸法師は【大海主之王(燎の前世・古竜体)】に、自分たちが外していた間の戦況を訊く。
大海主之王「奴らめ………【海】に逃げた」
【大海主之王(古竜体)】は、あの半透明の粘液体から【水中戦】に持ち込めば分があると考えての行動だろうと見ていた。
一寸法師「水中へ避難したつもりなんですか………それは好都合です」
一寸法師は、知的な彼には珍しく好戦的な笑みを浮かべた。
一寸法師「【
一寸法師は【スタンソード】の使い方の説明を兼ねてウラシマに攻撃させると告げた。
周辺の生物に影響すると聞いて、【大海主之王(古竜体)】にとっては穏やかな話ではないが【ショゴス】は変幻自在で、そこにいるのは【海の生物】ではない可能性が高いという一寸法師の意見に、攻撃することを許可した。
一寸法師「ウラシマ、許可が下りた」
一寸法師のGOサインに、ウラシマは応と答えて【十手】の【柄】に結んだ組み紐を掴んでウラシマは、【十手】をヒュンヒュン回して勢いを付ける。ウラシマは【神通力】が使えるので、彼の【十手】の組み紐は通常の紐だ。【日子坐】と【
ウラシマ「行けっ!」
回転で勢いをつけた【十手】をウラシマは、【海】へ投げた。
闇嶽之王「おい!武器を【海】に投げて何やってるんだ!」
【
【十手】が暗闇に銀色に光る放物線を描いて【海】へポトッと落ちた瞬間、【海】がバチバチッと発光を放った。
闇嶽之王「あれは………『神の怒り』!」
空に閃く【雷】より強烈な白い閃きが海上を走る。
イザナミ「【海】の上で『神の怒り』が!」
【闇嶽之王】と【イザナミ】はあり得ない場所からの【雷】の閃きを声にして驚く。【日子坐】と【美知能宇斯】も驚いているが、そこは【先住者】、【国生みの神】は固定観念にとらわれているが【人間】は不可思議な出来事への順応性を持っている。感覚の違いが驚き方の差だ。
直後、焼け焦げた臭いがする。
ウラシマ「それなりの数を巻き込んだはずだけど………残党がわからねえな」
攻撃したウラシマは、【海】の生態系に影響を及ぼさないように手加減していた。故に範囲を岸から200メートル半円の指定に留めたのだ。
【大海主之王(古竜体)】は、残党が残っていると告げた。
大海主之王「おのれ奴らめ………【海の生物】に擬態しておるぞ!」
【海の先住王】には【海の生物】の生命反応が感知できる。そこに、【異物】が混じっていることに気づき、同時に【海の生物】の【生命】が消えたことから【ショゴス】が【海の生物】を殺害して擬態したことを知り、怒りを隠しきれない。
闇嶽之王「さっきの『神の怒り』は、ウラシマの【神通力】だろう。【タケミカヅチ】のものより強大だったぞ」
【闇嶽之王】が口にした【タケミカヅチノミコト】は、【イザナギ】が斬った【ホノカグツチ】の血液から生まれた【雷の神】である。【雷】を起こしているのはこの【タケミカヅチノミコト】で、『神の怒り』とは【タケミカヅチノミコト】が怒っているとされる現象だった。
つまり、【闇嶽之王】は【雷の神】を凌ぐ【雷】を発生させたことを追求していたのだ。
一寸法師が、【タケミカヅチ】の名にあちゃーやっちゃった、という表情をする。【タケミカヅチノミコト】は、【イザナミ】の死後に生まれているので【イザナミ】が知らない【イザナギ】の子であった。
案の定、【イザナミ】は【タケミカヅチ】って誰、【イザナギ】の隠し子かと勘違いを始めている。【ホノカグツチ】から派生したので、一応【イザナミ】が生んだと言えるのだが、その為に【ホノカグツチ】が斬られた話をしなければならなくなるのだ。
大海主之王「【イザナミ】よ、落ち着け………お前には悲しい話になるが、【ホノカグツチ】は【神通力】が大き過ぎて破裂してしまったのだ。16柱に分裂した」
その1柱が【タケミカヅチ】だと【大海主之王(古竜体)】は、いけしゃあしゃあと言ってのけた。しかし流石は年の功だ。【イザナギ】が怒りに任せて斬殺したことを隠して、【ホノカグツチ】の【神通力】が強大過ぎた事実を利用して真実と虚構を交えてそれらしく語った。
【イザナミ】は、自分の死後に【ホノカグツチ】が死亡したことに、あの子死んじゃったのと悲しむが【イザナミ】自身が命を落としたほどの潜在能力を赤児が耐えられるはずがないだろう、という【大海主之王(古竜体)】の話術に乗せられて、言われてみればと納得していた。
うっかりヤラカシてしまった【闇嶽之王】は、助けられた形になったので文句は言えないが【大海主之王(古竜体)】の口のウマさに呆れ半分、感心半分だった。
そして、しんみりした話題を変えるように一寸法師がウラシマの【雷攻撃】が【本家タケミカヅチ】を超えたカラクリ話しますよ、と気を引いた。
一寸法師「実際の所、ウラシマは【タケミカヅチ様】を超えたのではありません。【水】は【雷】を通しやすいのです」
【水】に触れたことで【雷】のチカラが増大したと一寸法師は説明した。
闇嶽之王「【高天原】では【神鳴り】と言うのか」
発音は同じだが、漢字が違った。だが、語源なので間違いではない。一寸法師はボロを出すとマズいので【神鳴り】でもいいだろう、と漢字を訂正するのをやめた。
そして、【海】に逃げた【ショゴス】は海中のほうが危険と理解する知能があるので、【海】から上がってその姿を晒した。
水面が盛り上がって姿を現したのは、巨大イカと巨大タコの【先住者】だった。しかし、それは【ショゴス】が喰らって擬態した偽物だ。
巨大イカは【
大海主之王「おのれ………生まれて間もない子どもの【生命】を奪うとは許さん!」
【大海主之王(古竜体)】は父性愛や家族愛の強い【王】なので、激オコだった。
【大帝烏賊】や【海坊主】は【成体】だと体積の小さい【海】全体サイズで非常に大きいので、生まれたての赤児でも巨大だ。
【未来人】の一寸法師とウラシマは、見た目は【クトゥルフ】じゃないかと考えている。どうやら【古のもの】も同じ考えのようで、ザワザワと落ち着かない様子だ。
イザナミ「えっ………【クトゥルフ】………手強い………?」
どういうこと、と【イザナミ】は困惑していた。彼女は【古のもの】を取り込んだ影響なのか【古のもの】と意思疎通ができるようだ。
一寸法師「見た目が似ているから【クトゥルフ】と勘違いしているのではないでしょうか?」
一寸法師の言葉に【イザナミ】は、【古のもの】と戦っていたタコ頭の【生命体】を思い出し、顔色を蒼くしている。大抵の女性はウネウネした【触手】は気持ち悪いと印象を持つだろう。
大海主之王「死した者の姿を真似るなど、死者への冒涜だ!」
激オコ状態の【大海主之王(古竜体)】は、怒りにまかせて口から【炎】を吐いた。いわゆる【ドラゴンブレス】である。
【大海主之王(古竜体)】は、【木】【火】【土】【金】【水】の【五行】全てが使える。これこそが【東洋】では【竜】を『神聖の象徴』とする由縁だ。
今は【憤怒】にまかせた状態なので、【憤怒】を象徴する【火炎咆】で攻撃しているのだ。
【大帝烏賊】と【海坊主】に擬態した【ショゴス】の何分の1かは、一瞬で灰燼に帰した。
残りの【ショゴス】は、別の生き物に擬態して【海】から陸地へ上がって来た。しかし、その姿はイカでもタコでもない生物だった。
その身体は流れるような曲線を描き、大理石のようなその肌には、夜空に浮かぶ星々のように、黒い斑点が舞い散っている。頭部は大きく、鼻先がやや尖り鋭い印象だ。瞳は深海の色を湛え、口元は広く裂け、そこから覗く牙は真珠のように白く美しい。まるで自然が創り出した最も洗練された刃のようだ。足になるのか手になるのかそこにはシャチを連想させるヒレがある。2メートルを有に越す大きな体だ。
その見たことのない巨体の生き物に、一同は息を呑んだ────────────否、【未来人】の一寸法師とウラシマは、それが【アザラシ】だとわかった。正確には一寸法師が【アザラシ】と認識してウラシマは、【アザラシ】なのか【トド】なのかどっちだとブツブツ呟いていた。似ているが【アザラシ】は【アザラシ科】だが【トド】は【アシカ】科に分類されるので【種別】が違う。
闇嶽之王「【
【闇嶽之王】の言う【鯱】は、虎の頭と体には鱗を持つ【海の先住者】のことを指している。【海の先住王】の最古参の臣下だ。
大海主之王「似てない!体の反り返りが逆だ!」
【鯱】は後ろへ曲線を描く身体なので、確かに逆だが【大海主之王(古竜体)】は長きに渡って従者を務める【先住者】と一緒にしてほしくない。
一寸法師「あれは【アザラシ】という【南極】にいる【海洋生物】ですよ」
一寸法師は、擬態対象の能力を引き継ぐようなので倒し方をレクチャーする。
一寸法師「【アザラシ】の体は筋肉と脂肪に覆われているので、攻撃するなら『斬る』より『突き』が有効打でしょうね」
一寸法師の言葉に、【闇嶽之王】はその方法があの生物の倒し方なのかと訊く。
一寸法師「普通は、あんな巨大生物に挑みませんよ。『海の狩猟者』なんて呼ばれるような凶暴な生物なんですよ」
闇嶽之王「挑むようなバカはいないということか………」
敵ながら考えたな、と【闇嶽之王】は倒し方が不明瞭な生物に擬態した【ショゴス】はそれなりに知能があるのかもしれないと考える。
一寸法師「ここは、【スタンソード】で気絶させて、全員でタコ殴りが妥当でしょう」
一寸法師は、全員でフル凹を提案した。
大海主之王「むう………敵でなければ愛らしい生物なのだがな!」
【大海主之王(古竜体)】は【海の先住者】にない毛皮のある海洋生物に興味をそそられているようだ。
【アザラシ】は、その凶暴な狩猟スタイルに反してつぶらな瞳や猫っぽい鼻や口元がカワイイ。
闇嶽之王「早めに倒さないとオッサンが無力化されそうだ」
【闇嶽之王】は、【大海主之王(古竜体)】が毛皮に並々ならぬ愛着があることを知っているので、あれをお持ち帰りすると言い出しそうな予感を覚えた。
ウラシマ「【
ウラシマは鋼鉄糸の縄で大きな輪っかを作ると、ヒュンヒュンと宙に回して勢いを付けて投げた。
鋼鉄糸の投げ縄が【アザラシ】に擬態した【ショゴス】を一網打尽にする。
ウラシマ「召し捕った!今だ!」
合図の声を聞くや否や、【日子坐】と【美知能宇斯】は指示通りにひと塊に縛られた【ショゴス(擬態アザラシ)】に接近して【スタンソード】を【日子坐】は右サイドから【美知能宇斯】は左サイドから挟み撃ちで鋼鉄糸の縄へ差した。挟み撃ちの指示はなかったが歴戦の戦士のカンで二方向に分かれたのだ。
【スタンソード】を差したら離れろというウラシマの指示にトドメを刺さないのか、と疑問を持ったがなぜ離れなければならなかったかをすぐに理解した。【スタンソード】を差した瞬間、高圧電流がバチバチッとスパークして焼け焦げた臭いが漂う。
日子坐「あの【刃】のない【短刀】に『神の怒り』が宿っていたのか」
あれから手を離していなければ、自分も焦げていただろうと想像して【日子坐】は内心ゾッとしていた。
美知能宇斯「むう………頑丈だ。父上、気絶しただけでまだ生きているようです」
この【時代】は、男は腰に刀を帯びて女は髪に簪を差して金属を身に着けているせいで、【人間】が【雷】に打たれることが多かった。そして【雷】に打たれた場合、大抵が助かっていない故に【美知能宇斯】は【雷】に打たれたにも関わらず気絶で済んでいる【ショゴス(擬態アザラシ)】には弱点がないようにすら思える。
ウラシマ「おそらく擬態した【アザラシ】の身体能力に依存しているだけだろうよ」
ウラシマは【アザラシ】の筋肉と脂肪は
【人間】とは比べ物にならない厚さなので、【雷】が与えるショックが【心臓】まで及ばないのだろう、と説明した。
日子坐「『神の怒り』は【神鳴り】と呼ぶのですか………」
【神鳴り】の響きが神秘的な感じがした【日子坐】は、今後は【神鳴り】と呼ぶことにしようと考える。
この【時代】では【雷】に打たれるとなぜ助からないかまで深く考えない。打たれる者に悪人が多いことから『【神】が【罰】を与えた』と結果だけ見て決めつけていたので、『神の怒り』と呼んで結構、適当な部分がある。【日子坐】は、【雷】の衝撃で【心臓】が麻痺して止まる話を初めて聞いて正に目から鱗が落ちた気分だった。
美知能宇斯「【ホオリ様】は【仁術】に通じておられるのですね」
【美知能宇斯】が口にした【仁術】とは【医術】を指す。【仁】は【人】を意味する文字でその【人】を診る者を【仁術師】と呼んだ。つまり【古代】の医者である。
闇嶽之王「この塊で全部か?」
【闇嶽之王】が誰ともなしに訊くと、【イザナミ】が肯定した。【古のもの】が、索敵をしてそれを【イザナミ】へ報告して彼女がそれを伝えた。
イザナミ「元の粘液体は【術】しか通じないけど、この大きな生物なら【腕力】に任せた攻撃も通じると言っている」
【イザナミ】は【古のもの】からの助言を伝える。どうやら戦力を増員して一刻も早く片付けたほうが良いと言いたいとのことだ。
一寸法師「では、【
一寸法師は【闇嶽之王】へ呼んで来てもらえますか、という視線を送る。
【水車】の【大車輪】の中を走る【獅子狗神族】の親子の姿が、どことなく楽しげな雰囲気に見えた一寸法師は、気が引けて呼び戻すのを戸惑っているだけだがそれに気づかずに【闇嶽之王】は、わかったと短く返事して呼びに行った。
そして、一寸法師は塊の内部の者に警戒しながら全員で殴打や刺突でトドメを刺すよう指示する。
一寸法師「ご覧の通り、脂肪と筋肉が壁になって塊の中心部は【雷】の【麻痺攻撃】が通りにくいですから」
一寸法師は、【ショゴス】がまた別の生物に【
一寸法師「僕の予想では、おそらく逃走を図ると思います。そうだとすれば………水中を音速の速さで泳ぐあの生物に擬態するはず」
一寸法師は『黒い塊』に注意するよう助言して、後は全員フル凹が開始した。
【古のもの】の木の根っこのような下肢部は、触手にも刺突武器にも変化できるようで、下肢部を伸ばして四方八方から【ショゴス(擬態アザラシ)】を刺し貫く。【イザナミ】は【古のもの】を吸収したので、その触手をキモノの袖口から複数本出して同じように刺突攻撃をした。
ウラシマは、【日子坐】と【美知能宇斯】に貸し出していた【スタンソード】を回収する。高圧電流を流したせいで真っ黒焦げの【十手】に見た目が変わっていた。ショートした際に電線が断線して、今の状態はただの黒焦げた【十手】でしかなかった。
一寸法師がウラシマに寄って、殴打するのにちょうど良いと言って【十手】を2本持って行ったのであの状態で使い物になるのかと【日子坐】と【美知能宇斯】は半信半疑の表情をしている。
大海主之王「【イマス】、【ミチ】、ヌシらは自身の得物を使うがいい」
【大海主之王(古竜体)】は一寸法師が回収して行ったのを見て、【人間】の通常装備で攻撃できるのだろうと判断した。
【日子坐】と【美知能宇斯】は、武人なので、闇雲に滅多刺しではなく【頭頂部】【眉間】【喉】【延髄】【胸部】【鳩尾】【背中心】などの最低限の【急所攻撃】をするが、筋肉と脂肪が分厚いのでそれなりに時間がかかる。
【闇嶽之王】が【獅子狗神族】父子を連れて戻って3人が加わるが、やはり分厚い筋肉と脂肪の塊の生物にトドメを刺す作業は手こずる様子だった。
【大海主之王(古竜体)】は竜体の腕力で簡単に頭を捻り潰せるはずだが、一寸法師から【火炎砲】で燃やす係を言い渡されていた。なぜ【大海主之王(古竜体)】が燃やす係にされたか、トドメを刺していた【闇嶽之王】には理解できた────────────あの毛皮は【大海主之王】には魅力的なものだ────────────ので一寸法師の聡明さには脱帽の思いである。
戦闘後の事後処理作業のような行為は分厚い肉の塊のせいで時間はかかるが、比較的順調に進んでいた。かなりの量を減らした頃に、黒くて丸い塊が弾丸のように弾け飛んだ。事前に一寸法師から『黒い塊に注意』と勧告を受けていたウラシマ、【日子坐】、【美知能宇斯】は後ろへ飛び退って距離をとった。
話を聞いていたが、【ショゴス(擬態アザラシ)】を燃やす係の雑用をさせられていた【大海主之王(古竜体)】は、役割に少し不満があったので、腹たち紛れに『黒い塊』を『古竜の前脚』を振り払って叩き落とした。
グチャッと潰れた音と共に『黒い塊』は、何の生物だったか判らないようなグチャグチャの状態で地面に落ちた。
ウラシマは、テレビだったらモザイクがかかるか黒く塗りつぶされるかだろうな、と考えながら落ちたものを見るが潰れているせいで何に擬態していたのかわからなかった。彼の頼りがいのある兄ならわかるかと期待してウラシマは一寸法師に何かわかるかと訊くと、一寸法師はやはり期待を裏切らない返答を返した。
一寸法師「【ペンギン】だね」
一寸法師には想定内だったようで、【大海主之王】が【ペンギン】の姿を確認せずに叩き落としてくれたのはある意味よかったと言った。
【ペンギン】は、【未来人】には嫌いな者はいないだろうと考えられる愛らしい動物だ。【大海主之王】は絶対に気に入るに違いないので、【大海主之王(古竜体)】は溜まったストレスから八つ当たりで叩き落とすことを見越して雑用を押し付けておいたのは正解だった、と一寸法師はすっかり【大海主之王】を手玉に取っているようだ。
一方で、一寸法師から注意勧告をされていなかった【闇嶽之王】と【獅子狗神族】父子は、『黒い塊』を別の生物に【ショゴス】が擬態したと察して攻撃している。音速の速さの『黒い塊』のスピードに難なく追いつき爪で引き裂いたり、叩き落としたりとやはり【山の先住者】の【神獣種族】の身体能力は肉弾戦では頼もしい働きをする。【闇嶽之王】は【蛇神】なので、【ピット器官】による感知能力から先手を打って攻撃できているので、【先住王の血族】は【先住者】とは【格】が違うことを見せつけられた。
しかし『黒い塊』の何体かが、水辺の方へ逃げることに成功していた。そこで初めて『黒い塊』の正体が晒された。
ウラシマ「【ペンギン】だ!」
ウラシマは、【ペンギン】と判るとその速さに納得した。
【大海主之王(古竜体)】は、【ペンギン】の姿を見て自分が叩き落としてグチャグチャにした残骸に目を落とし、ショックを受けた。
大海主之王「ぬおお!我は、あのような愛らしい生物に、あんな酷いことをしたのか!」
予測通りすぎる【大海主之王(古竜体)】の反応に、一寸法師は呆れた。しかし、水中に逃げられたら確実に取り逃がしてしまうことのほうが重大なので、スルーして逃がしてはマズいことを告げる。
一寸法師「アレを水中へ入れてはいけません!あの生物は、水中で高速移動することに特化した身体の造りをしています!」
闇嶽之王「キングシーサー!追いつけるか!」
即反応したのは、【闇嶽之王】とキングシーサーだった。【闇嶽之王】が指示を飛ばす前に、キングシーサーは水辺へ駆けていた。
だが、キングシーサーが追いつくより前に逃走を図った【ショゴス(擬態ペンギン)】たちは、次々と斬り裂かれ【屍】となって岸に山積みされた。
「すっかり出遅れたかと思うたが、良い見せ場を貰ったぞ」
そう言って、暗闇に白銀の輝きを放つ【狼】が言葉を発した。
キングシーサー「むむっ!ヌシはカイザーウルフ!」
【山の先住王】に仕える【最古参獣神】にして【
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