第壹章   霞童子悲恋譚⑧狭穂彦王の叛乱の真相〜初国知らしし御真木王の後の世〜

 はじめは、【狭穂姫】と真秀まほが生まれた年に【垂仁天皇】が齢10才で即位したと話した。


 この時代に天皇陛下の生前退位は無いので、【崇神天皇】はお隠れになったのだねと、みずのとは言った。


 朔「ああ………【日子坐ひこいます】は【崇神天皇】の御代みよで、ウマく立ち回って【大王おおきみ】からの絶大な信頼を得ていた」


 侵略戦争や【天孫族】での同士討ちのような争いをしているが、それらは【日子坐】の伯父に当たる【大彦王おおびこおう】が同伴していたので、手柄は最年長の【大彦王】のものになる。しかし、【日子坐】は『女性が恋に落ちずにいられない』秀麗な容姿を利用した【ハニートラップ】で領地を手に入れている実績が『戦わずして領地を手に入れた』と説得による和睦と曲解されているので、【崇神天皇】からの評価は【大彦王】より上だった。


 朔「【崇神天皇】は【民草たみくさ】から【税】を徴収してその貯まった【税】で【依網池よさみのいけ(大阪府)】【酒折池さかおりいけ(奈良県)】の2つの【貯水池】を作った。これが【日本】初の【公共事業】だ」


 この当時の【税収】は「食物を余らせて腐らせるなら、買い取ります」といった感じの余裕のある人から徴収する方針だったようだが、その日暮らしの人の分を裕福な者、すなわち【首長おびと】が納税していたため、その日暮らしの【奴婢ぬひ】の立場は非常に弱いものだった。


 朔「【崇神天皇】は、父親としては『良いお父さん』、【大王おおきみ】としてもは悪くない」


 即位直後のパンデミックから『備えあれば憂いなし』を学んで飢饉への備えに【貯水池】を作った実績は素晴らしい。


 しかし朔がと言ったのは、【日子坐】に信頼を利用され10才で即位することになる【垂仁天皇】の後見人に彼を指名したのは【悪手】だった。


【垂仁天皇】の御代みよは【古事記】では【平和な御代】となっている────────────一部、謀反があったが不発で終わっている────────────しかし、それは先代の【崇神天皇】と後の【景行天皇】の【武力行使】の時代に挟まれているせいでおとなしく見えたにすぎない。


 朔「癸祖父様は解っているだろうが、殆どの奴が解ってなさそうだから………ここで【四道将軍】について説明しておく」


【四道将軍】は、後の世にそう呼ばれたので同じ御代みよに4人の将軍が活躍したわけではない。


 燎「違うのか!ネーミングが紛らわし過ぎるぞ!」


 一同は、燎へ冷たい視線を向けた。


 朔「なんでお前が惑わされてんだ!燎………この時代、お前の【前世】リアルタイムだろうが!」


 朔が逆ギレした。一同の冷たい視線の理由を朔が代弁したのだ。


 癸「3人はともかく………1人は明らかに時代が違うねえ」


 癸は、ため息をつく。もはや毒舌も出ないくらい呆れていた。


 燎「義父上ー!違います!自分、長生きのしすぎで【人間】の100年前後が1〜2週間の感覚なのです!」


 信憑性のある言い訳に癸が、そういうものなのかと首をかしげた。癸自身も【長命種】になっているが、彼の場合はまだ常識範囲内なので数千年以上の人生の人の感覚がわからない。


 遙「あーわかるわ………【前世】の感覚でいくと【孝霊天皇】の御代みよなんて2〜3年前だな」


 遙は【吉備津彦命きびつひこのみこと】のことを言っているようだ。【孝霊天皇】は第7代、【崇神天皇】は第10代なので絶対に2〜3年どころの経過ではない。


 癸「ああ………そういう感覚なのか………」


 それなら燎の言い分は正しいのかと癸は、まだ燎の無知疑惑は晴らせないが『可愛い孫』の意見のほうが優先なので、とりあえず遙の意見を信用することにした。


 朔「そして、この時点では【大彦おおびこ】と子息の【建沼河別タケヌナカワワケ】の2将軍が派遣された【北陸】【東海】そして先に【吉備津彦】が平定した【西道(山陽道)】は平定されたが、肝心要の【畿内】が派閥闘争していた」


【畿内】の担当は【美知能宇斯王みちのうしのみこ】だが、彼は父【日子坐】の政略を知り最低限の治安しかしていなかった。


 朔「【美知能宇斯】の【丹波】平定に関しては、【日子坐】と『利害の一致』だ」


 どうやら【美知能宇斯】自身が【丹波】平定を保留していたようだ。


 朔「これには【日子坐】も、よく父の意を汲んでくれたと大喜びで【丹波国(京都)】と【淡海国(滋賀琵琶湖周辺)】を【美知能宇斯】へ贈呈した」


 現在の京都から滋賀県琵琶湖周辺地域となるかなり広大な範囲が【美知能宇斯】の領地となった。この地域は【美知能宇斯】が平定したので、地域の住人たちの関係も悪くない。


 朔「【美知能宇斯】は、ここで【日子坐】に【景比売かげひめ】、真王まお真秀まほを自分の【愛妾】と子だと【日子坐】へ紹介した」


 そこには【闇嶽之王くらみたけのみこと(前世の朔)】も同席していたと言った。





   ◆   ◆   ◆




【闇嶽之王(朔)】は目の前の【人間の男】を見る。


 長身の【闇嶽之王(朔)】でも少し首を掲げて目線を上げなければならないくらいの上背のある如何にも武人然とした筋肉が引き締まったグラマラスラインの美丈夫、【美知能宇斯】であった。


【闇嶽之王(朔)】は同族の【まほろば鳥の一族】から殺されかけた【御真見戸売おんかげみとめ】と子の真王まおを逃がす『逃亡ミッション』を【美知能宇斯】へ課し、彼がそれを成功させた褒美に【呼び寄せの笛】を与えた。


 一応、【外津神とつがみ】と呼ばれる【古代神】になるので、こき使うばかりでは【疫病神】扱いされる。


【呼び寄せの笛】は、いわゆる【アーティストファクト】【レリック】【オーパーツ】等の類の物で、文字通り『呼び寄せる能力』がある。


【美知能宇斯】が褒美に貰った【笛】は漆塗りの【横笛】で口を当てる【歌口うたくち】と指で押さえる【指孔ゆびあな】が真紅に縁取りされている。


【闇嶽之王(朔)】は、【笛】を与えた時に自身を『呼び寄せる音色』を【美知能宇斯】へ教え、呼びたくなったら吹けと告げた。【音色】によって『呼び寄せられる者』が異なるらしい。  


 闇嶽之王「お前に妹の【景比売】を託して10年………この間に、1度も呼ばれなかった。俺は、お前を見くびっていたようだ」


【古族の王】を呼べる『便利アイテム』を手にした【人間】が、これを使わない手はないと【闇嶽之王くらみたけのみこと】は考えていたので『引っ張りだこ』覚悟だったが、お呼びが1度もかからなかった。


【闇嶽之王(朔)】は、自分が目を付けた【人間】は期待以上の逸材だった喜びの反面、頼られなかったことがちょっと淋しかった。 


 美知能宇斯「【山の若王様】は、呼んでいなくとも、お姿を拝見していると私には記憶にございますが………」


 実は【闇嶽之王(朔)】は、姪の真秀まほが可愛くて生後の3年間は毎日欠かさず【御景見戸売】の元へやって来た。ものすごい伯父バカである。


 こういった経緯から【闇嶽之王(朔)】は、

自身が【山の先住者(古族)】の【王の長子】だという素性と【御景見戸売】と彼女の双子の姉の【大闇見戸売おおくらみとめ】の異母兄であることを話し、『山の若王』と呼ぶことを許可した。


 闇嶽之王「お前な………【人間】の子どもは成長が早いんだよ!1日、顔を見ない間に『つかまり立ち』するかもしれないだろ!」


 生後1日で『つかまり立ち』はしない。このあたりが【古族】と【人間】で時間感覚がズレている。


【美知能宇斯】は【長命種】と時間感覚の問答をすると終わりが見えなくなるので、ここはそういうものでしょうか、と無難な言葉を返しておいた。


【闇嶽之王(朔)】は【美知能宇斯】に呼び出しの理由を訊いた。


 美知能宇斯「【日子坐父上】より【丹波国】と【淡海国】の領地を貰い受けることになりそうです」


【闇嶽之王(朔)】は【淡海】は【美知能宇斯】の母【天女族】の【水頼比売みずよりひめ】の故郷なので、悪い話ではないと思った。


 美知能宇斯「貰い受けることになった場合、そこを弟の【真若王】に治めさせようと考えています」


 闇嶽之王「無難だな。お前の弟は、気位ばかり高くて『宮仕え』に向いていない。かと言って【戦】のほうは………お粗末だしな」


 散々な言いようだが、【闇嶽之王(朔)】の言う通りなのだ。


 美知能宇斯「つきましては【山の若王様】………私が【日子坐】と対面の折に同席願えますか?」


【美知能宇斯】は【御景見戸売】を【愛妾】、真王を長男実子、真秀まほを長女と紹介するつもりだと話す。  




   ◆   ◆   ◆




 こういった経緯で朔は、【日子坐】が【美知能宇斯】へ【丹波国】と【淡海国】を贈呈された時に【闇嶽之王くらみたけのみこと(前世の朔)】は立ち会うことになった、と同席理由を話し終えた。


 桂「【呼び寄せの笛】!何だその素敵【アイテム】は!音色ごとに呼べる者が異なる点も興味深い」


 と桂の【前世・太乙真人たいいつしんじん】の【開発者魂】をそそった。


 朔「あ………それは、『音色に名前の発音を混ぜる』だけの【サブリミナル効果】だ」


 今は違法になっているから作ったら逮捕な、と朔は『表の職業・刑事』に徹する。


 癸「【古代人】に【サブリミナル効果】なんて、【妖術】の類だっただろうねえ」


【サブリミナル効果】の禁止理由が洗脳に近い催眠効果が実証例にあったからだそうだが。


 朔「【笛の音】に乗せて『山の若王様いらっしゃい』と聞こえるように【管狐くだぎつね】に【作曲】してもらった」


【管狐】とは【木管楽器】や【金管楽器】の【管】を【宿】に棲み付く【霊力】の高い【狐のあやかし】で【飯綱山】の【いずなの管狐】は結構メジャーな【あやかし】である。


 満「それは!【闇嶽之王くらみたけのみことのテーマ】!」


 満は、再びクワッとした。


 燎は【大海主之王おおみのみことのテーマ】もあるよ、とチャッカリ作曲してもらったようだ。 


 

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【古事記】では【垂仁天皇】の即位後に【狭穂姫】と結婚しているので、逆算すると絶対に10才で即位していないと思います。


【日子坐王】が陛下の後見人という立場で最高権力を握ったとするには成人前のほうが都合が良いので、変えました。


 このあたりは、氷室冴子氏の【銀の海金の大地】の影響を受けてたりします。


 2025年1月から復刊しているようなので『著作権問題』の保険の為に記述しました。


 本作は朔と燎の【狂言回し】視点からの展開なので多分、大丈夫と思いますが念の為。




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