第壹章   霞童子悲恋譚⑫狭穂彦王の叛乱の真相〜拗らせた感情〜  

【古族の王】が『先住者の姿』に戻れるのは【吉】なのか【凶】なのかわからない。 


【異なる星】から【地球】へ降り立った【邪神】を退けて来た『最大戦力』が【古族の王】なので、はじめと燎は、【邪神】に匹敵する『生命体』ということになる。


 癸「将成………わかっていると思うけど」


 癸は右手をチョキの形にしてチョキチョキ切る仕草をしている。


 今のはカットしようと身振り手振りしている。つまり、今の話は「オフレコでヨロシク」という意味だ。




   ◆   ◆   ◆




大闇見戸売おおくらみとめ】の姿を認めて、【闇嶽之王くらみたけのみこと(朔の前世)】は挨拶代わりに片手を上げた。


 闇嶽之王「いい所へ来たな」


大王おおきみ(天皇)】との会談は終わったのかと【闇嶽之王】の質問に答えずに、【大闇見戸売】は今の輝きは何があったのですか、と聞いた。


 会談中に黄金の輝きが自室の方に見えたので【大闇見戸売】は会談を中座して来たのであった。


 本来なら【大王】との会談中に席を立つなど、以ての外だが【大闇見戸売】は【先住者の族長】なので、『当方の都合』と言って強引に抜け出して来たのだ。


 大闇見戸売「【先住王の兄若君様】………お越しでしたか。何のお構いもせず御無礼を………」


 闇嶽之王「兄と妹の仲で堅苦しい挨拶は要らん。所で、のほうは?もう帰ったのか?」


【大闇見戸売】の挨拶を遮った時の兄と妹の仲と言った【闇嶽之王】の言葉に、【狭穂彦】、【狭穂姫】、真秀まほは驚いている。


【大闇見戸売】は、自室の方から黄金の輝きが見えたので様子を見に来ただけだと答えた。


 この時代の屋敷は、日の明るい時間帯は戸や障子を開け放っているので敷地内の異変は、すぐにわかるようになっている。


 闇嶽之王「では、すぐに戻らなければならんか………ならば手短に話す。この子は【景比売かげひめ】の娘で名を真秀という。年齢としは13才。先ほど【成人の証】が来てな………ここにいる皇子と皇女に【翼】に触れてもらった所、皇子の方に反応した」


【闇嶽之王】は伝えるべきことしか言わなかったので、どういう経緯で【狭穂彦】、【狭穂姫】、真秀が知り合ったのかが抜け落ちていた。


 だが、【翼】に触れて反応が出たという言葉で【大闇見戸売】は声を漏らして床に崩れて泣いた。


 狭穂彦「母上!」


 狭穂姫「お母様!」


 急に崩折れて泣き出した母に2人は慌てる。


 真秀は【大闇見戸売】の容姿に驚いて目を瞠っていた。


 真秀(お母さんと同じ顔!………どういうこと?)


 真秀は、確実に事情を知っている【闇嶽之王】を見る。


 ひとしきり泣いて落ち着いた【大闇見戸売】は、【狭穂彦】と【狭穂姫】に真秀との血縁関係を告げた。


 大闇見戸売「真秀さんの母【御景見戸売おんかげみとめ】は、私の双子の妹よ。彼女は、この【佐保】にいられなくなって私たち姉妹は離ればなれになった」


【大闇見戸売】の話で、【狭穂彦】と【狭穂姫】は真秀の容姿が【狭穂姫】とソックリな理由がわかった。


【大闇見戸売】は、【大王】には今日はお引き取り願います、と言った。【闇嶽之王】が自分が言って追い払ってやろう、と申し出る。


 闇嶽之王「聞けば毎度毎度の急な訪問らしいな………ここは、俺が出て行って迷惑だとハッキリ言ってやろうではないか」


 大闇見戸売「【大王】は【狭穂】が恥じらって遠慮していると………ご自分に都合よくお考えなのですが………」


 いわゆる『他人の話を聞かない系』である。


 闇嶽之王「【大比売おおひめ】よ、【蓋付きの壺】を用意しろ。【山の先住王】の名代として、俺が直々にを振舞ってやる」


 その言葉に真秀は、「若王様、料理できるのですか?」と訊く。【狭穂彦】と【狭穂姫】も【先住者の王族】の料理には興味津々の様子だ。


 大闇見戸売「料理………ではないわ。壺の中に【マムシ】を入れて、それを料理と言って出すのよ」


【大闇見戸売】の口ぶりから、【闇嶽之王】は料理と称して結構使っている手段のようだ。


 真秀「【大王】にソレは………」


 真秀は【闇嶽之王】からそれを振る舞われたことがあるので、知っていた。


 狭穂姫「真秀さんは知っているの?」


【狭穂姫】の目が輝いていて、好奇心に満ちている。


 真秀「【天孫族】の方が口にするものでは………」


 闇嶽之王「何を言う。【蝮の生き血】は、滋養があって『無病息災』なんだからな」


【大王】も健康を気遣ってくれたと喜ぶに違いない、と【闇嶽之王】は得意げだが彼は初めて【蝮】を掴む者は、あのクネクネした動きに度肝を抜かれることを知っている。【宮廷】で【お毒見役】を通過してから食事をする【大王】にはトラウマものだと、どんなリアクションをしてくれるか【闇嶽之王】は悪巧みしている笑顔であった。




   ◆   ◆   ◆




 はじめは【前世】の朔、【闇嶽之王くらみたけのみこと】が出した料理を【垂仁天皇】が食そうと壺の蓋を開け、そこから活きのいい【マムシ】が飛び出したので驚いた【垂仁天皇】は目を回して気絶した、と話した。


 満「まあ………そうなるわな」


 てか【お毒見役】働けや、と満は悪態をつく。


 桂「相手は【山の先住王の長子】………【毒入り】を疑いもしなかったのだろうな」


 そして飛び出したのが【毒蛇】だったのだから、【お毒見役】の職務怠慢を指摘するのは正論だ。


 朔は、【蝮】は頭と顎を指で上下から押さえつけながらキュッと絞めて【小刀】で喉元から腹にかけて縦一直線に斬りその滴る【血】を盃に受けて飲み干すのだ、と【蝮の血】の飲み方をレクチャーする。


 朔「【蝮】を乾燥させて【漢方薬】を作ったり、【蝮の身】は【食用】になるからな………【血抜き】した【血】は、そのまま飲むも良し、酒に混ぜて飲むも良し」


 精がつくぞ、と朔は言った。


 癸「確かに………【大王おおきみ】には必要かもしれないねえ」


 年の功で大抵のことには動じないみずのとでも、流石に朔の【蝮】講義には若干顔色を青ざめさせていた。


 遙「未婚の【大王】に精をつけさせてどうするんだ?【后】を娶る前に【采女うねめ】が懐妊とか、ヤバすぎるだろ」


 遙の意見がリアル過ぎる。


 朔「この一件以来、【垂仁天皇】が【佐保】へ来るのが週3になった」


 洸「週3で減ったのかよ………一体、週に何回行ってたんだ?」


 朔は、【蝮】で脅したことで【佐保】に通って来る回数を減らすことには成功したと言うと、あきらがこれまでは週に何回だと訊く。


 朔「毎日来てたらしいぞ」


 将成「【古代】には電車も車もないぞ。【垂仁天皇】の頃の都は………【桜井市】だったな。徒歩約5時間の距離じゃないか!」


 将成は、この【大王おおきみ】は仕事していたのだろうかと頭をよぎった。


 桂「仕事せずに、女性をハントしていたのだろう」


 身も蓋もないことを桂は言う。


 癸「一理あるねえ………先代の【崇神天皇】の代で、【畿内】を除いて他は平定したのに、次代の【景行天皇】の代では再び全国平定をやり直しているからねえ」


【ヤマトタケル】を便利屋のように使って、と癸は言った。満の元にいる【漂白の者】には【ヤマトタケル】もいるのだ。満の配下の【下忍】である以上、【甲賀忍】なので癸の【ヤマトタケル】が酷使されることになった【大王】へのディスは容赦ない。 


 癸の意見を要約すると、先代で反抗していた諸国を従わせることに成功したが、その後を継いだ者が何もしなかったせいで先代の努力が水泡に帰し、次代がやり直しをするという二度手間をやったということだ。


 燎「もし、何かの拍子に【垂仁天皇】や【景行天皇】が【漂流】して来たら【血】が流れそうだな」


 燎の言葉はフラグ立てのようなものだが、【大王】が【漂流】することはないだろう。法則性はないが、【漂白の者】は【戦】の混乱や海難事故によるものが多いので、基本【戦場】に出ない【大王】には縁のない現象である。


 朔は、【蝮】に驚いて気絶した【大王】は従者たちが【都】へ連れ帰り、その後に【日子坐ひこいます】の【直系】の【天孫族】と【佐保】の【先住者】たちを集めて【まほろば鳥】の真秀の【翼】と【花婿】のお披露目をした、と話す。


 朔「そのお披露目の場に【先代】が現れて、真秀と【狭穂彦】は出逢って0日婚だ」


 朔は、【前世】の話をしているのだが、ますます某国発の恋愛マンガっぽくなっているのは気のせいではないだろう。




   ◆   ◆   ◆




 緊迫した空気が流れる。


 眼前に【山の先住王・大闇主之王おおくらぬしのみこと】が威圧感充分で見下ろしていた。


【強き者】を象徴する深紅の瞳が【人間】たちを睥睨している。


【大闇主之王】がおもむろに口を開いた第一声は、なぜだ、という疑問詞だった。


 大闇主之王「我が娘【景比売かげひめ】は、なぜ病に冒された者の如くやつれておるのだ?」


【大闇主之王】は、まず【日子坐ひこいます】を見る。彼に手籠めにされ真王まおを出産した際に【御景見戸売おんかげみとめ】は【恍惚の人】となった。しかし、【御景見戸売】は『神々の寵愛を受けし【比類神子】』なので、元より【不具】の状態になる可能性があった。【日子坐】の行為が原因とは限らないのだ。


 続いて【美知能宇斯みちのうし】を見る。彼は【同族】の【まほろば鳥】たちに殺害されそうだった【御景見戸売】と真王の母子の逃走を手引きし、後に【御景見戸売】を【愛妾】とし真秀が生まれた。そして自身の領地に住まわせ匿っていた。【美知能宇斯】には【正妻】がいて、『妻妾同居さいしょうどうきょ』の習慣がないので弟の【真若王】に治めさせている【淡海国】に居住させたのだ。


【先住王】の【大闇主之王】は、そういった【人間社会】の基本常識は心得ているので問題があるのは誰なのか理解が早い。 


 現在の【御景見戸売】、真王の衣装は【奴婢ぬひ】が纏うような粗末な格好だ。


闇嶽之王くらみたけのみこと(朔の前世)】が招集をかけた際に、【御景見戸売】、真王の服装を言及されるのを恐れた【真若王】は【従碑まかたち】が纏う衣装に着替えさせようと衣装を調達したが、着替えさせる間もなく【闇嶽之王】の【使い魔】の【蛇】に拉致られた。


【日子坐】も【美知能宇斯】も、【淡海国】での【御景見戸売】母子が置かれている境遇には気づいていたが、彼らは手助けしなかった。実権は【美知能宇斯】が握っているが、【淡海・息長おきなが一族】は【真若王】が【族長おびと】なので【邑】の人間関係の在り方は【真若王】が取り締まらなければならないのだ。


 闇嶽之王「父上………【淡海国】では我が妹【景比売かげひめ】は【碑女はしため】なのだそうだ。故に、その子である真王と真秀は【奴婢ぬひ】身分になるらしい」


【闇嶽之王】は更に真秀の成人祝い用に【大鳥おおとり】の【羽毛織物】で仕立てた衣装を真秀へ贈ったが、【真若王】の【従碑まかたち】の女が高値が付くのを見越して盗んで自身の所有物にした、と誇張表現した。当時の換金は、物々交換で高価な衣装は豪族の所有する宝飾類で支払われる。


 大闇主之王「ほお………私の娘が【碑女】か………これは【息長おきなが一族】全体の『連帯責任』だな」


 しかし【水頼比売みずよりひめ】の子孫が【首長おびと】を務めているので、【海の先住王】と話し合いで処分を決めなければならない、と【大闇主之王】は【大海主之王おおみのみこと】へ使者を出すよう【闇嶽之王】へ命じた。


【山】と【海】の両【先住王】が揃うまで【息長一族】の処分は保留されたが、【大闇主之王】は彼らを生かしておく気がなかった。只、【海の民】の【支配圏】内なので【大海主之王】の立ち会いが必要なだけなのだ。


 大闇主之王「【イマス王】よ其方の倅である………反対意見は?」


 処分の意向に反対したければせよ、と【大闇主之王】は言った。


 日子坐「ありません。たかが【邑】1つまとめられぬとは………子の恥は親の恥!【真若王】………お前には失望した」


【日子坐】は恥云々で親子を語ったその舌の根も乾かないうちに、【真若王】を切り捨てる意思を示した。


 大闇主之王「【美知能宇斯王】よ其方の意見は?」


【美知能宇斯】の意見も聞きたいようだ。むしろ娘の【御景見戸売】の【婿】────────────正式なものではないので【妻】ではなく【しょう】になっている────────────と認めた【人間】の男の意見に【大闇主之王】は興味がそそられていた。


【美知能宇斯】は、矛先を向けられることを予測していたのだろう。冷静に言葉を返す。


 美知能宇斯「【真若王】を【首長】にしたのも、またそこへ私の【しょう】と子らを住まわせたのも私の采配………経験不足の弟が不便せぬよう彼の気心知れた者共の共存を許したが………それが弟を増長させ【邑】での不和を生んだことは残念でなりません」


【美知能宇斯】は、そこで言葉を区切り【日子坐】へ進言した。


 美知能宇斯「【人間】は失敗から学ぶ………父上さえよろしければ、【真若王】に『行き遅れてしまった』異母姉妹のどなたかを娶らせ、その地の【首長おびと】として反省と更生の機会を与えてやってほしい」


 一見すると【美知能宇斯】は【真若王】を庇って命乞いをしているかに見えるが、これは嫁に行き遅れた容姿の冴えない女を娶らせ、その地に骨を埋めろということだ。【真若王】は長子ではないので婿入りさせることに支障はない。


 闇嶽之王(ある意味、親父より容赦ねえな)


【闇嶽之王】が【美知能宇斯】を食えない男だと評価していると、【真若王】が嫌だと聞き分けのない子供のようなことを言い出した。


 真若王「俺は、真秀を嫁にする!婿になんて行きたくない!」


 闇嶽之王「はあ?お前、馬鹿なのか?真秀は【狭穂彦】を婿にするって、今決まっただろ」


 婿入りを拒否するのは勝手だが、真秀と【狭穂彦】に割って入ることは許されないことだ。


 闇嶽之王「真秀とその家族は、【先住者】だ。本来ならお前ら【人間】が虐げて足蹴にしていい存在ではなかった。俺は、お前たち【息長一族】が我が妹【景比売かげひめ】、その子ら真王、真秀に何をしてきたか全て知っている」


【闇嶽之王】はここで『先住者の姿』の【大蛇神オロチガミ】になって【真若王】を絞め殺してやろうかと、頭をよぎる。


 大闇主之王「【みたけ】………」


【大闇主之王】は、息子が頭に血が昇って【人間】を絞め殺しかねない様子を悟り、名を呼ぶことで【先住王】の御前であることを自覚させた。


【闇嶽之王】は【真若王】へ侮蔑の眼差しを送り、口を噤んだ。

     

【大闇主之王】は、【真若王】から立ち込める気配に眉を顰めた。


 大闇主之王(この【人間】は………【大海主おおみ】が到着次第、早く処分したほうが良さそうだ)


【佐保】の地に【魔界】が接近している気配を【大闇主之王】は感じとった。




   ◆   ◆   ◆




 朔は、【先代】は【邪神】を退けた後にこの時の自分は選択肢を誤ったと言っていたと話した。


 将成「間違ってはいないだろう。【真若王】の領地は【海の民】の【支配圏】なのだから断りもなく処分すれば後が厄介だ」


【先住者】はテリトリーを侵害されることを嫌がる。そこに【人間】が住んでいる場合は所有物となっている。【古族】視点では雑草や石ころと同じだが、たとえ雑草でも勝手に摘まれると気分が悪いのだ。将成まさなりが言っているのはそういうことである。


 燎「それは、【先住王】同士が良好な関係の時ならばな………【大闇主おおくらぬし】とは【八岐】の一件でほぼ絶縁されたも同然だった」


大海主之王おおみのみこと】は、【真若王】とその舎弟、取り巻き女は勝手に処分してもゴミを始末してくれたことに感謝するだけで、衝突する事態にはならなかったと【前世】で自分が思っていたことを燎は言った。


 朔「【大海主之王】は当時は九州にいたから【佐保】へ来るまでに日がかかった」


【大海主之王】が『先住者の姿』になればひとっ飛びなのだが、【古竜神】が海を泳いだり空を飛んだりすると、【海の先住王】の怒りを買っただの襲撃に備えろだのと【人間】が余計なことを考えるので【船】で海路を進む手間をとらなければならなかった。【先住者】と【人間】が争わない為に、合わせられる所は合わせるように心がけていたらしい。


 燎「【前世】の俺が【佐保】に着いた時は………【佐保】の地は【魔界】に侵食され【邪神】と交戦中だった」 


 燎は【前世】で見たままのことを話しているのだが、【大海主之王(燎の前世)】は途中から合流しているので間が抜けていてなぜそうなったのかわからない。


 朔「燎が合流した時には、【狭穂姫】たちが輪姦まわされた胸糞行為の後だったからな………」


 朔は、思い出すだけであの時【真若王】を絞め殺さなかった自分を呪いたくなるが【魔界】の『領域展開』の考察と検証の為には話すべきことなのだろう、と言って語り始めた。


 朔「真秀は【山の先住王】の孫で、更に幻想の絵空事と思われていた【花婿】が現れたことで【人間】たちにとっては『遥か高みの天上人』となった」


 このことが何を示すかというと、【真若王】やその舎弟、取り巻き女たちは『罪人』となったと朔は言った。


 朔「これまでは、『【山の先住王】がお迎えする』と称して毎月1世帯ずつ間引いていたが………クズというのは間引く側から増えるらしい」


 不信感を抱かせない為に、ひと月1世帯ずつにして【人間】たちには【嫁入り】または【婿入り】と勘違いさせてウマく回していたと思っていたのだと朔は言った。


 満「頭の中お花畑な連中ばっかりやったんやな」


 普通は定期的に1世帯が消えていることから、【先住者】の【生贄】にされてるとか考えるもんやろ、とみちるは呆れている。


 桂「それで、『【真若王】とクズなアホたち』が愚かな凶行に走った訳は………やはり【人間】にありがちな『死なば諸共』精神か?」


 遙「ああ………破れかぶれの賭けに出る行動か」


 桂の意見に遙が理解を示している横で、あきらが『罪人』を野放しにしていたのかと訊いた。


 洸「【比類神子ひるこ】を貶めたり【先住者】を虐げたりする連中だぞ………そういうのを【無法者】って言うだろ」


【無法者】に【道理】は通じない、と洸は言っているのだ。


 朔「【先住者】と【人間】の決定的な違いを見抜けなかった………と言うべきだろうな」


【先住王】から叱責を受けた【先住者】は【王】の信頼を回復する為に、大人しく服従する。しかし、【人間】は反骨精神から起死回生の手段に出る。【先住者】には、この反骨精神がないので『崖っぷち』に立たされた【人間】の行動を読めなかったのだと朔は言った。


 将成「反骨精神がない………絶対服従ということか」


 納得できずにクーデターを起こして【王】を脅かすことがないということか、と将成は聞いているのである。


 朔「そうだ。【古族】は【野生動物】のような部分があってな………チカラが全て強者に絶対服従の思考だ」


 燎「俺が【大闇主おおくらぬし】の立場でも同じことをした。【先住王】が直々に裁いた。ならば拘束は無用。【人間】が逃げ隠れした所で捕まって終わりだ」


 そう逃げ隠れした場合の話だ、と燎は2度そう言った。


 洸「【先住者】には【人間】が如何に『煩悩まみれの俗物』なのか、わかっていなかったのだな」


 朔が凶行と言っていたことから洸は、『煩悩の赴くまま』の行動に走ったと予測した。


 洸「【死】を前にして【煩悩】を満たしに走るとは愚かの極みだな」


 洸は【僧侶】の説法っぽいことを言っているのだが、単にディスっているだけのようにも聞こえる。


 洸「その俗物どもが【魔界】を引き寄せるとは………全くもって救いようがない」


 まあ【魔界】に呑まれたら救うのは無理だがな、と洸は見ていないのだが見て知っているかのように言った。

       

 燎「お前………見てもいないことをよくそこまで言えるな」


 洸「【五悪】という【仏教】では禁止されていることがある」


【五悪】とは殺生、偸盗ちゅうとう、邪淫、妄語、飲酒おんじゅである。


 洸「連中は、既に人の物を盗む偸盗と【比類神子】を貶める妄語、煩悩にまみれた飲酒の三悪を持っていた。ここに殺生と邪淫が加われば『【五悪】を満たして【魔界】の扉は開かれん』と『条件』が揃う」


 洸の【僧侶】の知識で【魔界】が『領域展開』した原因を予想できたらしい。


 みずのとが1つ気になることがあると言った。


 癸「その出来事が起こった時、【大闇主之王おおくらぬしのみこと】はどこにいたのかね?」


【外道】どもは『鬼の居ぬ間に何とやら』でをしたのだろう、と癸はその場にいなかったことを見抜いている。


 朔「【先代】、真秀、【狭穂彦】、そして俺は【佐保山】にいた」


 朔は【日子坐ひこいます】と【美知能宇斯みちのうし】がいる所で、愚行は冒さないと考えが甘かったと言った。 


 燎「義父上………【ツガイ】という存在は弱点になるのです。【古族】は【長命種】故に子が中々授かりません」


 癸「なるほど………【狭穂彦】が弱点となるから【山の民】のテリトリーへ避難させたわけか」


【先住王】の判断としては【ツガイ】の安全の保証が最優先だ、ということを癸は理解した。


 満「ところが、『鬼畜で外道な連中』はな行動やったっちゅうわけやな!」


 満の『斜め下』発言を癸が『斜め上』てはないのかね、と訂正する。


 満「『鬼畜な外道』のやることは下の下や!せやからでエエねん!」


 癸「おおー!ウマいねえ。座布団3枚あげよう」


 癸は、ウマいことを言うと座布団が貰える某番組のノリである。


 将成「しかし、【日子坐ひこいます】と【美知能宇斯みちのうし】に止められて失敗しそうなものだが………」


 なぜ凶行が可能だったのだと将成は訊いた。この2人が残っているのだから不可能なはずだ。


 朔「【ヘッド】は【八岐やまた】という『不幸を呼ぶ【大凶星】』の存在を忘れているようだな」


 当時は俺も忘れていた、と朔は言った。


 洸「【八岐大蛇ヤマタノオロチ】か………」


 ソイツ絶対にサイコパスだろ、と言ってから洸は【古代】では【忌みびと】と言うのだったな、と訂正した。


 朔が、当事者から聞いた話では【八岐】が彼の手下とする【先住者】を【日子坐】と【美知能宇斯】にけしかけて2人を足止めしたそうだ。


 朔「【天上界】の【神堕ち】した奴で【夜叉鬼やしゃき】と【阿修羅女あしゅらめ】という」


【神堕ち】とは【堕天】と同じ意味だ。【神】だった者がその資格を剥奪されて【天上界】から追放された者が【神堕ち】と呼ばれる。


 洸「それは【悪鬼あっき】のほうだな………【古族】に加わっていたのか」


 洸は【神堕ち】について知っているようだ。


 将成「【神堕ち】について説明してもらえないか」


 将成は【僧侶】の知識として知っているのだろう、と洸に訊いた。


 洸「【鬼道衆】の基礎知識だな。だが、満のほうが詳しいぞ。満の【前世】の【普賢真人ふげんしんじん】は【普賢菩薩ふげんぼさつ】に【神格化】して、【天上界】に出入りできたからな」


 洸の言葉に満は、俺は実はスゴいんやでと満はドヤっている。


 満「【天上界】で【帝釈天】が【天上帝てんじょうてい】を討ち取って、自分が【天上帝】の玉座をゲットっちゅう交代劇があったんや」


 満の話では、現在の【天上界】での最高権力者である【天上帝】は【帝釈天】だそうだ。


 満「【天上帝】の交代は、【人間界】の【国王】退位からの【新国王】即位とおんなじや」


六道界りくどうかい】の6つの【世界】が【異世界】の概念なので、【天上界】の政権交代は遠い【異世界】での出来事にすぎないのだ。  


 満「そんで、【帝釈天】に反抗した勢力が【夜叉王の一族】と【阿修羅王の一族】やったんや。この反抗勢力っちゅうんは、【先代天上帝】側に付いた者のことや」


 桂「おい………それは【帝釈天】が反旗を翻して謀反を起こしたということではないのか?」


【帝釈天】が【先代天上帝】を討ち取っているのだから、桂の言う通りである。


 満「せや。けど結果は謀反を起こした【帝釈天】が勝ったんやから、謀反人は【先代天上帝】に付いた者や」


『神々の世界』はシビアなんやで、と満は言った。


 遙「なるほど………勝者が正義か………なかなかハードボイルドな【世界】だな」


 遙は、【天上界】とは【神々】がそれぞれ【独立国家】のようなものを築いて過ごしているものと考えていたが【帝】の位に就く【神】が治めているようだ。 


 満「そんで敗者側は謀反人として『【神堕ち】の刑』や」


【夜叉王】と【阿修羅王】は【天上界】を追放され【地獄界】へ送られたのだが、【刑】の執行はこれで終わったのだが【地獄界】へ送られた両者はこれで終わりではなかった、と満は言った。


 満「【先代天上帝】を裏切った【帝釈天】憎しっちゅう【負の感情】が異常に高まったんや。【地獄界】はただでさえ【オニの気】が強い所や。【夜叉王】と【阿修羅王】は【神堕ち】で資格剥奪されたけど、元は【神】や。この【負の感情】を自分から切り離して別の【生命体】に創り変えるんに成功した。それを【人間界】へ送った」


 完全に分離させたので、【生命体】としては別人になるらしい、と満は話した。


 将成「では、その分離した【生命体】が【古族】になった………ということか」


 それは有りなのか、と将成はつぶやく。


 燎「自らが【おさ】となって【一族】を受け入れてください、と【先住王】に挨拶して【王】が許可すれば有りだ」


 燎は、昔の【ニライカナイ】は【異国】扱いだった【琉球王国】にあったので、【海の民】に迎えてほしいと挨拶に来た【種族】が幾つかあり、挨拶に来た【種族】は全て【海の民】に迎え入れたと言った。


 将成「全てですか………センパイ、チョロ過ぎじゃありませんか?」


 いくら仁義を切って来たとはいえ、容易に迎え入れるのは如何なものかと将成は言った。


 燎「俺は『平和で明るい家族計画主義』なんだよ。そもそも、仁義切るってことは【古族】じゃ屈服したようなものだ」


【古族】は【人間】と違って反骨精神がない、と聞いていただろうと燎は言った。


 相対した瞬間に強者と弱者の立場が判る【古族】は、一族存続の為に圧倒的強者には服従して庇護下に入る。子孫ができにくい【古族】は、そうしなければ一族が断絶してしまうのだ。


 将成「では【大闇主之王】が【神堕ち】を受け入れた………ということか」


 満から事情を聞いていなければ、謀反人の危険人物だと将成は考えたが【天上帝】交代劇を聞いた後では、忠臣が負けを理由に【神堕ち】追放されたと考えが改変されるので、そう悪いことではなさそうなのだろうか。


 洸「結果見りゃそうだろうよ。………【悪鬼あっき】と一族名を付けて挨拶したんだろうな」


 どっちが【長】になったかは知らんがな、と洸は言った。


 朔「【夜叉鬼】が【長】だ。そして、【現代】で【インスマウス症】をバラ撒いた【杜飛龍トウフェイロン】に付いていた【科学者】………おそらく【夜叉鬼】だ」


 朔は、【大闇主之王】は【神堕ち】した【悪鬼一族】を受け入れ【八岐】の護衛に付けたと話した。


 将成「元は【神】だった者が………【人間】を病に冒して世も末だ」


 将成の言葉に洸は、【悪鬼一族】は【神】が不要な部分を捨てた【生命体】なので【道徳観念】など持ち合わせていない、と断言した。


 朔「洸の言う通りだ」


 朔は言葉を続ける。【道徳】が欠けているから、あの『鬼畜外道』どもが【不具】の弱い者や女を蹂躙する手助けをしたのだ。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る