第壹章   霞童子悲恋譚⑬狭穂彦王の叛乱の真相〜前方に【邪神】後方に【魔界】〜

 大慌てで【獅子狗神シーサー族】の長の息子が「王に至急お取次ぎを」と言って駆け込んで来た。【イリジョウ】という名の【獅子狗神族】のおさ・キングシーサーの息子である。


【獅子狗神族】のキングシーサーは、【山の先住王】の最古参の3人の配下の一角なので、その息子を無碍にするわけにはいかず【闇嶽之王くらみたけのみこと(前世のはじめ)】が即応対した。


 闇嶽之王「【イリジョウ】!お前1人か?………キングシーサーはどうした?」


【闇嶽之王】は、祝辞に来たはずの【獅子狗神族】が長のキングシーサーがいないだけでなく、彼の息子が息せき切って現れたことに訝る。  


 イリジョウ「ああ………【上様】………一大事です!【魔界】が………【魔界】が【佐保】に『領域展開』しました!」


【闇嶽之王】が侍従の者に用意させた水を一気飲みした後、【イリジョウ】は緊急事態を知らせた。


 闇嶽之王「【魔界】の接近は知っていたが………早すぎる!どういうことだ!」


【佐保】での会談で【大闇主之王おおくらぬしのみこと】は【魔界】の接近に気づいていたが、同様に【闇嶽之王】も気づいていた。


 イリジョウ「【上様】………それだけではありません。………何やら不可思議な生物が【海】を渡って【佐保】に向かって来ております。父上は、それらを水際で食い止めるべく応戦しております!」  


 キングシーサーに伝令を命じられて、【イリジョウ】は『先住者の姿』で【佐保山】を駈け上がって来たのだ。今は、疲れ切っているので『人間体』に戻っているが、【イリジョウ】の衣服に木の切れ端などが付いている様子から、【佐保山】の森林が結構破壊されたかもしれない。 


 闇嶽之王「俺が行く。お前は、同じことを【王】に伝えてから来い」


【闇嶽之王】は、疲労が見える【イリジョウ】が、ほんの少しでも休憩が取れるように同じ話を【大闇主之王】に話している間に休息させようとしていたが、【イリジョウ】は現場には【大海主之王おおみのみこと】もいるので、【山の民】のテリトリーで遅れを取ったとあれば『悠久の恥』と言って休息は不要と固辞する。




   ◆   ◆   ◆




 みずのとは、あきらが先に言った【五悪】が揃ったことが【魔界】の『領域展開』を早めた原因だろうかと訊いた。


 朔「だろうな………【殺生】は、殺してなくとも『殺す気で斬り結んだら』カウントされるんじゃねえのか?」


 どうなんだよ、とはじめは洸に訊く。


 洸「そうだな………『不殺』とは殺気を絶つことだ。故に、殺気を漲らせて斬る『刃傷沙汰』が【殺生】に含まれる可能性は、大いにある」


 殺気すら【殺生】とするとは【仏教】は奥深い。清らかな心でなければ【仏の道】は開かれそうにないようだ。


 満「前からは多分【邪神】やろ………で、後ろからは【魔界】て………詰んだやないか!」


 満は、逃げるなら【魔界】へ自ら呑まれて【死】を選ぶしかない、という意味で詰んだと言った。


 朔「俺たちが到着した時には、【邪神・古のもの】は【佐保】の地に上陸していた」


 癸「………ということは【古のものはいたのかい?」


 複数体の【邪神】と【魔界】に挟まれて『四面楚歌』の状態だねえ、と癸は他人事で言っているが、彼自身も『起源の大戦』で同じ経験をした。




   ◆   ◆   ◆




【魔界】が深淵の口を広げて【佐保】の【邑】を呑み込む。


 人智の及ばない大いなるチカラの前に矮小な【人間】たちは、なすすべもなく逃げ惑うしか術はない。


【真若王】の威を借りて好き放題していた連中たちは、己の逃げる進路にいる者たちを【魔界】へ突き飛ばして、突き飛ばされた憐れな者が【魔界】に呑み込まれている間に少しでも遠くへ逃げようとするが、突き飛ばす者がなくなると仲間うちで次の『生贄』を選ぶべく仲間割れを始める。


【海】から上陸した謎の【生命体】と交戦していたキングシーサーは、背後から領域を拡げて迫りくる【魔界】との距離を測りながら、先ほどから耳障りな悲鳴や金切り声を上げるだけの【人間】たちが【魔界】へ【生贄】を捧げるごとく同族間でいがみ合いをしているのを侮蔑の目で見た。


 キングシーサー「まこと愚かよのう………【人間】どもめ同士討ちを始めよった」


 まったく戦力にならないので、せめて邪魔にならないようにおとなしくしていてほしいものよ、とキングシーサーは愚痴る。


 大海主之王「キングシーサーよ、【戦】の最中に余所見か………」


 この敵は数が多いがさほどの強敵ではないから退屈か、と【大海主之王おおみのみこと(前世の燎)】は訊く。


 キングシーサー「【海の先住王】と肩を並べて【戦】に臨んだこと、子々孫々に自慢いたします」


 恐悦至極にて退屈するなどありえませぬな、とキングシーサーの堅苦しい言い回しにあまり悦びを感じ取れない【大海主之王】だった。


【大海主之王】とキングシーサーと同じように、戦闘中に会話するのがもう1組────────────【日子坐ひこいます】と【美知能宇斯みちのうし】である。 


 日子坐「【ミチ】よ………【モノノケ】より、【ワカ】の腰巾着どもを片付けるのを優先したほうがよさそうだ」


【日子坐】は、足手まといにしかならない【真若王】の舎弟たちが、我先に逃げる為に自分たちにとって邪魔になる者たちを次々と【魔界】のほうへ突き飛ばしているのを見て言った。


 美知能宇斯「あのアホども………戦力になる【先住者】の【まほろば鳥】を【虚空】へ捨てています」


【虚空】というのは【魔界】のことである。


【美知能宇斯】は戦う意思がないなら、せめて自分たちが【虚空】へ身を投げて自死してくれと口にした。


 同意見なので【日子坐】は頷いている。


 彼らは既に断罪されて処刑執行を待つだけの身なので、逃げた所で無駄なのだ。


大闇見戸売おおくらみとめ】が【まほろば鳥の一族】の長老衆たちを連れて合流した。


 大闇見戸売「【イマス】!貴様はどこまで私に不幸を呼び込む気だ!」


 合流した【大闇見戸売】たち一行は、憎悪の眼差しを【日子坐】へ向けて加勢に駆けつけた雰囲気ではなかった。


 そこへ、【大海主之王】が【大闇見戸売】へ戦力になる【日子坐】と【美知能宇斯】を空へ運んで【空撃】を仕掛ける作戦を告げるが、【大闇見戸売】をはじめ【まほろば鳥】の長老衆たちは猛反対した。


 大闇見戸売「【海の先住王】はこの者の倅と民たちが私の娘と姉とその子に何をしたのかご存知ないから協力関係が結べるとお考えなのでしょう!」


【大闇見戸売】の剣幕に、【大海主之王】とキングシーサーは違和感を覚えた。


【大海主之王】は、【息長おきなが一族】が【まほろば鳥】の母子を【奴婢】身分に貶し、さらに虐待していた罪で処罰を決定する話し合いと聞いていたが、既に判決が出たも同然で【大海主之王】は立ち会うだけでいいと聞いていたが、彼女たちの憎悪の念が強すぎる。


 キングシーサーに至っては、幻想視されるだけとなっていた【ツガイ】の存在が証明された慶事の知らせで【佐保】へやって来たので、自分の息子が【先住者の花婿】という選ばれた者だというのに、そちらをおざなりに別のことに気を取られているように見えた。


 大海主之王「【イマス】よ、【大比売おおひめ(大闇見戸売)】の激怒の理由を説明せよ」


【大海主之王】は話しをしてくれそうな人物を指名した。


【先住王】の指名に拒否権などなく、【日子坐】は我が子の愚行と【狭穂姫】、【御景見戸売おんかげみとめ】、真王まおの身を襲った『【邪淫】の悪意』を話した。その間ずっと【大闇見戸売】と長老衆たちの殺気と憎悪の視線が【日子坐】と【美知能宇斯】に突き刺さっていた。


 キングシーサー「処刑を前に子孫を残そうとしたのか?」


 まったくもって【人間】は理解できんと言うキングシーサーは、言葉のとおり理解できていない。


 大海主之王「キングシーサーよ、オヌシはまことに理解できておらんぞ」


【大海主之王】はキングシーサーの勘違いを指摘する。【先住王】は【人間】との対話の機会が多いので、【先住者】より【人間】を判っている。


 大海主之王「【人間】どものそのは繁殖の為ではない!………ただ自分たちの【煩悩】から出た下等で下卑た【欲】だ」  

 

 キングシーサーは自身の浅慮以上に下劣で外道な【人間】の思考に呆れて何も言えなくなっていた。


 大海主之王「【イマス】と【ミチ】を【まほろば鳥】に空へ運ばせるのはやめたほうがよさそうだ」


『未知の敵』を前に戦力になる【日子坐】と【美知能宇斯】を亡きものにしそうな連中に任せて戦力を減らしたくない【大海主之王】は、自分が『先住者の姿』の【古竜体】で空へ運ぶことに決める。


 キングシーサーは、空は飛べないが足場は己で作ると言って『先住者の姿』の【獅子狗神シーサー体】に【変化へんげ】した。


 髪の毛のように頭部を覆う鬣に【中国】では野生の王と呼ばれる虎のような体躯をした見たことのない【獅子狗神シーサー】の姿に【日子坐】と【美知能宇斯】は一瞬驚いたが、騎乗できるのかと聞いてきたので、キングシーサーは怯むどころか乗ろうとしている【人間】に挑発したくなった。


 キングシーサー「肝の座った【人間】じゃ。………よかろう、儂を乗りこなしてみるがいい!」


 キングシーサーは、上空からと地上からの二面攻撃を【大海主之王】へ進言した。


【大海主之王】はよかろうと肯定すると、【日子坐】を連れて開けた場所で【古竜体】に【変化へんげ】した。変化した際に【人間】たちが驚きどよめいたどさくさに紛れて【大海主之王】は、腰を抜かしている者たち数名を【古竜の尾】を振って【魔界】の【深淵の口】へ放り込んでおくチャッカリさも忘れていない。


 日子坐「【海の先住王】に騎乗する日が来るとは思わなかった」


 初めて乗った【古竜】の背に、空を飛ぶのが気持ちの良い感覚だった【日子坐】の感想は結構、冷静だった。


 大海主之王「おまえ………【古竜】に乗るなんて、【英雄】しかできない経験だぞ。………他にもっと言う事あるだろ」


【大海主之王】は、【日子坐】の反応を薄いと言った。


 日子坐「では、この【戦】を制したら私は【英雄】と呼ばれるのでしょうか」


【日子坐】の言葉に、ここを生き延びねば【英雄】にはなれんぞ、と【大海主之王】はハッパをかける。


 地上では、キングシーサー(神獣体)に騎乗した【美知能宇斯】が謎の【生命体】に突撃して木の根っこのような【触手】を【剣撃】と【剣圧】で切断を試みるが、反発力が強く傷1つつけられない。


 キングシーサー(神獣体)が、これでどうじゃ、と掛け声と共に右前足を振り上げ【霊力】を纏わせた【爪】で切り裂き攻撃をした。


 キングシーサー「むうっ!硬いのう」


 硬いと言いながらもキングシーサー(神獣体)が【爪】で【触手】を2本ほど切断しているのを見て、【美知能宇斯】は【先住者】のチカラの底知れなさにこれは敵対してはいけない存在だと【真若王】の愚行で怒りを買った関係を修正する必要があると考える。しかし、まずは目の前の敵を片付けなければ挽回の機会はない。 


 上空から見ていた【日子坐】は、木の根っこのような【触手】は、【剣】で斬ることは不可能と考えた。そして、百合の花弁のような形をした頭と思しき部分を見る。


 日子坐「【海の先住王】よ………あの【モノノケ】の頭には【剣】が通るだろうか?」


 大海主之王「お前と【ミチ】の技量ならば致命打を与えられるだろう………ただし、今手元にある武器はアレには通じん」


 故に、我が【外界けがいの民(古族の民のこと)】の【武器創り】に長けた者を呼んだ、と【大海主之王】が言うと同時に【モノノケ】軍団を左右に割るように水面が盛り上がった。


【古代】の【日本】は陸地が少なく、【山】と点在する【島】の周囲を【海】が囲んでいたので、この当時の【日本】は【秋津島】と呼ばれ【中国】【韓国】では、【日本】を【国】ではなく【島】と認識していた。その為、【現代】は海辺が遠い【奈良県】も【古代】では【海】に囲まれていたのだ。


 盛り上がった水面の水が引いたそこには、巨大な【亀】に2人の【人間】が乗っていた。否、おそらく外見が【人間】と同じ【先住者】と思われる。1人は、まだ成人に満たない小柄で華奢な美少年で、もう1人は長身のせいで細く見えたが、鍛えられた体躯に百戦錬磨の武人の風格が感じられた。


「【大海王おおみおう】!ご注文の『刃が回る剣』の試作品が出来あがりました!とりあえず、3本あります!」


 美少年が【剣】を3本掲げて見せる。


 大海主之王「一寸、1本はウラシマへ残り2本は我の背に乗る【人間】とキングシーサーの背に乗った【人間】へ持たせよ!」


【大海主之王】が呼んだ【外界の民】は、【未来世界】から【漂流】して来た陵究みささぎきわむ、陵あらた兄弟だった。


 ウラシマ「【兄者】!キングシーサーのほうには俺が!」


 ウラシマは、一寸法師から自分の分と【美知能宇斯】の分の2本を受け取った。


 一寸法師「ウラシマ、お前の使う方は『特別仕様』だ。絶対に間違えるんじゃないよ!」


 一寸法師は【未来世界】のオーバーテクノロジーを知っているウラシマのほうだけ、『刃が回転と振動する』いわゆるチェーンソーの仕組みにしてあることを告げた。こんなものを間違えて【古代人】に渡してしまっては大変なことになる。


 ウラシマは、了解と返事して亀の甲羅から跳躍して【モノノケ】をチェーンソー仕様に創られた【チェーンソード】で斬り倒して足場にしながら、キングシーサーの元へ辿り着いた。


 ウラシマ「ほらよ!受け取れ!敵と距離が空いた今の内に使い方、簡単に説明するぜ」


 ウラシマは、【美知能宇斯】へ【ハーフチェーンソード】と命名した『刃が回転する剣』を渡し、【美知能宇斯】が受け取った【剣】の柄の部分が湾曲しているのと輪っか状の飾りを訝る。


【古代人】の知識には無いが【現代人】が見れば、それは銃のグリップとトリガーである。


 ウラシマから輪っかの部分に人差し指を入れて、柄を握り込むと教えられ【美知能宇斯】は言われた通りにして輪っかの内側に妙な出っ張りが付いているのに気づく。銃で言えば指トリガーの状態である。


 ウラシマ「人差し指で引き金を引いてみろ」


 ウラシマに言われて【美知能宇斯】は、この出っ張り部分の名前が引き金だと理解した。言われた通りに引いてみると、【刀身】がズルッと動いた。


【美知能宇斯】が驚いてトリガーから指を外すと再び【刀身】がズルッと動く。


 美知能宇斯「なんと面妖な!【刀身】が半回転するとは!」


【美知能宇斯】は引き金を引いた時とトリガーから指を外した時に【刀身】が動いたことから、引き金を引いて離してを連続で行えば【刀身】の半回転運動が繰り返されるのではないかと気づいた。


 ウラシマ「1回で気づいたか!その通りだ。だが、バネが緩んだりワイヤーが切れたりするから斬りかかる時以外は、指トリガーも引き離しも禁止な」


 ウラシマの言うバネやワイヤーや指トリガーが何のことなのかわからない【美知能宇斯】は、眉を顰める。


 キングシーサーが、ウラシマが【ホオリノミコト】本人で意味不明な単語は、おそらく【高天原】の方言だろう、と説明した。しかし、真実は違う。ウラシマは【ホオリノミコト】が【転身】した【禍津神マガツカミ】で、【未来人】なので【未来世界】の部品の名前である。


 ウラシマが【日向三代】の1柱だったことに【美知能宇斯】は驚いた。【日向三代】は【天孫族】の始祖、ルーツそのものである。


 美知能宇斯「【先住者】と勘違いしておりました。御無礼を………」


 非礼を詫びる【美知能宇斯】をウラシマは遮って、自分と兄は【イワレノミコト(神武天皇)】が【日本】統一の遠征の際に【イワレノミコト】率いる【朝廷軍】と敵対して【先住者】側に付いたので、【天孫族】とは絶縁したも同然だと言った。


 少年の正体が【スクナビコナ】だと聞いて、確かに【スクナビコナ】のほうが先に生まれているので【美知能宇斯】は彼らは【義兄弟】で兄と呼んでいると勘違いしている。実際は【未来世界】ではリアル兄弟なのだ。


 ウラシマ「俺も兄者も【朝廷】と敵対した時に、名前を変えたから俺らを呼ぶ時は今の名前で呼ぶように!」


 今更名乗らなくとも一寸法師、浦島太郎の名は【禍津神】として有名である。【古代】は【英雄】のことを【禍津神】と呼び、神格視していたのだ。実は、【禍津神】は【現代】も【英雄】の別名である。しかし、【禍津神】の概念が不明瞭なので正しく【英雄】を示すと伝わっていない。




https://kakuyomu.jp/users/mashiro-shizuki/news/16818622173077166010

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