忍ーSHINOBI【祭典】ー真田十勇士篇

紫月 白

第壹章   現在の【甲賀忍】

【甲賀忍】は、【起源の大戦】で【隠れ里】の【甲賀卍谷】諸共に大人の【忍】たちは殉職し、生き残ったのは15才以下の少年少女たちだけであった。 


 殉職した【甲賀総帥】の長男・篁癸たかむらみずのとは亡き母の跡を継いで【甲賀総帥】となり、彼の双子の姉・篁きのえは当時【風魔頭領】だった陵影連みささぎかげつらに嫁ぎ第ニ夫人となり────────────先に甲、癸姉第の姉のきのとが嫁いでいた────────────影連の後見と【風魔】【甲賀】の【忍】同盟が結ばれたことで、【忍の流派】から【甲賀組】は消えることなく【里】を失った【はぐれ忍】という形で現存している。


【甲賀】は【薬学】【医術】に長けており、殉職した【先代総帥】の篁壬たかむらみずのえは【伝説の薬師】の称号持ちだった。そして、母親には及ばないが癸も類い稀な【薬師】の【技能】を持っていた。 


 そして癸の孫の皇満すめらぎみちる────────────【忍】は名字を【屋号】として適当に付けるので子孫でも名字が違う────────────は、【薬師】の【能力】を買われて【夜狩省よがりしょう】の【契約職員】で雇用されている。彼専用の個室まで用意されているので、【契約職員】としては破格の待遇だ。


【夜狩省】は、【日本】が【王制】に変わり国名を【日本神州国】に改名した【初代国王】の伊勢龍雲いせりゅううんが【異形の者】に対抗する【異能力保有者】を【支援】する為に設立した新たな省庁である。


【夜狩省】を統括機関として複数の【ギルド】が存在し、更に【ギルド】内部では【中隊】規模の【クラン】や【小隊】規模の【パーティー】がある。


 満は【忍ギルド・甲賀】に籍を置いているが、【隠れ里】を失った【甲賀】は【忍】というより【傭兵】のような活動状態で、わざわざ【甲賀】の名を【ギルド名】にするには理由があった。


【甲賀忍】は【忍】なので【武力】に長けているが、彼らの最大の武器は【薬剤】の扱いや【医療】技術なので【調剤レシピ】を流通させて収入源にしている。しかし【甲賀忍】が調剤した【薬品】と、【レシピ】を購入して調剤した者の【薬品】とではクオリティに大差があった。調剤や医術の中には【甲賀秘術】で外部へ流出させられないものがあるので、【甲賀総帥】が【甲賀忍】たちの元締め役をする必要があるのだ。


 満は特に【調剤技能】が高いことから、【ギルド】へ【薬品】を卸す【夜狩省】は正規の職員としてスカウトしたが、満は【公務員】は嫌────────────【夜狩省】は【国家機関】である────────────と断ったので【契約職員】でと【国家機関】が折れたが、満は自重をかなぐり捨てて無理難題を要求し、それら全てが叶うなら【契約】をしても良いと強気な返答をした。この時の満は、この要求は絶対に通らないと確信していたが、満が現在【契約職員】をしている所を見ると要求が全て通ったのだろう。


 満は、ひょんなことから手に入れた【角瑞かくずい】の【ツノ】を眺めてうっとりしていた。


 満(こんだけデカい【ツノ】は、滅多にあらへんからな………しかも、【伏羲ふっき創主】の!)


 満は、まずは無断で持ち出した【変若水おちみず】を生成して補充することを考えた。【夜狩省】のトップである楠木将成くすのきまさなりが、架空の発注を挙げて誤魔化してくれるだろうが借りを作りたくない満は【創世ジェネシス級】の【角瑞のツノ】で、史上初の【究極の変若水】を作って逆に貸しつけしてやろうと目論んで、自然と口元に笑みが浮かぶ。


 満「あんまりわろとったらあかん!【暗殺】に使われたブツやからな………」


 不謹慎や言われたらかなんわ、とひとりごとをつぶやいてスマホを操作した。


 コール音がしばらく続いた後、相手が通話に出た。


────────────満か………どうした?


 満「ああ、祖父ちゃん………【瀬戸内水軍】で【インスマウス症】患者が、ようけ(たくさん)出たみたいやで」


 電話の相手は、【甲賀総帥】篁癸たかむらみずのとのようだ。


 癸────────────【瀬戸内】………鶴姫も感染したのか?


 癸の声音に若干焦った様子が伺えた。


 満「けやき伯母ちゃんは無事や。さっき電話で話したばっかりや」


 満は、鶴姫が父方の祖父・影連かげつらと癸の亡き姉・きのとの長女・陵欅だとわかっていることを遠回しに告げた。


 癸────────────!………鶴姫がそう名乗ったのか?


 癸の声は、鶴姫の無事を知って安堵したのか落ち着きを取り戻していた。


 姉ちゃんの娘になんかあったら申し訳たたんからな、と満は焦っていた気持ちが理解できた。


 満「梓に紹介されたんや。俺のオトンが甲矢はやや言うたら、オトンのこと知っとったみたいやし………伯母ちゃんなんやろ?」


 満は、梓が意味のない嘘をついているとは考えていないので疑っていないが、念の為に癸に疑問形で訊いてみた。


 癸────────────そうだ。欅は、【戦国時代】に【漂流】して、そこから戻って来た【漂泊の者】だ。お前に面倒を見させていると同類だよ。


 満「祖父ちゃん………アイツらは1回オトナになってたんやから、子ども扱いはやめたってえや」


 満は、【漂流】して来た時は少年だったが元いた【過去の世界】や【未来の世界】では全員が成人だったので子どもはないわ、と言った。


 癸────────────私の年齢からすれば、それでも子どもなのだが。


 満「そんなことより、祖父ちゃん今、欅伯母ちゃんが【漂流】してそこから戻って来た言うたよな!どういうことやねん!一方通行ちゃうんか?」


【漂流】先から戻ったんやったら【漂泊の者】やのうて【帰還の者】ちゃうんか、と満はツッコミを入れるが、それは【異なる世界】【異なる時間軸】などから来た者を総じて【漂泊の者】と呼んでいるので、勝手に言い方を変えることはできない。ちなみに、【漂流】というのは『ファンタジー小説』などでいう【異世界転移】のことだ。


 癸────────────欅の他にもあと2人、影連さんと乙姉さまの息子2人が、【漂流】先から帰還している。帰還した長男が言うには、【チェンジリング】だったから戻れたと言っていた。


 癸の口ぶりでは、帰還した3人ともと既に顔合わせを済ませているようだ。


 満「【チェンジリング】て………それ、【妖精の赤ん坊】と【人間の赤ん坊】取っ替えるヤツちゃうんけ?」 


 成長すれば【人間】と【妖精】ではサイズが全く違うことになるので、すぐに元に戻さなければならなさそうだ、と満は頭の片隅で考えている。


 癸────────────一般的には、【人間】と【妖精】の取り替えだが、【神隠し】と同じような意味と考える説が唱えられている。


 確かに、長期間姿を消して戻って来るというのは【神隠し】と似ている、と満は納得した。


 満「もし戻れる方法があったら、俺のトコにおる【漂泊の者】に教えてやれたけど………」


 言いながら満は言葉につまる。それは、満の元にいる【漂泊の者】全員が、【元の世界】へ戻れば【死亡】することが確定しているからだ。


 満「まあ………【古代日本】から【漂流】して来た奴らは、【現代社会】の便利道具に慣れきっとるから帰りたない言いそうやけどな」 


 満の元にいるのは、【戦】ばかりさせられていた【ヤマトタケル】や、住居に火を放って心中した【禁断の兄妹愛】の【狭穂彦さほひこ】と【狭穂姫さほひめ】など、戻ったら【冥府】へ直行することになる者ばかりなのだ。


 すっかり話が脱線してしまったが、満は【インスマウス症】が『人為的にばら撒かれた』と考えていることを癸に話して、話題の軌道修正をした。


 癸────────────【インスマウス】は【海】で釣れる【魚】に【擬態】するから、【魚】として食べてしまった………というケースで【インスマウス症】に罹る。しかし、【瀬戸内水軍】は【海の人】だから間違えるとは考えられない。


 癸も『人為的』と考えている。


 満「祖父ちゃん、『人為的』にやったとしたらなんでやねん?」


 何をやりたいんか意味わからん、と満は言った。


 癸────────────【人体実験】して、には丁度いい環境だ。


 【瀬戸内水軍】は【孤島】と同じだと癸は言った。


 満「【人体実験】?【瀬戸内水軍】は全員が【漂泊の者】で【チート異能力者】揃いや。【人体実験】は普通は【非能力者】が【被験者】になるもんやろ」


【非能力者】とは【異能力】を持っていない者のことである。【無能力者】のほうがわかりやすいが、語呂が悪いので【無能力】は使わないよう注意喚起されている。


 癸────────────【人体実験】の目的は、【インスマウス症】の【特効薬】を開発することが目的ではないかと思う。【異域】探索に【ポーター】として【非能力者】を連れて行く【パーティー】は結構いる。


【ポーター】はいわゆる『荷物持ち』なので、【非能力者】にとっては高収入バイトになる。『ファンタジー小説』のような【アイテムボックス】や【アイテムバッグ】は存在しない。【忍ギルド】が【異次元ボックス】や【異次元巻物スクロール】を販売しているが、【異次元匣】は【3次元】の物体を【2次元】の【絵】にして【紙】として収納するなど、【想像力】が豊かでなければ使いこなせないなど条件が厳しい。【異次元巻物】は、形を変えずに収納できるが【時空間干渉能力】がなければ、やはり使えないので【ポーター】は需要が高い。他にも『荷物の一時預かり処』の【クラーク】(受付と管理)という仕事も【非能力者】ができる【異域】の仕事である。


 癸────────────【ポーター】の安全は絶対条件だが、目に見えなければ不可抗力だ。もっとも、あってはならない失態だがな………。【インスマウス】は、体を液体や液状に変化することもできるから『無色透明』になってしまえば、簡単に体内に侵入できる。なので、【異能力】の有無に限らず【異域】へ入る者は誰もが【インスマウス症】を発症させる可能性がある。【インスマウス症】の場合は、【被験者】を【非能力者】と拘る必要がないのさ。


 例えば、マイボトルから水を飲む時に蓋を開けてゴクゴク飲むので、その瞬間にボトルに侵入して気づかずに飲んでしまっているなど、よくあることだと癸は恐ろしい事実を口にする。


 満「【異域】内で迂闊に水飲めんやないけー!」


【インスマウス症】は、【感染型】ではないので距離感を気にしなくても良いが【摂取型】なので【ワクチン】の早期開発と認可を求められている。

 

 癸────────────【ワクチン】の生成は、【甲賀】に伝わる【秘技】なら完成させることは可能だと私は考えている。問題は、末期症状の患者の確保だ。


【インスマウス症】を発症させた患者は、初期段階なら【変若水】で完治させられることが判明している。しかし、【変若水】で治せなかった患者は『焼却処分』されてしまうので、末期症状の患者を確保することが不可能に近い。


 癸────────────【上位国民】は、自分さえ安全なら、『病に冒された国民』は【害虫】扱いだ。


『焼却処分』は、【国の機関】が決定したことだ。当然、わが身かわいさからの決断なので癸は皮肉をこめて批判している。


 満は、【瀬戸内水軍】に重体患者が1人いると梓が言っていたことを思い出した。


 満「祖父ちゃん………おるわ!末期の重体患者が【瀬戸内水軍】におるて、梓が言うとった!簡単に状態聞いただけやけど、【獣神の血】やないと治せんような終末期寸前の状態かもしれん」


 満は、ついでの報告で【竜丹りゅうたん】の販売が近々かなうかもしれないことを告げた。



満「【瀬戸内水軍】に【竜丹】の【治験】に協力してもろとるから、その結果を【ヘッド】(将成)に渡して【夜狩省】から【各ギルド】へ卸す許可もぎ取ったる!」


 現時点では投薬を開始したばかりだが、満の【治験】の結果は全員完治して成功を治めることになる。


 満「それから祖父ちゃん、末期症状患者の血液やったら梓が送ってくれとるから入手済みや」


 電話なので表情が見えないが、おそらく満は得意げなドヤ顔をしているだろう。癸は想像して口元を笑みの形に綻ばせる。


 癸は、梓を通して姉・きのえから【甲賀忍】のプライドにかけて【ワクチン】を完成させてみせろと言われた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る