菱川さかく『チェンソーマン バディ・ストーリーズ』

 バディの関係を中心に編まれた4篇の短編は、どれもチェンソーマン特有の低温度の淡々とした、しかし美しい物語だ。姫野先輩の願い、岸辺の一途さ、アキの優しさ。パワーの無邪気さにデンジの想い。いつ殺されるか分からない、明日の命もあるかどうかというシビアな公安の仕事に就く面々は、それぞれの思いを胸に秘めて悪魔と対峙したり、日常を送ったりしている。普通の神経だと正気ではいられないだろう。だから元々チューニングの狂った人間が生き残りやすいシステムになっているのかもしれない。でも、そんな人間にも情はある。


 最終話でデンジが見た夢に登場したアキとパワーは、何を伝えたかったのだろう。最後に挨拶をしにきてくれたのかもしれない。デンジに渡した言葉は、とても簡素で本質的な、愛情に満ちた別れの挨拶だった。戦って戦って、命尽きた後には、デンジは二人に会えるのだろうか。会えるといい。私はそう望む。望むだけなら自由だから。


 一話目もたくさん人が死ぬけれど、パワーのパワーに押されて、どこかあっけらかんとしていて楽しい。二話はクァンシと岸辺の掛け合いが貴重だ。三角関係になるのもいいなと思う。三話は姫野先輩の悲痛な思いが伝わってくる。そして二人の聡明さも。四話は、江ノ島という島を、私は知らなかった。調べてみると、神奈川県藤沢市にある島らしい。デンジ達が訪れた島の情景は、ありえたはずの未来だった。そして、それは実現されえなかった。とても悲しいけれど、幻視的な美しさ、虚ろさを感じる短編だ。


 チェンソーマンの良さは、人の死がとても低温度に描かれるところにあると思う。淡々と、しかし確実に人が死んでいく。登場人物はオーバーに感情を表現することはないが、しかしダメージを受けている。作者の筆はまるで、神のようなところから動かしている気がする。でも突き放しているわけではない。起こったことをありのまま描いているようなリアルさ。余計な感情表現の抑制。それが逆説的に人の死の悲しさを浮かび上がらせている。まともでいては生きていけない。そんな世界あってたまるか。でも、今私達の生きるこの世界はどうだろう? まともといえるだろうか? 狂った世の中を、まともなまま渡っていくことができるのだろうか? 答えは不明瞭で、正解の生き方は各自で掴み取っていかねばならない。絶望しても、それでも生きていかないといけない、その否応なしの苦難を感じている人は、きっとチェンソーマンを好きになるだろう。それだけは分かる。

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