第壹章   甲賀総帥のご来庁

 その青年が【夜狩省よがりしょう】の受付で【省長】────────────【夜狩省】はトップの呼び方が他と異なる────────────への面会を希望したが、受付嬢からマニュアル通りの「お約束のない方とは面会できません」と断られていた。青年は絶世の美男子の形容が正にそのとおりの端正な容姿をしているので、受付嬢の2人は頬を紅らめてもじもじしているが、教育がよく行き届いているのだろう、逆ナンするような行動はなかった。


【夜狩省】には他の【省庁】と同じような役職があり、その光景を目にした【厚生外事局長】(【厚労省】を担当する【外事局長】)は顎が外れるぐらいの大口を開けて驚いた。


 厚生外事局長(な………!なぜ、あのがここに!)


 しかし驚いていられない。受付嬢が『見た目笑顔、腹の中塩対応』のマニュアルに従った応対をしている人物は、【現在】の【日本国民】が『平和で健やかに過ごせる国』である【日本神州国】を【異形の者】から衛りきった【起源の五英雄】の1人、篁癸たかむらみずのとその人なのである。


【厚生外事局長】は、これまでの人生を振り返り平坦な道を歩いていた普通の人生だった、と走馬灯のような記憶の回想を数秒間した後、意を決して癸に近づいて行った。


 受付嬢の対応は、マニュアルに則ったものなので彼女たちに落ち度はない。彼女たちとは直接の関わりはないが、【外事局長】という役職は【指定職】で高い立場にあるので職員を守らなければならない立場なのだ。


 癸は、背後から遠慮がちに声をかけられて振り返った。


 生真面目そうな中年男性だというのが癸の抱いた第一印象だ。


【厚生外事局長】「あの………失礼ながら御名をお尋ねしますが………【甲賀総帥】の『篁癸様』でございますね」


 受付嬢に聞こえるようなこれ見よがしな音量の声で、癸の肩書まで言った。途端に、受付嬢2名が顔面蒼白になり今にも倒れそうな感じだ。


 癸「貴殿は………!【厚労省】担当の【外事局長】殿だ」


 ごめんなさい名前は知らない、いつも【外事局長】って呼んでるからと癸は申し訳なさそうな表情で言った。


 受付嬢の対応に特に怒っている様子がないので、【厚生外事局長】は『無礼討ち』は免れたかなと心の中で考えている。


【厚生外事局長】は、顔を覚えてもらえているだけでも恐縮だと社交辞令半分、恐ろしさ半分で挨拶した後、受付嬢の対応を詫びる。【外事局長】の立場の上官が頭を下げているので受付嬢たちも同じように頭を下げるが、自分たちの言動で癸を怒らせたのではないかと怖くて、頭を下げたまま硬直して動けなくなった。


 受付嬢の様子を見て、【厚生外事局長】はそうなるよねと理解を示すが、ここで癸の機嫌を損ねるわけにはいかないので、癸には「【省長】の楠木には連絡しておきますので、【執務室】へどうぞ」と告げた。本来ならご案内いたしますと言う所だが、エレベーターで2人きりなど怖すぎて無理だった。連絡を入れることを口実に案内係から外れられたらいいな感覚で言ったが、癸は「よろしくお願いするよ」と穏やかな口調で言うと軽く会釈して、勝手知ったる様子で【省長】の【執務室】の階へ直行するエレベーターに乗った。


 エレベーターの扉が閉まると、【厚生外事局長】は途端に滝のような冷や汗が流れる。彼は、硬直したままの受付嬢を放置して受付から内線をかける。【省長】の楠木将成まさなりがすぐに通話に出ると、「【甲賀総帥】の篁癸様が参られます」と告げた。受話器の向こうで将成の慌てた声がするが、用件は伝えたので最低限の挨拶だけして通話を終えた。




   ◆   ◆   ◆




 楠木将成は、【厚生外事局長】からの内線を受けた後、頭を抱えた。


 将成「満のチクった奴密告者のことがバレたのか!………架空発注をでっち上げて誤魔化せたはずなのに!」


 架空発注は、職権乱用なのでやってはイケナイことである。『あの件』とは満が勝手に【変若水おちみず】を【転送】したことだが、【転送陣】を使用していたので履歴が残っていた。履歴によれば【瀬戸内水軍】だったので、横流しではないことは証明できる。


 考え事が多すぎたので、将成はみずのとが音もなく入室したことにも気づいていなかった。


 癸「三十路を過ぎて大人になったと思っていたが………その落ち着きのなさは、まだまだ子供だな」


 いきなり声をかけられて、将成はビクッと過剰に反応した。


 将成「癸様………僭越ですが、ノックなさいましたでしょうか?」


 驚いた後なので若干声が震えている。


 癸「ノックしたよ。でも無視されたから勝手に開けて入った」


 ドア叩き壊して良かったのかね、と癸は勝手に入ったことは穏便な行動だと暗に告げている。


 癸「ところで、座ってもいいかな。老齢としだから、ここまで来るのに体力使って疲れているんだよ」


 全然疲れている様子はないが、癸は着席させろと催促した。


 将成「気づきませず申し訳ありません!どうぞ、おかけになってください。今、お茶と菓子を持って来させます!」


 怒られると思いこんでいる将成は、内線で『高級茶』と『高級和菓子』を【執務室】へ持って来るよう指示した。


 癸「気を遣う必要はないよ。私は、みちるに用があったついでに孫の上司の君に挨拶しに来ただけだからね」


 あと、『土産話』もあるよと癸は含みを持たせて言った。


 癸に君もかけ給えよと促されて将成は、癸の向いのソファへ腰を下ろす。ここは将成の【執務室】なのだが、癸に主導権を握られている。


 癸「【里見】の【八犬士】を知っているかい?」


 将成「太田資正おおたすけまささんの所にいた若手の子たちですね」


 太田資正は、【戦国時代】に【日本】で最初に【軍用犬】を使った【太田資正おおたすけまさ】の子孫である。この一族は現在は【訓練士】を生業としていて、【犬の訓練士】をする者が【太田資正】の名を襲名している。


 癸「彼らは【風魔】で【忍】の修行をしたのだが、【医療忍術】や【特異体質】の子たちは【甲賀】で預かっている。その縁もあって【忍ギルド】の登録は【風魔】だけど、【甲賀】で預かっている子が興味深い報告をして来た」


 聞きたいかい聞きたいだろう、と癸は『焦らし行為』をする。


 将成「………お聞かせ願えませんでしょうか………」


 将成は、さっさと言ってくれないかなと思いながらも癸の『焦らし』に付き合う。


 癸「【柳生の庄】に【異域】が出現した!そして【風魔】が送った【忍】たちが調査、探索、攻略までやってしまったよ!」


 癸は焦らした割には、スルッと滑らかに言い切った。奇しくも篁壬たかむらみずのえに【転身】していた【烏帽子えぼし太夫】と同じことをしていたので『血は争えない』ことを証明していた。


 将成「癸様………焦らした割には引きのない話し方なさいましたね」


 将成は、思わずツッコミを入れた。


 癸「もう済んだことだからね。引き延ばしても仕方ないだろう」


 そんなことよりも【風魔】にいる【八犬士】が、どエラい情報を持って来たよ、と癸のメインの話はこちらのようだ。


 将成「癸様………新たな【異域】の発現は大事なのですが………」


 将成は、【起源の大戦】を終息させた【英雄】とは価値観が違うのか、と思うことで【異域】の情報を癸から引き出すのは諦めるしかないと悟った。


 癸「ああ………それなら、【国王選挙】の【カーニバル】の種目に加えたらどうだね?」


 癸は、攻略済みになったとはいえ公開されていない【未開の異域】を【カーニバル】の種目の【異域攻略】に入れてはどうかと提案して来た。


 将成「癸様、まだ【国王】を退位させることは決定していません。気が早いですよ」


 将成はそう言っているが【国王退位】は、時間の問題とわかっている口ぶりだ。


 癸「私は、【更迭】されてから日が浅い今のうちに自ら退位を宣言することを勧める。【初代】の龍雲りゅううんが優秀すぎたこともあるが、【ニ代目】は甘く見て及第点として【三代目】以後の【国王】たちは無能だ」


 癸は【初代国王】の伊勢龍雲とは同じ年齢でである。


 世間一般では【第三代国王】は【賢王】と呼ばれ高いが、【初代】から【歴代国王】を見てきた癸には【賢王】ではなかったようだ。


 将成「自分は、【第三代国王】からの世代なので………その後の【第四代】【第五代】そして【現国王】と比較すると【第三代】は良き王だったように見えました」


 癸は、だろうねと答えた。【第三代国王】の治世で【第三次ベビーブーム】が起こったので、【第三代】が【賢王】と呼ばれているのは人口増加の恩恵が大きい。人口が増えると【ギルド】に【ハンター】や【シーカー】の登録をする【人間】の数も比例して増える。人が増えると【異域】から出た【素材】や【アイテム】の流通が増え、経済が潤う。これが【第三代国王】の治世で起きたことだった。つまり【国王】は何もしていない。


 癸「【国王選挙】の準備は早いほど優位に働くからねえ………既に準備している者たちはいるだろう?」


【国王退位】を待ってからでは遅いのだ。【歴代】の【国王】を見て来たということは【国王選挙】の【カーニバル】も見て来たということだ。【初代】は【革命成功】で即位したので【選挙】はしていない。【第ニ代国王】は【初代国王】伊勢龍雲の指名だったので同様だ。実際に【一般投票】と【カーニバル】で【国王選挙】をしたのは【第三代国王】からである。その【第三代国王選挙】の【カーニバル】に氷疋参觜ひびきさんしの【代理人】として癸は参戦した。故に準備期間がどれほど重要かを理解している。


 癸は、満から聞いたのだが、と言った時に将成は断罪の時が来たとビクッとした。


 あまりにもビビられたので癸は怪訝な表情をするが、かまわず話をする。


 癸「【選挙】で高得点が得られる【カーニバル】の【代理人】を勧誘しなければならない。私が【カーニバル】で【代理人】を務めた【第三代】の時は、影連かげつらさんの取り合いが壮絶だったよ」


 当時を思い出して癸は、『上位国民』は1人の人間に【金銭】を大量に積むなら、それを【国民】の支援に回すことを考えたほうが良い、と説教じみたことを言い出したので影連を【代理人】に引き抜く為に相当な金額が盛られたと、将成は想像した。


 将成「【風魔総帥】は、【第三代陛下】に付かれたのですよね」


 結果を見れば、氷疋参觜に付いたことは明らかである。癸は頷いて肯定する。そして、それが最初で最後の参戦だったと言った。


 将成「引退には早いですよね………辞退されたのですか?」


 将成は【第四代】の時は、【忍ギルド】【侍ギルド】からの参戦がなかったことは記憶に残っている。


 癸「実は、【第三代】の時に私たちは何度も【暗殺者】に狙われたのだよ。【第四代】の時は【代理人】の安全確保の為に【忍ギルド】と【侍ギルド】は【代理人】の護衛任務に就いたから参戦を控えた」


 私たちを狙った【暗殺者】は全員返り討ちして、もういないけどね同じことって何度もあるから、と癸はいい笑顔で言った。


 いい笑顔で返り討ちとか言わないでくれ、と将成は頬が引き攣る。


 そして【第五代】の時は、影連や癸の子どもたちの世代が【代理人】を務めて北条和臣ほうじょうかずおみが【第五代国王】に即位した。彼は【初代国王】伊勢龍雲の甥だったので【国民】の期待が過剰に大きかった。しかし、公的に【第ニ夫人】【第三夫人】として【入籍】がなかったので事実上の扱いになっているが、【第ニ夫人】【第三夫人】が【殺害】される【事件】により退位した。そして【第六代】の【国王選挙】となったが、実際には【選挙】せずに【候補者】のひとりだった【現国王】が不戦勝で即位した。


 将成「異例の不戦勝で即位したせいか、【現国王】は彼を推挙した【帝都宰相】の傀儡かいらいのようなものです。無理矢理【帝都宰相】の令嬢と【政略結婚】させられてますからね」


 将成は【現国王】とは同じ年齢の同級生だったので、【現国王】がいわゆる『イエスマン』で傀儡にされやすい性格だと知っていた。


 将成「ですが………まさか自身の御子を2人も【暗殺】させるなんて………あの【王子】たちの母君は、義貴よしたかの学生時代からの恋人だった【側妃殿下】が産んだ子ですよ」


 足利義貴は【現国王】の名である。将成は、【暗殺】されたことにしておいて【王子】たちは身を隠しているのではないかと考えているが、都合の良い希望的観測だともわかっている。


 癸「その【暗殺】………人違いだ。【王子】違いというべきだろうか………間違えられたそうだよ」


 癸は【八犬士】の報告にあったことを言った。


 将成「人違い!」


 驚きと呆れで思ったより声が大きかった。将成は、思わず口を両手で押さえた。【執務室】は防音完備なので声が外へ漏れることはないのだが。


 将成「【暗殺】の対象を間違ったのですか!どこのアホなんですか!」


 思わず口が悪くなっている将成の反応に、癸はこうなるよね、と想定通りの反応なので口の悪さを指摘することはやめておいた。


 癸「それは【柳生武藝帖】を揃えればわかる。ただし、写しではなく本物のほうだけど」


【八犬士】の報告にあったから見分け方もわかったよ、と癸の言葉に将成は食いついた。


 将成「見分けられるのですか!どうやって?」


 見分け方がわかれば偽物に振り回されずにすむので、是非教えて貰いたいと将成は言ったが癸は見分けられるのは【柳生】と【忍】だけだと答えた。


【柳生】のものなので【柳生】は当然として、【忍】に見分けられるとすると【忍文字】などの暗号化されているのだろうかと、将成は考えに耽る。


 癸は、ふとスマホを取り出して時間を確認すると将成に、これからオモシロイ動画がアップロードされるので一緒に観よう、と強引に鑑賞しなければならない流れになった。


 癸「満の所にプロジェクターがあったねえ。満の所で3人で観ようか」


 癸は有無を言わせず将成を連行する。将成は、観念して【執務室】の留守を【補佐官】に連絡すると篁癸の来庁を既に聞いていたので、これ以上機嫌を損ねないようにお願いしますと言われた。


 将成は、受付で癸が追い返されそうになったことを知らないので、満のことを密告されたことを怒っているという勘違いに拍車がかかった。


 将成「あの………癸様、大変失礼いたしました」


 将成は密告のことを謝ったのだが、それを知らない癸は受付の対応のことで謝られていると勘違いした。


 癸「彼女たちは、お仕事なんだから………あんまり厳しい言い方は『パワハラ』になっちゃうよー。今回は、私も連絡無しで来たからねえ………痛み分けということにしよう」


 将成「え………?満が密告されたことで来られたのではなかったのですか?」


 それを聞いて、癸は将成がやたらとビビっていた理由がわかった。


 癸「それは初耳だ。今回は、満は何をやらかしたのかね」


 将成は、満が無断で【変若水おちみず】を【転送】したことを密告されたことを話した。


 将成「【転送陣】を使っていたので履歴からどこへ送ったかわかっております。そんなことが些細なことになるくらいの『ブツ』を満は入手していましたので、完璧にもみ消しておきました」


【国家機関】のトップが堂々と不正を白状するのはいかがなものかと、癸は少し呆れたが原因が孫の満のようなのでそこはスルーした。しかし『ブツ』とは何のことかと訊く。


 将成「使用済みだったので、すり減ってましたが元のサイズは相当大きかったと思われる【角瑞のツノ】を持ってました」


 将成は、満はまだ癸に話していなかったのかと気づくと同時に密告のことも癸の耳には入っていなかった事実も判明して、ビクビクしていたのが馬鹿みたいだった。


 癸「満からは聞いていない。………しかし、使用済みか………それは【王子暗殺】に使われた『ブツ』じゃないのか?」


【角瑞のツノ】は【変若水】や更に上級の【薬】の調剤に使用する材料だが、単独使用や材料次第で【劇薬】にもなり得ると、癸は言った。


 癸「【王子】は2人とも【幼児】だろう?【角瑞のツノ】を削った粉を食べ物や飲み物に混ぜて摂取させたら、時間経過で死亡する」


 将成は、満に渡してもらわないといけないのだろうか、と考えると気が滅入った。今度こそ辞表を叩きつけて去りそうだ。 


 癸「その【角瑞のツノ】だが………満に渡しておいたほうがいい。あれは【普賢真人ふげんしんじん】の【転生戦士】だ。【薬】にしろ【毒】にしろ扱わせたら、あれの右に出る者はいない」


【古代中国時代】の【人間界】と【天上界】の境界にある【天界】で、【神仙の者】の大規模ストライキがあった。彼らは【天帝】(天界で1番偉い人)への不信不満から【天界】を脱出する為に、【回生術】という【転生の術】を使って【人間界】へ【人間】として生まれ変わる選択をした。この【回生術】は、【前世】の【記憶】を【魂魄】に留め置いて【転生】するという『引き継いでいく転生』なので、これまで何度か【転生】した【過去世】全ての記憶を引き継いでいる。


 満は、【崑崙山】という【神仙】の大きな派閥の1つに属する【崑崙十ニ仙】という【天仙】(仙人の種類のひとつ)で【薬師】に精通した【普賢真人】を【前世】に持つ。彼の【調剤技術】の熟練度の高さは【普賢真人】の記憶であらゆる【薬】と【毒】の知識があるからである。 




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