第壹章   霞童子悲恋譚⑨狭穂彦王の叛乱の真相〜息長の一族〜 ※本文にイラストリンク有り

【真若王】があまりにもクズなので、後半部分に【真若王】のざまぁをショートストーリーにしました。  

       

 サブタイトル『古代の比類神子』の冒頭部分の【真若王】が【琵琶湖】へ投げられた話です。


※本文に障害表現の言葉が出てきます。ご了承ください。


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 朔は【美知能宇斯みちのうし】が【日子坐ひこいます】へ【御景見戸売おんかげみとめ】母子たちを【愛妾】と子と紹介した際に、【日子坐】は真王まおが自分の子であることに気づいたようだがスルーしていたと話した。


 朔「俺も【大海主オッサン】に倣って、【日子坐】に【景比売かげひめ】母子たちを次、殺ろうとしたらテメェわかってるよな、って言ってやった!」


闇嶽之王くらみたけのみこと(前世の朔)】は、自身は【山の先住者の王】の嫡子で『【山の先住者】の代弁者』と【日子坐】に名乗ったらしい。


 朔「だが………【日子坐】のアホ息子は、【神】をも畏れぬ底なしアホだった」


 朔は、【狭穂姫】の輿入れに【采女うねめ】となった真秀まほが同伴していた話をしただろう、と言った。


 満「せや。大方の予想はついとるから、答え合わせやってんか(やろうか)?」


 みちるは、【狭穂姫】と真秀はソックリな顔なので真秀を【影武者】に使えると【日子坐】は考えた、と推測した。故に【奴婢ぬひ】から大出世の【采女】になった。しかも【皇女様】付きの【采女】だ。


 朔は、半分は当たりだと答えた。


 満「なんてこったい!半分間違ったんか!」


 朔「いや………半分足りない。みっちの予想は完全解答ではない」


 燎「まあ………あの『ド腐れゲス外道』を直に見知っていないと、これは予想できないだろうよ」


 どうやら満が予想できなかった残り半分は燎も────────────正確には【前世】の【大海主之王おおみのみこと】だが────────────知っているようだ。 


 洸「あ………俺わかったかも!」


 桂「俺もわかった」


 遙「実は俺も」


 あきら、桂、遙は、わかったと言ったが3人が同じ解答とは限らないので、朔は話を先に進めようとする。


 朔「輿入れ前に【狭穂姫】が懐妊してしまった。故に、ソックリな顔の真秀を同伴させなければならなくなった」


 おい無視かよ、と洸。桂は、概ね予想通りだったようで納得の表情である。


 遙「腹の子の父親は誰だよ」


 遙は意味深な質問をした。


【古事記】の【狭穂彦王の叛乱】を知っているなら、父親は誰なのか聞くまでもない。


 将成「【狭穂彦王】ではないのか?………そもそも、【狭穂彦王の叛乱】は【狭穂姫】が懐妊したことから端を発するという説もあるじゃないか」


 将成の言葉に、洸は生温い視線を向けてため息をついた。


 洸「【ヘッド】は『お坊ちゃん』だな」


 10才近く年上相手に洸の言い方は礼儀がなっていないが、誰も咎めない。


 遙「三十路過ぎて、そんな【ピュアな心】をしていたら先が思いやられるぞ」


 遙は洸の4才上なので、将成との年齢差は少しは縮まるが、それでも年上相手に失礼すぎる。


 将成は、何も言い返せずに助言を求めるようにみずのとを見る姿が画面に映っている。


 癸「将成………もう少し頑張ってみたらどうかね。ヒントは、燎の『ド腐れゲス外道』という表現だ」


 癸は、すぐに答えを与えなかった。孫たちが散々にディスったので、将成には自力で解答の欠片でも答えてほしい。


 燎は、自分の言葉をヒントに持ち出してもらえたことに表情が明るくなる。


 燎「義父上………!自分のこと、少しは認めてくれますか!」


 癸「そうだね………爪の先ぐらいだけど」


 癸の手厳しい応答にも、燎は一歩前身と喜んでいる。


 将成「センパイの言葉をヒントにして、俺に判ったことは………お腹の子の父親は【狭穂彦王】ではありませんね」


 そして勿論、【垂仁天皇】でもないでしょう、と将成は言った。


 癸「うん………よく出来ました。まだ完全解答ではないけど、【狭穂彦王】と【垂仁天皇】を父親候補から外したのは及第点………あげてもいいだろうね」


 癸の口ぶりでは、【狭穂姫】の懐妊からお腹の父親は普通に予想される【狭穂彦王】と【垂仁天皇】とは別の人物と見ていたようだ。


 癸「【狭穂彦王の叛乱】は、『近親相姦の果ての狭穂姫の懐妊』が発端とも『垂仁天皇と新羅しらぎの皇子との友誼』が原因とも言われているけど………朔と燎の話を聞いたら、【狭穂彦王】はねえ」


 癸は、【狭穂彦王】は冤罪じゃないかねと訊いた。


 燎「さすが義父上!まだ核心の話もしていないのに………そこまで先読みされましたか!」


 癸は、君おおげさだねえ、と燎に呆れているが先読みが正しいと言われたのは、万更でもなさそうだ。


 遙「俺にも判ったぞ………【狭穂姫】を孕ませたのは【日子坐ひこいます】か【真若王まわかおう】のどちらかだが、【大王おおきみ】に取って代わろうとする野心のある【日子坐】は除外」


【真若王】一択だろ、と遙は自信満々で言った。


 洸「遙の意見は一理あるが………そんな単純な話じゃねえぞ」


 洸は、容姿の似ている【狭穂姫】は真秀まほと間違えて襲われたと言った。


 洸「それも………【真若王】だけじゃねえよ。【淡海】の【真若王】の舎弟たちの何人かで【輪姦】だ」


 俺は陵御影みささぎみかげの生まれ変わりだぞ、【鬼畜】【外道】【ゲス】のやることは網羅している、とキッパリと言い切った。


 一同は、言葉を失くす。


 しばらく沈黙が続いたが、癸がそれを破った。


 癸「私は………今、御影の『心友失格』だと思った」


 あんな酷い亡くなり方をした『心友の最期』を一時だが、忘れていた気がする、と自己嫌悪の言葉を口にした。


 癸に、このまま自虐モードに埋没されたらどうしようと、将成はハラハラしたが癸は立ち直って自身の推測を聞いてほしい、と言った。


 癸「【狭穂姫】が口に出すのもおぞましい行為を受けた同時間帯に、真王まお………もしかしたら【御景見戸売おんかげみとめ】も同じことが?」


 癸は、口に出すのもおぞましいと前言しているので最後まで言葉を継げなかった。


 朔「パーフェクトアンサーだ」


 朔は、完全解答を讃えたが苦々しさが滲んでいる声音だった。


 燎が、ここは自分が話すと朔から話の主導権を交代した。


 燎「【日子坐ひこいます】から【丹波国】と【淡海国】の領地を貰った【美知能宇斯みちのうし】は、【御景見戸売】たち母子を【淡海おうみ】の【真若王】が【首長おびと】をする【息長おきなが一族】へ預け、自身は【丹波国】へ戻った」


【美知能宇斯】には【正妻】と子が【丹波】にいるので、そこが【美知能宇斯】の自宅なのだ、と燎は言った。当時は【通い婚】で、夫が妻や妾の元へ通うのが常識だった。【丹波】と【淡海】は、海路を使えばそれほど離れていないので【愛妾】を住まわせるにはちょうどいい距離感だ。


【丹波】にいる子が【丹波四姉妹】で、内2人は【古事記】では【狭穂姫】の遺言に従って【垂仁天皇】へ嫁ぐ。四姉妹の長女【日葉酢媛ひばすひめ】の生んだ子が次代の【景行天皇】、【古代のヒーロー】で有名な【ヤマトタケル】の父親である。


 燎「【美知能宇斯】という男は、【長息一族】の長男でありながら弟の【真若王】に【首長おびと】の地位を譲って【美知能宇斯】が【実権】を握る………いわゆる【大御所政治】をやった人物だ」


 このことから【息長一族】は、【美知能宇斯】を【頭領】として忠誠を誓っているが、【真若王】はただの神輿扱いでおとなしく担がれていろといった感じだったと燎は話した。


 将成「センパイ、ちょっと待ってください!………【天孫息長てんそんおきなが一族】は【古族】ではありませんか!」


 将成の言葉に、燎は【天女・水頼比売みずよりひめ】の子孫だから当然だろう、と言う。


 燎「【水頼比売】は【天女族】を追放された。故に【天女】を名乗れない」


 最終的に【一族】の名前の由来になった『水中でもノーブレスで息が長く続く』という意味の【息長おきなが】を【古族】としての【種族名】に決めた。


 洸「【天孫族】は、【アマテラスオオミカミ】が始祖だ。【応神天皇】あたりまでは【隠れ異能力者】いたかもしれないぞ」


 何しろ【応神天皇】は【胎中天皇】の別名持ちだしな、と洸は言った。


【応神天皇】の母【神功皇后】が胎内に子を宿していた時に腹の子は【大王おおきみ(天皇)】に即位すると【御神託】があったことは【古事記】に記述されている。


 遙「あれ………!もしかして、【美知能宇斯】と【丹波四姉妹】、【古族】に【進化】したのか?」


 遙の問に燎は、頷いた。


 燎「ただし、【四姉妹】は【三姉妹】になっている。1人欠けた理由は………【古事記】に載ってるから………」


 心無しか燎の声が沈んだものになる。


 満「真秀のお父ちゃん、生きとるんか!」


 燎は満に、『あの頃』と変わらない姿だと娘に伝えてやってくれ、と言った。


 癸「過去の鬱を彷彿とさせる話の後で良い話を聞いた。ありがとう」


 滅多にお礼を言われたことのない癸からお礼を言われた燎は、感動した。


 燎「義父上からお礼を言われるとは………ありがとうございます!」


 感動でテンパったのか燎はお礼にお礼で返してしまう。


 朔は【山の民】が先に見つけたのに、とブツブツ言っている。【前世】の【闇嶽之王くらみたけのみこと】が【呼び寄せの笛】を渡していることから、かなり【美知能宇斯】を気に入っていたことが伺えた。




   ◆   ◆   ◆




御景見戸売おんかげみとめ】、真王まお真秀まほたち母子を【淡海おうみの邑人】たちは住まわせることは渋々了解したが、『流れ者の他所者扱い』だった。


【御景見戸売】は【美知能宇斯みちのうし】の【愛妾】と通達されているが、いつの世にも口さがない者はいるもので、【御景見戸売】は【婢女はしため】そして真王と真秀は【美知能宇斯】が【婢女】に手を出して、その【婢女】が孕んでしまったと囁かれ挙げ句に孕みやすいタイミングで『お手つき』になったと、『狡賢い奴隷女』と蔑まれるようになっていた。噂を流した大元がどれだけイタイ頭をしているのか頭をかち割りたくなる。


【恍惚の人】の【御景見戸売】に、【排卵日】の周期を計算するなど不可能だ。現に音も葉もない噂を流されても【恍惚の人】の【御景見戸売】には、ディスられていることすら解っていない。真王のほうは【めしい】に【ろう亜】なので声すら聞こえていないが、【比類神子ひるこ】というのは【五感】が損なわれていると直感が研ぎ澄まされるのか、雰囲気で『良くない感じ』を理解しているらしい。『女性が羨望するほど秀逸な美貌』は、心なしか沈んで見える。真秀は、何もかも全て見えて聞こえて感じ取っているが売られた喧嘩で怪我をしては【比類神子】の母と兄の面倒をみる者がいないので、ひたすら耐えるしかなかった。  


 真秀がひたすら耐え続けて3年の歳月が過ぎ、童女わらしめだった真秀は同性からは嫉妬の視線を異性からは秋波を送られる『超絶美少女』に成長した。


 女性からは、相変わらずの蔑みの視線と言葉だったが男性の様子が近頃オカシイと真秀は気づいた。


 10代男児あるあるだが、幼少期に嫌がらせをしていた女の子が成長して、目を瞠る美少女になった時の戸惑いと過去の行いの後悔、呆れるほどの開き直り、十人十色の感情が真秀へ向けられている。


 嫉妬心から真秀を嫌う女性陣は、遠巻きにあることないことを言って蔑むだけだが、男性陣は違った。


 特に露骨なのが【真若王まわかおう】だ。


 真秀が幼少の頃は、『姪御姫』と高飛車な笑みで皮肉を言われたが、成長した真秀の美貌が【朝廷】務めの女官ですら足元に及ばないと知るや、色目を使ってきた『クズ男』1号だ。更に【真若王】の舎弟たちが2号から後に続く。因みに、全員幼少期の真秀を【奴婢ぬひ】と散々貶した者共だ。


【真若王】は、【日子坐ひこいます】の子で【美知能宇斯みちのうし】の弟だけあってビジュアルは良い。しかし、この男には陰湿さ陰険さが纏いついていて真秀は大嫌いだった。


 何かと真秀の気を引こうとして付き纏ってくる【真若王】が、かなりウザい。


【真若王】は、数人の女性連れだったが真秀を見るなり、自分にしなだれかかっていた女を突き飛ばして真秀に近寄る。突き飛ばされた女は、見事に転んだ。何とか自力で起き上がった女だが、地に座り込んだ状態で視線だけで殺せそうな視線を真秀に向ける。


 真秀は、【真若王】は嫌がらせで取り巻き女性を突き放して真秀への憎悪を植え付けているのではないかと勘ぐるくらい、真秀を前にした【真若王】の態度急変が酷い。


 真秀「何か用?用がないなら、あなたが突き飛ばした女の人を介抱してあげたほうがいいよ」


 あなたのせいで転んで怪我したみたいだから、と真秀は女性を気遣っているのだが嫉妬に狂った女はそれを優越感に浸っていると意味不明の勘違いで、更に真秀への憎悪を募らせた。


【真若王】は、あんなブス放っておけと言って真秀の腕を掴んだ。


 真秀「イヤだ!私に触らないで!離してよ!」


 蛇蝎だかつのごとく嫌がる真秀の態度に、さすがに【真若王】も機嫌が悪くなる。


 真若王「【首長おびと】の俺に逆らったら、ここに居られなくなるぞ!」


【白痴】の母と【不具】の兄は、【不孝】の娘のせいで苦労するだろうな、と弱味に付け込んで真秀に言う事をきかせようとする。


【真若王】のやっていることは、今でいう『セクハラ』『パワハラ』『モラハラ』も該当する。


 卑怯者、と罵って真秀は【真若王】にキツい目つきを向ける。しかし、母と兄を盾に取られてはこれが精一杯の抵抗だった。


 そこへ、聞いちゃった、と男の声がした。


【真若王】の取り巻き女たちが黄色い歓声をあげる。その声にどこか媚びる響きが感じられた。


 闇嶽之王「今の【美知能宇斯みちのうし】にチクるから」


闇嶽之王くらみたけのみこと(はじめ)】は【真若王】を蔑む目つきで睨む。


【真若王】の顔色がサァーと蒼白あおくなる。彼の【首長】の肩書きは名ばかりで実権は【美知能宇斯】が握っているのだ。【真若王】は、しよせん兄の威を借りて、威張り散らすだけの『勘違い野郎』にすぎない。


 闇嶽之王「【山の先住王】が、【一家】を迎え入れたいそうだ。【邑】に触れを出せ」


【山の先住王】とは【山の民の王・大闇主之王おおくらぬしのみこと】のことである。【古代人】は【古族】のことを【先住者】と呼んでいる。


【闇嶽之王(朔)】が言っていることは、直訳すると『【山の先住者】が【嫁取り】または【婿取り】をする』ということだ。【嫁】または【婿】の『家族諸共迎える』と非常に良い待遇に聞こえる。


【真若王】の取り巻き女たちは、色めき立った。【山の先住者】の誰の【婚礼】かは伏せられているが、【山の先住王】には未婚の3人息子がおり今ここにいる【闇嶽之王(朔)】が、その1人だ。【先住者】は【人間】ではないが、【人間】にはない『人智を超越した容姿』、『神秘の異能力』を有している。


 女たちは、【真若王】どころではなくなった。競い合うように帰宅して行く。そして、この場に残ったのは、顔色を悪くした【真若王】と勝ち誇って泰然としている【闇嶽之王(朔)】と真秀の3人だけだった。


 闇嶽之王「あの女ども、『【先住者】の迎え入れ』の本当の意味を知らんようだな」


【闇嶽之王(朔)】は【真若王】に今回は、真秀に憎悪を向けていた女とその家族だ、と告げた。既に帰宅してここにいないが、ここに残っていれば他の女たちの嫉妬と羨望の視線に、さらされるが勝ち組の気分を堪能できたことだろう。ただし、今だけだが。


【山の先住王】のお迎えとは、【御景見戸売おんかげみとめ】母子たちを迫害する者たちへの【罰】である。1度に【邑】ごと間引くのは【人間】たちの不安を煽ることになるので、【一家】ずつ間引いていく。【邑】の者たちは【山の先住王】に見初められたと喜んでいるのは、呼ばれて戻った者がいないので【嫁入り】したか【婿入り】したかとポジティブシンキングだけが稼働していた。




   ◆   ◆   ◆      



【真若王】は、イライラして【首長宅】へ戻る途中で【御景見戸売おんかげみとめ】と真王まおが【淡海(琵琶湖)】から水路を引いた川で洗濯している所を通りかかった。


【御景見戸売】は【恍惚の人】となっているが、生活の上で最低限必要なことは自分でできるようで洗濯は自分でやっている。ただし常に真王か真秀が付き添っている。今、一緒にいるのは真王だ。真王は【盲い】に【ろう唖】だが、超直感のような鋭いカンの持ち主なので杖を付いて歩行は可能である。


【真若王】は、彼らを盾に真秀に言い寄って【闇嶽之王くらみたけのみこと(朔)】にやり込められたので、それを思い出してフツフツと怒りが込み上げてきた。


 誰が見ても自業自得なのだが、他人の痛みの思いやりを持ち合わせない者は、どこまでも自分本位だ。【御景見戸売】と真王のせいで恥をかかされたと【真若王】の中でそうすり替わっていた。


【真若王】は、意地悪な笑みを浮かべて【御景見戸売】と真王に近づいた。


 真若王「おい!そんなボロボロの服、洗っても着れないだろ。せいぜい、雑巾にしかならない」


【真若王】は【御景見戸売】の手から洗濯物を取り上げる。


【御景見戸売】は、「あー、あー」と言って手を伸ばして取り返そうとした。言葉は『母音のあ行』を引き伸ばした音しか出せない。


 真若王「何だ………返せって言ってるのか?生意気だな!俺は【首長おびと】だ!」


【真若王】は手に持った洗濯物を川へ投げた。洗濯物は川の流れに従って流されていく。


【御景見戸売】は、宝物を捨てられた少女のように声をあげて泣き出した。


 耳が聞こえないはずだが、真王は母が声をあげて泣いていることに気づいたように母を抱きしめてあやすように背をさする。


 母子が思いやりあっている美しい姿に【真若王】は、ますます苛立ってきた。


 真若王「どけ!卑しい【婢女はしため】が!」


【真若王】は【御景見戸売】と真王を無理矢理引き離しただけでなく、【御景見戸売】を力任せに突き飛ばした。


【御景見戸売】は地面に倒れた。【奴婢ぬひ】が纏う衣装は膝丈なので、【御景見戸売】は倒れた拍子に膝や脛を擦りむいて流血していた。


 真王は直感だけで母と引き離されたことに気づき、杖を付いていないほうの左手を前に突き出して虚空を彷徨わせている。手探りで母を探しているのだろう。


【真若王】はその真王の姿を見て加虐心を刺激された。


 真若王「お前、声が出ないんだよな。じゃあ、こんなことされても声が出せないかな」


 あろうことか【真若王】は、真王の片翼しかない【翼】に手をかけ力任せに引き裂いた。


 真王は、【生命】が奪われるほどの痛みに目を大きく見開いた。声が出るのなら悲鳴があがっていたかもしれないが、真王の口からは苦しそうな呼吸しか出ない。


 バタッと地面に倒れた真王に馬乗りになって【真若王】は【翼】に手をかけて引きちぎろうとする。


 真若王「片方しかないなら、こんなもの無いほうがいいだろ!」


 抵抗できない者をいたぶることに【真若王】は悦に入ってきた。


 そこへ、【真若王】は頭に衝撃を受けた。


「天誅!」


 女の声がする。


「姉上!やり過ぎ!」


 声の主の男は、女の弟のようだ。


【真若王】は、【武人】なので今の蹴りで気絶こそしなかったが、直撃だったので目が回って顔を上げることができない。


「【二郎】、こいつ中々やるぞ」


 女は気絶していない【真若王】を見て更に追撃しようとするが、【二郎】という弟らしき者に羽交い締めで止められる。


「おい、そこのクズ!私の質問に答えろ!」


 女は手にした布を突き出した。


「これはお前が川へ投げたのか?」


 口ぶりから【真若王】が投げた所は見ていないようだ。女は、川で大物を釣り上げたのにこれが流れてきたので逃げられたと怒っている。


 ようやく目の焦点が合ってきた【真若王】は女の顔を見て驚愕した。


 鎧を纏った勇ましい格好だが、その容姿は今まで見てきた女の中で最も美しい容貌だった。連れの弟らしき男も眉目秀麗だ。【真若王】の父【日子坐ひこいます】は、若い頃に『女が恋に落ちずにいられない美男』と称えられたが、その父すら霞んでしまう美男子だ。


 しかし驚愕したのは容姿だけではない。女の鎧や服装は、大陸の向こうの装備だ。対して男は優雅な遊び人風の無防備な格好だが、衣装の素材がひと目で上質の絹だとわかる。


 真若王(【新羅しらぎ】の【宮廷】関係者か?)


【垂仁天皇】は、最近知り合った【新羅】の【皇子】と意気投合して、彼の【日本移住】希望に心を砕いていることを知らない者はいなかった。


 姉弟らしき美男美女は姉弟を装っている可能性がある。男のほうは上位階級の纏う絹織物の装束、鎧で武装した女は護衛だろうか。【日本】では【高貴な男性】に【女性武人】の護衛など聞いたことがないが、大陸の向こうではアリなのだろう、と【真若王】はこの2人が【新羅の関係者】と思いこんでしまった。


 【二郎】と呼ばれた男のほうは、倒れている真王を起こして介抱する。


 二郎「美しいお嬢さん、お怪我を見せてもらえますか?………自分は、【二郎真君じろうしんくん】………大陸の向こうの【仙人】です。さあさあ遠慮せず………」


【二郎真君】が手当ての為に背中を見て、女性と思っていた人物が男だと気づいた。


 二郎「これは失礼………殿御でしたか」


 ごめんなさい、と【二郎真君】が謝っているのを見て女は何だと、と大げさに驚いた。


「男!こんな綺麗な男初めて見た!」


【二郎】、さすがのお前も負けたなと女はウリウリと肘で【二郎真君】をグリグリした。


 そして、女は【真若王】を見て虐待理由は嫉妬か、と言った。


「これだけの美男子だ。お前の女が勝手に惚れて、身勝手な理由でお前がフラれてブチ切れした!そうだな!」


 ちっせえ男だな、と女は独断と偏見と釣りの邪魔に対する八つ当たりで【真若王】を罵る。


「しかも怒りに任せて物に当たるとは………みっともない!」


 女は手にした洗濯物を投げたのは【真若王】と決めつけてかかっている。それは事実だが、まだ答えていないので決めつけということになる。


 二郎真君「姉上、その男は………まだやりましたとは言っていない」


【二郎】は女の偏見を指摘しながら真王の怪我の具合を見て、これは酷いと呟いた。


 二郎真君「姉上、【甘露酒カンロしゅ】使うよ。これ、【甘露酒】しかないわー」


「よかろう!この【天帝・玉皇大帝ぎょくこうたいてい】が許可する!」


 女の正体は【神仙界の皇帝】だった。


【天帝】の許可が下りたので【二郎真君】は遠慮なく【甘露酒】を真王の引き千切られた【翼】にかけた。


 二郎真君「あれ?片翼しか治らない………」


【二郎真君】は引き千切らていた痕跡すら残らず治ったのに対して、もう片方が生えてこないと言う。


 玉皇大帝「元々、片翼なのではないか?………【二郎】、こちらの婦人にも【甘露酒】を足を怪我したようだ」


【玉皇大帝】は、【真若王】へ動いたら【生命】は無いものと思えと、しっかり脅しながら【御景見戸売】をお姫様抱っこして連れて来た。


 玉皇大帝「こいつ『クソ』だな………女を痛めつけたようだ」


【玉皇大帝】は【真若王】を汚物を見るような目で見下ろした。



【玉皇大帝】は、汚物は洗濯せねば、と言う。


 玉皇大帝「【二郎】、この汚物をあそこのへ投げ込め!」


二郎真君「了解!装束の重さを10倍にしよう!汚れ物は時間をかけて洗わないとな」


【二郎真君】は衣装を10倍の重さにすると、【仙道術】で【真若王】の体を浮かせた。


 真若王「なっ!何をする気だ!俺はこの【邑】の【首長おびと】だぞ!こんなことして、タダで済むと思うな!」


 不可思議な【異能力】の前で【武力】で叶わないとなると、あとは【地位】に頼るしかない。お飾りとはいえ【真若王】は【首長】を任されている。


 玉皇大帝「たかが【お山の大将】だろうが!私は『天を統べる【皇帝】』だ!」


 なんぼのもんじゃい、と【玉皇大帝】は気っ風の良い啖呵を切った。


 二郎真君「それじゃあ、『汚物』投げまーす!」


【仙人】の姉弟は、最後まで【真若王】を汚物扱いだった。


【二郎真君】は、【真若王】を天高くまで一旦飛ばしそこで静止させてから湖面へ叩きつけるように【琵琶湖】へ落とした。 


 彼らが『巨大な池』と呼んだのは【琵琶湖】のことである。【神仙】の棲まう【天界】には【川】や【池】はあるが、【湖】がない。故に【仙人】は【人間界】にしかない【湖】を『大きな池』と思っている。

      

 この【二郎真君】は、【先代天帝・昊天上帝こうてんじょうてい】の嫡男に生まれたが、英才教育の為に【人間界】の【古代中国・夏王朝】の【皇族】に預けられた。そこで付けられた名前は【楊戩ヤンジン】である。


 やがて【夏王朝】は滅ぶが、滅亡前に【楊戩】は【玉鼎真人ぎょくていしんじん】に『【天仙】の素質がある』と見出されて【崑崙山】入りする。しかし、それは表向きで、『夏王朝滅亡』を察知した【天界】が【昊天上帝】の嫡男を【天界】へ呼び戻す口実に【崑崙十二仙】の【玉鼎真人】を【人間界】へ派遣して【楊戩】を迎えに行かせたのであった。


 本来は【天帝】に即位するはずだったが【竜王弟・ユウ】の反乱で【天宮てんきゅう】(天帝一族の居城)へ戻れなくなった。【崑崙山】の【仙人】が【回生術】で【人間】に【転生】する『集団ストライキ』に参加し、現在は龍紋遙りゅうもんはるかを【宿体(生まれ変わった体のこと)】とする【転生戦士】である。



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