ロキは最強に飽きている

月極典

第1話王城の地下三階は至高のフロアなり

【表紙絵】

https://kakuyomu.jp/users/tukigimenori/news/16818622173527058455


「ロキ様……起きて下さい」

 

 銀髪をポニーテールで纏めたエルフの女性が、男が眠るベッドを見下ろしている。


 その女性の格好と口調から、寝ている男の執事の様である。


メイド姿でないのは有事の際に戦い難いからだ。

 

「ロキ様、女王がお呼びになっています」

 

 男からの返事は、無い。


「5……4……3……」


「言っておきますが、これは私が実家に帰るまでのカウントダウンです……エルフの里がまだ無事なら、の話ですが」

 

 エルフの執事はそう言ってカウントを続けた。


「2……1」


「はい!起きたぁ!おっきしましたよぉ〜」

 

 男がやっと上半身を起こしたが目は瞑ったままだ。


 黒いモコモコのパジャマに身を包んだ体をだらしなく前に突っ伏してロキと呼ばれた男が文句を言う。

 

「その目覚まし替わりの実家に帰るカウントダウンやめてくれないかなぁ、アイちゃん」


「あとまだ無事ならって何?エルフの里に何かあったん?」

 

 アイちゃんと呼ばれたエルフの執事、アイーシャが答える。

「はい、女王に謁見し王城のぐるりを見れば、今何が起きているかわかるはずです」

 

(え、今教えてくれたら良いじゃん、わざわざ俺が出向く必要ある?眠いのに!)と言おうとして止めた。

 アイーシャは無駄に手順を省かない。彼女が言うからには謁見する必要があるし、王城の様子を見る必要があるのだ。

それに現時点で悪そうな彼女の機嫌を逆撫でするのは悪手だ。

 

「へいへい、行きますよ、謁見の間に」

 

 ロキはベッドから抜け出してモコモコのスリッパを履き、アイーシャの両肩に手を置き続けて言った。

「それにアイちゃんの実家の危機とあっては、このロキ、動かない訳にいかないからね!」

 

「ロキ様……目がまだ開いてないですよ……」

 アイーシャはそう言って両肩に置かれた手を静かに払った。


 2人はロキの寝室から出て長い廊下に出て歩き出した。


 此処は王城の地下三階にあるロキ専用のフロアだ。


元々温泉が噴出する土地に築かれた城である為、専用の浴場は源泉掛け流しが可能な湯量を誇っている。


他に、30mダッシュも可能なトレーニングルーム、ロキが勝手に作ったミニシアタールームもあり、彼は現在一日の大半を此処で過ごしている。

 

「また朝まで映画やアニメを観ていたのですか?」

 

「今日はアニメね、五百話くらいあるやつ。続きが気になって中々止められないんだよなぁ……まだ半分も観てないからこれから楽しみなんよなぁ」

 

 ロキは楽しそうに語っているが、アイーシャの表情は暗かった。

「明日も続きが観られると良いですが……」

 

「ん、何か言った?」

 

「いえ、ところでロキ様」

 

 前を歩いていたアイーシャが向き直って言った。

「これから女王に謁見するのにパジャマのままですか?」

 

「良いだろう、俺は別に家臣って訳じゃない。それにさっきから女王と言ってるが、あの王はどうした?白髭イケオジ風の」

 

「王様は先週、逝去なされました。どうやら何者かに毒殺された様です……」

 

「ふむ、死んだかアイツ……ふーん、毒殺ねぇ……で、王女がそのまま即位した訳だ。しかし、惜しい男を無くしたな、話のわかる豪放磊落な人物だったが……」

 

「そうです、このフロアも先代王が好きに使えと言って下さったからこそ、ロキ様がぐーたら出来るのですよ?家臣でなくとも、恩義のある王家に対して最低限の礼儀はあって然るべきです」

 

 ぐうの音も出ない正論だ。ロキが指をパチンと弾くと、パジャマ姿から黒地に銀糸のキルティングが施されたギャンべゾンに黒のタイツ、足元も黒いハーフブーツという姿に変わった。非常時の騎士としては許される格好だろう。

 

 190cmを優に超える体躯は先程までフラフラと歩いていた人物とは思えないほど背筋が伸び、所々に見える筋肉は大きくはないが引き締まってしなやかそうに見える。

深いワインレッドの髪は整えられ漆黒の衣装に映えて美しい。

 

「これでよろしいでしょうか、アイーシャ様」

「よろしい」

 アイーシャは僅かに微笑んでまた歩き始めた。


 謁見の間に到着し、ロキは手も触れずに豪奢な重い扉を開いた。

 

「おっはよーございまーす!これはこれは皆さんお揃いで、王城の危機にもかかわらず雁首揃えて一番安全なこの部屋で保身の算段中ですかな?」

 

 部屋に居並ぶ有力貴族、女王を守る近衛兵団全ての視線がロキに集まったが、その中に不快とは別の殺意が含まれている事を察して、ニヤリとした。

 

 近衛兵団の内、一番年嵩で立派な髭を湛えた巨躯の男が反応する。

「控えろロキ!今この場において無礼な振る舞いはこの近衛兵団長ゴルゴリーが許さんぞ!」

 

「うるせぇ、爺さん。まだ外の様子は見てねぇが、どうせ魔族が王城に攻めてきたとか、そんなとこだろ?そんな修羅場に戦える近衛のお前らが何十人と安全な部屋に閉じ籠りやがって。女王の周りなんざ二、三人残して残りはさっさと表に出て戦って死んでこい!」

 

「何を言うか、もしこの王城が落ちる事があれば、大陸パンゲアから人類が壊滅するのだ!女王陛下だけでも生き延びてもらわねば、この大陸において人類の再起は叶わぬ……その逃走路において我らは殿を務めねばならぬ……」

 

「だまらっしゃい!!!」

 ロキは一喝した。この台詞を一回使って見たかった彼は内心満足していた。

(やっと言えたぜ、気持ちよ〜)

 

「半年前、魔族の巣食う城、砦、ダンジョン、果ては小さな洞穴まで、虱潰しに潰滅させ、最後に残った魔王を第三形態までフルボッコにしてやったのになんなんだこの有り様は?僅か半年だぞ?何しとったの、人類様は?」

 

「……」

 ゴルゴリーは言葉も無かった。

 

「こんなに弱い人類は滅んで当たり前だろう、この世は弱肉強食ってこの星が生まれてこのかた相場は決まってんだ!だいたい女王と愉快な仲間達数人が逃げて生き残ってどうすんの?一から繁殖始めようってか?弱い生き物は数が命だろうが!」

 

 ずっと俯いていた女王が顔を上げた。齢十七にして人類の最後の希望に意図せず就いた少女の顔は先程まで泣いていたかの様に赤くなっている。

 

「ロ、ロォキ〜……」

 力無く名前を呼ぶ姿は、最初に会った頃のお転婆ぶりが見る影も無い。

 

 ロキの肩を後ろからアイーシャがトントンと叩いて小声で言った。

「ロキ様、その辺で。それ以上言ったら今日寝ているロキ様のお口を縫合しますよ?」

 

 アイーシャはエルフ里長の娘で、里最強の魔剣士でもあり、体術にも長けている。


 (アイちゃんなら、マジでやりかねん)

 

「まぁ此処に来て大体状況はわかった。どうするかは城のぐるりを見て考えようか」

 ロキは周りを一瞥し、踵を返しアイーシャを連れて謁見の間を出た。


「アイちゃん、俺が挑発した時怒りの反応を示した者は何人いたかわかった?」

 

「近衛兵団及び貴族の約半数ですね、それ以外は表情ひとつ変えないか、僅かに笑みを浮かべていた阿呆もいました」

 

「まぁそーゆー事、まずは主塔に登って状況を確認しようか」

 

「ロキ様は王城を守るおつもりでしょうか?」


「守るさ、ここの地下三階は我が至高のフロアだからな。魔族と混浴なんて考えられんし、アイツら喋る時に涎をダラダラ垂らすだろ?床掃除が大変だ」


「うふふ、確かにそうですね……」


 (よし、ウケた!)ロキ、心中で渾身のガッツポーズ!

 

 そして彼らは主塔を登った。登る間に小窓から遠くに見える城壁の外側の状況が目に入りつつあった……。見えたのは北側だが、地平線の向こうまで土煙りが上がっていた。


 (おいおい、一体何十万の軍勢で攻めて来やがったんだ?)

 ロキは全体を見渡すまでもなく想像出来る最悪の有り様を思い浮かべ呟いた。

 

「超めんどくさぁ〜……」

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